全部の要請には、行けないので
見るものを、前の晩に三つ書いた。
一 同時に二件以上入った回を、全部拾う
二 順番を決めるときに、卓が何を見ているか
三 あとに回した件の記録が、残っているか
書いてから、四つ目を書きかけて、やめた。
四つ目は「玲奈がどう見えるか」だった。それは見るものではない。
◇
救難管制室は、十一階にある。
三年間、直人はこの階に何十人も送ってきた。中に入ったのは、四回だけだ。
四回とも、書類を届けに来ただけで、五分以内に出ている。
卓が六つ、二列に並んでいる。一列目が三卓、二列目が三卓。
卓の上には端末が二台ずつと、紙の綴りが一冊ずつ載っている。綴りの表紙は、六冊とも同じ様式だった。
「そこ、座っててください」
玲奈は、壁際のパイプ椅子を指した。相談者用ではない、ただの折りたたみだ。
「邪魔になりませんか」
「なります」
「……はい」
「なるので、そこです」
◇
午前中は、重ならなかった。
要請が入るたびに、受けた卓の担当が端末に打ち込み、綴りに秒数を書く。
書いているのは、要請者が最初に喋った語数と、こちらが返答するまでの秒数だった。四ヶ月続いている、あの二つだ。
直人は、それを十一件ぶん見た。
書き方が、六卓とも同じだった。字は全部違う。並びだけが揃っている。
十時四十分に、一人が交代で降りた。降りた人の卓に、別の人が座った。
座った人は、綴りの前のページを二十秒読んでから、次の行を書き始めた。
直人は、その二十秒を書いた。
引き継ぎに二十秒しかかからない。三年間、直人の引き継ぎは、そもそも発生していない。
◇
六冊の綴りのうち、三卓のものだけ、秒数の欄の横に小さな印が入っていた。
直人が聞くと、玲奈は顔も上げずに答えた。
「聞き返した回数です」
「様式にないですよね」
「ないです。三卓の人が、三ヶ月前に自分で足しました」
「勝手に足していいんですか」
「足した人が、足した理由を書けば」
玲奈は、そこでページの端を指した。欄外に一行、細い字で入っている。
――聞き返しが二回を超えた日は、返答の秒数が伸びる。数えたい。
「これがあるので、消してないです」
「ほかの卓は」
「使ってないです。使わないのも、それぞれの卓の判断なので」
直人は、その二つを並べて書いた。
足した人がいて、使わない人がいて、どちらも理由が残っている。三卓ぶんだけ、様式が少し違う。
◇
十一時十二分に、二件が重なった。
一件目が四卓、二件目が六卓。玲奈は六卓にいる。
四卓の担当が、こちらを見ずに一言だけ言った。
「四卓、応答あり。二名。第一層」
「六卓、応答あり。一名。第三層」
玲奈が、続けた。
「六卓が先です」
それだけで決まった。時間にして、四秒だった。
直人は、そのやり取りを書き取ってから、玲奈のところへ行った。
「今の、何で決めましたか」
「層です」
「深いほうが先ですか」
「上がってくるのに時間がかかるので」
◇
午後の二時過ぎに、三件が重なった。
朝と違ったのは、部屋の音が減ったことだった。喋る人が、はっきり減る。
六卓とも端末を見て、玲奈が立ち上がった。
「一卓」
「三名。うち一名、意識なし。通信あり。第二層」
「五卓」
「二名。通信途絶。位置不明。第二層」
「六卓」
玲奈は、自分の卓の画面を読んだ。
「一名。位置は特定済み。通信は、近くにいた別のパーティ経由です」
「状態は」
「第三者の申告では、動けているそうです」
三秒くらい、誰も何も言わなかった。
「一卓、五卓、六卓の順で出します」
◇
人が動いたあと、直人は玲奈の卓の横に立った。
「今の順番の理由を、聞いてもいいですか」
「一卓は、意識がないと分かってます。悪くなるまでの猶予が、ほとんどないです」
「はい」
「五卓は、どこにいるかも、どうなってるかも分かってません。猶予が見積もれないです」
「六卓は」
「動けている、と申告が来てます。位置も分かってます」
「つまり」
「今の材料で猶予が見積もれて、着くまでの時間も計算できます」
直人は、そこで一度、聞き方を変えた。
「見積もれるほうが、あとになるんですか」
「なります」
「理由は」
「後ろにできるからです」
◇
「一つ、確かめていいですか」
「どうぞ」
「動けている、というのは、第三者が見て言っただけですよね」
「そうです」
「合ってなかったら」
「合ってないときは、あとで分かります」
「分かるのは」
「着いてからです」
玲奈は、そこは言い方を柔らかくしなかった。
「うちが持ってる材料は、要請が入った時点のものだけなので」
◇
玲奈は、卓に戻って、綴りの最後のページを開いた。
その日の四行目に、自分の卓の行を足した。
六卓/三番目へ/位置特定済み・一名/移動推定二十六分/担当 水瀬
直人は、その二十六分がどこから出たのかを聞いた。
「階層と、入口からの距離です。対応表があります」
「表を見て出すんですか」
「見てないです。第二層の奥なら、だいたい二十五分から三十分なので」
「表と合いますか」
「合います。合わないときは、表のほうを直します」
「二十六分は、着くまでの時間ですか」
「出てから着くまでです。待ってる時間は、別に書きます」
玲奈は、その行の右端に、空欄を二つ作った。
「ここが、出るまでにかかった時間です。こっちが、実際に着いた時間」
「あとから入れるんですね」
「隊が戻ってきたらです。推定と、どれだけずれたかが出ます」
「ずれは、どのくらいありますか」
「移動は、先月の平均で四分です。長いほうへずれます」
「出るまでのほうは」
「そっちが、読めないです」
玲奈は、三番目の行を指した。
「三番目だと、前の隊が戻ってから出るので。何分待つかは、前の二件しだいです」
直人は、その二つを分けて書いた。
移動は計算できる。待ち時間は計算できない。順番を後ろにすると、計算できないほうが伸びる。
◇
直人は、その一語をそのまま書いた。
――後ろにできるから、後ろにする。
位置が分かっていれば、到着までの時間が計算できる。計算できるものは、順番を動かしても結果が読める。
読めないものは、動かすと何が起きるか分からない。だから先に出す。
直人は、その組み立てを四行にして、玲奈に見せた。
同時に複数の要請が入った場合の出し方
一 悪くなるまでの猶予が短い件から出す
二 要請の時点の材料で猶予を見積もれない件は、見積もれる件より先に出す
三 猶予が見積もれて、着くまでの時間も計算できる件は、後ろへ回す
四 人数は、一と二が並んだときだけ見る
「合ってますか」
玲奈は、四行を上から下まで読んだ。二回読んだ。
「合ってます」
「これ、様式にありませんよね」
「ないです」
「今まで、どこにありましたか」
「頭の中です」
玲奈は、紙をこちらへ返した。
「書いたの、初めて見ました」
直人は、その日の三件を自分のメモにも写した。
要請の番号と、順番と、理由だけだ。名前は、卓の綴りにも入っていない。要請番号しか出ない。
◇
直人は、綴りの後ろのほうを見せてもらった。
最後の三ページが、別の表になっている。
後ろへ回した件
受付番号/回した理由/出るまでにかかった時間/担当卓
行は、その日ぶんだけで四行あった。四行とも、理由の欄が埋まっている。
「これ、何に使ってるんですか」
「次に同じ形が来たとき、同じ順番にするためです」
「違う順番にしたくなったら」
「違う順番にした理由を、また書きます」
◇
「後ろへ回した人が、あとでどうなったかは、分かりますか」
玲奈は、すぐには答えなかった。
「分かる件と、分からない件があります」
「割合は」
「分からない件のほうが多いです」
「なぜですか」
「うちに戻ってくる記録は、救助が終わったところまでなので」
玲奈は、綴りを閉じた。
「そのあと、その人がどうなったかは、うちの様式に入ってないです」
◇
四時前に、十四階から内部便が届いた。
災害対策室の封筒だった。中には、様式の写しが一枚入っている。
災害対策室 出動順位表
一段目 何を見るか 要請の内容と、重複した時間帯
二段目 残す 時間帯ごとの一覧として
三段目 使う 次の優先順位に
右上に、番号が振ってある。親番号は、直人の受付順位の基準だった。
「これ、毎月来ます」
「毎月」
「向こうが変えるたびに、写しが回ってきます。今のは五版目です」
直人は、五版目という言葉を書いた。
自分の様式は、三ヶ月で二版までしかいっていない。
◇
夕方に、直人は椅子を畳んで壁に立てかけた。
持ち帰れるものと、持ち帰れないものが、はっきりしていた。
救難管制の順番は、今日、命に関わる。再配置の順番は、今日は誰も死なない。
四行をそのまま持って帰っても、地下二階では一行も動かない。
持ち帰れるのは、二だった。
読める件と、読めない件を分けている。分けたうえで、読める件を後ろへ回している。
ただし、読めるかどうかを決めているのは、要請が入った時点の材料だけだ。
材料が間違っていた場合に何が起きるかは、四行のどこにも書いていない。
◇
「相馬さん」
帰りぎわに、玲奈が呼んだ。
「はい」
「今日、一回も口を出さなかったですね」
「見るものを、先に決めてきたので」
「決めてこないと、どうなるんですか」
「全部見ようとします」
玲奈は、綴りを棚に戻しながら言った。
「それ、三年やってたやつですよね」
「……はい」
◇
エレベーターの前で、直人は四行の紙をもう一度見た。
持って帰るのは、二行目だけだ。
記録だけで読める件は、後ろへ回せる。
残るのは、読めない件だ。




