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会わないと決めた人

 台車で来た。


 査定部の職員が二人で押してきて、地下二階の会議机に段ボールを二箱置いた。

 伝票には、五十二件と書いてある。


「これ、うちが処理するんじゃないですよね」


 直人が確認すると、若いほうが紙を出した。


    再配置案件 選別依頼


      依頼元 適性査定部

      依頼先 再配置支援室

      内容  三時間の面談を配る件を選ぶこと

          選別後、全件を査定部へ戻すこと

      期限  四日


      判断した者  東堂啓介


「選ぶだけです」

「処理は」

「うちがやります。相馬さんは、会う人を決めるだけです」


     ◇


 直人は、五十二件を条件に当てた。


    一 本人の言葉が一行もない    十七件

    二 生活条件の欄に空欄がある    九件

       うち、両方に当たる件     四件


      電話をかける件       二十二件


 電話は三日目までに終わった。


    一だけ 十三件×三分  三十九分

    二だけ  五件×二分    十分

    両方   四件×五分   二十分

    通じなかった発信 五件×二分 十分


            計  七十九分


 電話のあとで、結論を出し直した。


    結論が一つに寄った   十五件

    まだ割れている      七件


     ◇


 七件のうち一件は、電話で寄らなかったのではなかった。

 電話を足したことで、初めて割れた。


 通話の四分目に、本人が最後に一行足している。


    ――今の隊、来月で解散します。


 申請書のどこにも書いていない。生活条件の欄にも、そういう項目がない。

 解散するなら、今の所属を前提にして書いた案は三つとも使えない。


「これ、条件のどれですか」


 宇野が聞いた。


「どれでもないです」

「じゃあ、なぜ三時間の側へ入れたんですか」

「案が三つとも消えたので、割れる前の状態に戻りました」


 宇野は、その言い方を紙に書き取った。


「割れる前に戻る、という状態が、様式にないです」

「ないです」

「欄を作りますか」

「まだ作らないです」

「なぜですか」

「一件しかないので」


 宇野は、そこで少しだけ手を止めた。


「三ヶ月前なら、その日のうちに作ってましたね」

「作ってました」


     ◇


    三時間を配る     七件

    十五分で処理する  四十五件


      支援室(選別と面談)

        記録を足す電話      一時間十九分

        三時間の面談(七件)   二十一時間

                計   二十二時間十九分


      査定部(処理)

        十五分の処理(四十五件) 十一時間十五分


 直人は、二つを足さなかった。足すと、一人ぶんの時間に見える。


「四十件のときは、六件でした」


 宇野は、二つの表を並べた。


「今回は七件です」

「率は」

「四十件で十五パーセント。五十二件で十三パーセントです」

「近いですね」

「近いだけです。まだ比率は出せないです」


 宇野は、そこは緩めなかった。


「二回やって近かった、と書けます。それだけです」


     ◇


 四十五件に、直人は判を押した。


 押す欄は、様式の一番下にある。判断した者、と書いてある欄だ。

 三年前から同じ欄で、三年間、配置を決めたときにだけ押してきた。


 会わないと決めたときに押すのは、初めてだった。


 四十五回押すのに、十二分かかった。

 途中で二回、手が止まった。止まった時間も、記録に書いた。合わせて一分四十秒だ。


     ◇


 会わないと決めた件には、紙が一枚つく。


    あなたの件について


      配置案は、記録の照合から出しました。面談は行っていません。

      面談を行わないと判断した理由は、次のとおりです。


         (該当する条件を印字)


      この判断が違っていると思う場合は、面談を申し込めます。

      申し込みは、この番号へ電話一本で足ります。


      判断した者  相馬直人


「理由まで出すんですか」


 宇野が聞いた。


「出します」

「文句が来ますよ」

「来たほうがいいです」

「なぜですか」

「来ないと、間違ってたかどうかが分からないので」


     ◇


 四十五件の処理は、査定部の部屋でやった。


 直人は、宇野の後ろの椅子に座って、見ていた。手は出さなかった。

 一件目の記録照合が六分。判定が三分。電話が四分。案の作成が二分。


 二件目で、直人は一度だけ口を開きかけた。

 その件の記録に、四年前の負傷の履歴がある。開いていない資料が一つあった。


 宇野は、こちらを見ずに言った。


「見ますか」

「……いえ」

「見たいんですよね」

「見たいです」


 直人は、そこは言い直さなかった。


「私が見なくて、いいんですか」

「見ないと決めたのは、あなたです」


     ◇


 その日、四十五件のうち二十九件が終わった。


 直人は、地下二階に戻って、自分の欄に書いた。


    当室の作業  選別のみ     所要 四日

      うち、電話         一時間十九分

      うち、判を押す       十二分

      うち、手が止まった時間   一分四十秒


 三行目は、どの様式にもない欄だ。作ったのは直人で、使っているのも直人だけだった。


     ◇


 電話が来たのは、四日後だった。


 有村沙耶。二十八歳。攻撃D。七年目。

 四十五件のうちの一人で、配置は資材管理に決まっている。本人も受けている。


「紙、もらいました」

「はい」

「面談をやらなかった理由が、書いてありました」

「書いてあります」

「読みました。合ってます」


 直人は、次の言葉を待った。


「合ってるんですけど」

「はい」

「まだ、聞きたいです」


     ◇


「何を聞きたいですか」


 有村は、そこで黙った。

 長かった。直人は、待った。待つのは仕事のうちだ。


「……分からないです」

「はい」

「分からないのに申し込むのは、変ですよね」

「変じゃないです」

「でも、この紙に、理由を書く欄があるので」


 直人は、自分が作った紙をもう一度読んだ。


    この判断が違っていると思う場合は、面談を申し込めます。


 違っていると思う場合、と書いてある。

 違っているかどうかが分からない人は、この一行の外にいる。


     ◇


「有村さん」

「はい」

「三時間、取ります」

「理由がなくてもですか」

「理由は、三時間のあいだに出るかもしれないです」

「出なかったら」

「出なかった、と書きます」


 有村は、電話の向こうで少し笑った。


「それ、意味あるんですか」

「あります。次の人のときに、同じ紙を出さないので」


     ◇


 三時間は、金曜の午後に取った。


 二時間は、いつもの順番で進んだ。今の配置。一日の動き。最後に休んだ日。手取り。生活条件。

 資材管理という結論は、二時間を過ぎても動かなかった。動く材料が、どこにも出てこない。


 二時間四十分のところで、有村が姿勢を変えた。


「聞きたかったこと、分かりました」

「はい」

「これ、決まったら終わりですか」


 直人は、ペンを止めた。


「終わりじゃないです」

「配置が変わったあとも、何かあるんですか」

「三ヶ月後に一回、一年後に一回、協会から書式が届きます」

「合わなかったら」

「もう一度、順番に入ります」


 有村は、机の上の紙を指した。会わないと決めた理由が書いてある、あの一枚だ。


「それ、ここに書いてないです」

「……はい」

「決まって、紙が来て、終わりだと思いました」


     ◇


 配置は、変わらなかった。


 三時間かけて、資材管理のままだ。案も、条件も、一つも動いていない。

 出たのは、紙に一行足りない、ということだけだった。


 直人は、それを三年、口で言ってきた。配置したら終わり、じゃないので。

 言った相手は覚えている。書いたことは、一度もなかった。


     ◇


 直人は、その日のうちに紙を直した。


    この判断が違っていると思う場合は、面談を申し込めます。

    聞きたいことが決まっていなくても、申し込めます。

    配置が決まったあとも、三ヶ月後と一年後に、協会から確認の書式が届きます。


 二行足した。

 足した理由の欄には、受付番号だけを書いた。名前は書かなかった。


「三行目、私のほうにも入れます」


 宇野が言った。


「十五分の側にもですか」

「十五分の側のほうが、要ります。紙しか届かないので」


     ◇


 三時間の件数が、七件から八件になった。


 二十一時間が、二十四時間になる。支援室のぶんは、二十五時間十九分だ。

 まだ入る。ただ、入る幅は前より狭くなった。


「一件で三時間増えます」


 宇野は、そこを最初に指した。


「増えます」

「この一行を足すと、増える件が読めなくなりますよ」

「読めなくなります」

「じゃあ、なぜ足すんですか」

「読めないほうが、本当なので」


 宇野は、しばらく紙を見ていた。


「二回目からは、何件増えたか数えてください」

「数えます」


     ◇


 確認日の一覧は、毎週月曜の朝に自動で出る。


 断った四十七件に、直人が一件ずつ入れた日付だ。その週に来るのは、三件だった。


 直人は、三件の番号を書き写そうとして、途中で止めた。


 二件目の行の右端に、見たことのない表示が出ている。


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