四千人には、会いません
ストップウォッチの記録は、七週間ぶんになっていた。
三ヶ月で出す、と書いた。四十件のほうが先に来た。
直人は、七週間ぶんを日ごとに足して、一日あたりの平均を出した。
一日平均
迷っている時間 一時間五十分
探している時間 一時間
待っている時間 五十分
押し忘れ 四十分(内訳なし)
合わせて四時間二十分になる。検証を始めた日に、名前をつけられなかった時間だ。
◇
一番大きいのは、迷っている時間だった。
押した理由を、直人はそのつど一行だけ書いている。
七週間で、五十一行あった。読み返すと、書いてあることが三種類しかない。
三月三日 十九分 記録だけだと、どっちとも取れる
三月五日 二十二分 本人の字が、一行もない
三月九日 十一分 生活条件が空欄
五十一行のうち、四十六行が、この三つのどれかだった。
直人は、しばらくその紙を見ていた。
書いていなかった。ただ、やっていなかったわけでもない。
毎日、平均で一時間五十分やっている。名前がなかっただけだ。
三ヶ月、宇野が探していたのは、これだった。直人の中にしかないものを、紙にしろと言い続けていた。
紙にできなかったのは、惜しんでいたからではない。数えていなかったからだ。
◇
条件は、三行で書けた。
三時間の面談を配る条件(暫定)
一 記録だけで結論が割れる件
二 記録に、本人の言葉が一行もない件
三 生活条件の欄に空欄がある件
直人は、机の上の四十件に、上から順に当てた。
◇
条件A 結論が割れる 十一件
条件B 本人の言葉が一行もない 十四件
条件C 生活条件に空欄がある 六件
のべ 三十一件 実数 十九件
十九件に三時間を配ると、五十七時間になる。
残りの二十一件を十五分でやると、五時間十五分。合わせて六十二時間十五分だ。
三ヶ月のうち、もう七週間が過ぎている。
残りで六十二時間を空けると、ほかが何も入らない。
「条件が広すぎます」
直人がそう言うと、宇野は紙を裏返した。
「広いんじゃないです」
「では」
「重なってます」
◇
のべ三十一件で、実数が十九件だった。重複が十二件ある。
宇野は、重なり方を三つに分けた。
AとBの両方 九件
AとCの両方 二件
BとCの両方 一件
「Aに当たった十一件のうち、九件が、BかCにも当たってます」
「はい」
「順番が逆です」
宇野は、そこで言い方を足した。
「結論が割れてるんじゃなくて、記録が足りないから割れて見えてるだけの件が、混ざってます」
直人は、その一行を書いた。
書いてから、自分が三つを並べて置いていたことに気づいた。並べると、同時に見ることになる。
◇
順に見る形へ直した。
一 本人の言葉が一行もない → 電話で足す
二 生活条件の欄に空欄がある → 電話で足す
三 足したあとで、まだ結論が割れる → 三時間を配る
四 どれにも当たらない → 十五分で処理する
順に見る形は、直人が考えたものではない。前の週に六卓で書き取った四行の、二番目だけだ。
直人は、条件表の右下に小さく「水瀬」と書いた。誰が出した形かも残す。そういう手順にしてある。
◇
電話は、一本にまとめなかった。聞くことが違うからだ。
一に当たった件 申請の理由を、一つだけ聞く 三分
二に当たった件 空いている欄だけを読み上げる 二分
両方に当たった件 続けて聞く 五分
十九件の内訳は、一だけが十三件、二だけが五件、両方が一件だった。
十三件×三分 三十九分
五件×二分 十分
一件×五分 五分
計 五十四分
四件は、一度でつながらなかった。発信して、出ないことを確かめて、翌日に回す。
直人は、そのぶんも数えた。かからなかった電話も、かけた時間には入る。
通じなかった発信 四件×二分 八分
記録を足す 合計 六十二分
◇
二十七件目の人には、四分もかからなかった。
藤代という二十九歳の男で、申請書の自由記述が白紙だった。希望する配置の欄も空いている。
直人は、この件で二つの案を書いていた。一つは指揮補助、もう一つは現場に残る形だ。どちらも記録から出る。
「申請書の、希望する配置の欄が空いています」
「書けなかったので」
「書けなかった理由を、一つだけ聞いていいですか」
「……知らないので」
「何をですか」
「どこがあるのかを、知らないです」
直人は、そこで手が止まった。
「今の配置以外に、何があるかを見たことがありますか」
「ないです。一覧みたいなものが、あるんですか」
「あります」
「じゃあ、それを先にもらえますか」
二分五十秒だった。
二つの案のうち、指揮補助のほうは、直人が足したものだった。
記録に、その人が指揮を望んでいると読める行は一つもない。ないところを、直人が読んでいた。
◇
電話を足したあとで、もう一度、結論を出し直した。
結論が一つに寄った 十三件
まだ割れている 六件
十三件は、割れていたのではなかった。
本人の字が一行もない申請書は、読む側がどうにでも読める。読めるから、二つ書ける。
一行足すと、片方が消える。消えたのは、どれも直人が想像で足していたほうだった。
直人は、その十三件を十五分の側へ移した。
残った六件は、電話で足しても割れたままだった。
そのうちの一件は、本人がこう言った。
「両方やりたいんですか」
「やりたいわけじゃないです」
「では」
「どっちかにすると、片方が続かなくなるので」
四分では、そこから先が出ない。出ないから、三時間の側に残る。
三時間を配る 六件
十五分で処理する 三十四件
記録を足す(不通の発信を含む) 一時間二分
三時間の面談(六件) 十八時間
十五分の処理(三十四件) 八時間三十分
計 二十七時間三十二分
三ヶ月に入る。初めて入った。
◇
直人は、四千件へ掛けようとして、途中で手を止めた。
「四十件で、比率は出ないですね」
「出ないです」
宇野は、そこは即答した。
「四十件のうち六件が三時間だった、とは書けます。四千件のうち六百件だ、とは書けないです」
「はい」
「ただ、一人に三時間ずつよりは、要る人数を試算できます」
「試算だけですか」
「試算だけです。件数が増えたら、そのつど出し直します」
三ヶ月に入ったのは、四十件のほうだ。
四千件のほうは、まだ入っていない。入るかどうかを計算できる形になった、というだけだった。
◇
直人は、その表をしばらく見ていた。
残りの三十四件には、会わない。
三年間、直人は、来た人には全員会っていた。決まらない件も、真ん中の山に置いて自分で持っていた。
「一つ、確かめさせてください」
直人は、四十件のうちの一枚を抜いた。都築稜の紙だった。
自由記述に、本人の字で一行ある。生活条件の欄は、電話で埋まっている。結論は割れていない。
条件は、三つとも当たらない。
「都築さんは、十五分の側です」
「そうなります」
「三時間かけて、あの一行が出た件です」
宇野は、否定しなかった。
「拾えないですね」
「拾えないです」
◇
直人は、戸松の記録も出した。
当時の様式に、生活条件の欄はない。欄がないので、空欄にもならない。
条件の二番は、戸松を拾わない。
◇
「黒瀬さんは」
宇野が先に言った。
「当ててみます」
黒瀬悠真の記録は、四十件には入っていない。三年ぶんの棚から出した一冊だ。
条件の一は、当たらない。本人が、六月十四日の四秒間について自分で話している。
条件の二も、当たらない。所属は暁星で、報酬も住居もクランの契約だ。空欄になる欄がない。
条件の三も、当たらない。
結論は、割れていなかった。
協会の査定は、攻撃職を三つで見る。討伐数。撃破速度。単独制圧率。
黒瀬は三つとも高い。三つとも高い人の結論は、割れようがない。
「黒瀬さんも、拾えないです」
「はい」
◇
あのとき、結論が割れたのは、並べ替えを六回やったあとだった。
敵の種類。階層。時間帯。装備。同行クラン。五回目まで、どの並べ方でも同じ結論が出ている。
六回目で、初めて別のものが出た。
十五分では、一回目で終わる。
一回目で終われば、結論は割れない。割れないから、条件の三に当たらない。
直人は、その筋道を二行にした。
――既存の評価と、記録を別の並べ方にした結果が食い違う件。
――ただし、その食い違い自体を、十五分では発見できない。
◇
直人は、条件表の下に、五行足した。
※この基準が拾えないもの
・欄そのものがない項目(欄がなければ、空欄にもならない)
・欄が全部埋まっていて、書いてある理由と、本人の理由が違う件
・既存の評価と、記録を別の並べ方にした結果が食い違う件
(その食い違い自体を、十五分では発見できない)
※拾えなかった件は、分かった時点で番号を残す。数える。
「これ、書くと」
「はい」
「この基準は、黒瀬さんを取りこぼすと、最初から書いてあることになります」
「なります」
宇野は、そこで一度、紙を置いた。
「三年で一番うまくいった件ですよね」
「はい」
「それを拾えない基準を、自分で出すんですか」
「出します」
◇
「拾えない件を、先に書くんですか」
宇野が聞いた。
「書きます」
「書いておくと、どうなるんですか」
「次に同じ形が来たときに、拾えなかったことが分かります」
「直せるんですか」
「直せないです」
直人は、そこは言い換えなかった。
「数えられます」
◇
十七階へは、条件表を一枚だけ持っていった。
東堂は、上から二度読んだ。二度目のほうが長かった。
「三年やってきたことを、自分で削るんですか」
「削ります」
「理由を聞きます」
「昨年度と同じ四千件規模に、三ヶ月で二十二件のままでは届かないので」
東堂は、四つの※のところで指を止めた。
「拾えないものを、自分で書きましたね」
「はい」
「これを書くと、この基準は不完全だと、最初から認めることになります」
「なります」
「それでも出すんですか」
「書かないと、不完全なことが分からなくなるので」
◇
「一つ、聞きます」
東堂は、手帳を開かなかった。
「君は三年、来た人には全員会ってきましたね」
「はい」
「四千人でも、そのつもりでしたか」
「……はい」
「今日からは」
直人は、答えるのに三秒かかった。
「四千人には、会いません」
東堂は、その一行を手帳ではなく、条件表の余白に書いた。
◇
判は、その場では押されなかった。
「一つだけ、直してください」
「はい」
「件名です」
東堂は、表の一番上を指した。三時間の面談を配る条件、と書いてある。
「配る条件、では足りません」
「……はい」
「これは、配らない件を決める紙です」
直人は、件名を書き直した。
三時間の面談を、配らない件を決める基準(第一版)
それから、一番下の欄に自分の名前を書いた。
断る紙には、判断した者の名前を書く。三ヶ月前に、自分で決めた手順だった。




