なんで決まったのか、分からないです
処理件数の表が、査定部から毎週回ってくるようになった。
東堂が簡易処理手順を試行として通したのが、その前の週だ。
条件は三つ。二週間。宇野が一人でやる。全件、直人にも写しを回す。
直人は、その三つ目を東堂に確認した。
「写しは、なぜ私にも回るんですか」
「読む人が要るからです」
「私は担当ではないです」
「担当ではない人が読むのを、反証確認と呼びます。君の欄です」
◇
二週間で、四十一件が処理された。
同じ二週間で、直人が三時間の面談をやれる件数は三件だ。
十三倍を超えている。
簡易処理 二週間 四十一件
配置案を提示 四十一件
本人が受けた 三十六件
本人が断った 五件
面談の希望 二件
最後の一行を、直人は二度見た。
二件とも、配置に不安があるという話ではなかった。宇野の記録に、こう書いてある。
二件とも、案の内容ではなく、案が出た理由の説明を求めるもの。
電話で説明し、面談は行わなかった。所要 九分と十一分。
説明で足りたなら、それは面談の希望ではない。
書き方としては、そのとおりだ。
◇
試行には、二週間後の簡易追跡が付いていた。東堂が条件に足したものだ。
協会の追跡票は、配置から三ヶ月経った人に自動で送られる。試行は二週間で終わる。
三ヶ月を待つと、結果が返るころには試行そのものが終わっている。
二週間目に入った件から、順に返ってきた。
三十六件のうち、返ってきたのが十四件。離職なし。重大事故なし。配置先評価は、良が九、可が五。
◇
直人は、比較の表を作ろうとした。作らないと、都合よく読むからだ。
作れなかった。
簡易処理の三十六件は、配置から二週間の時点を見ている。
直人の二十二件にあるのは、三ヶ月経ってから届いた追跡票だけだ。二週間目に何が起きていたかを、同じ条件で取った記録がない。
三年ぶんの追跡票を全部出しても、二週間目の欄はどこにもなかった。
欄がないものは、あとから数え直せない。
直人は、右半分を空けたまま書いた。
簡易 当室
配置案の受諾率 八十八% 八十六%
二週間後の追跡 悪化申告〇/離職〇 記録なし
比較 不能
受諾率だけは並ぶ。案を出した日と、本人が受けた日は、どちらの様式にも入っているからだ。
下の行は、片方にしか記録がない。
差がない、とは書けない。
簡易処理のほうが危ない、とも書けない。
書けるのは、二週間の時点で、簡易処理の三十六件に離職も悪化の申告も出ていない、ということだけだ。
それは事実だ。直人の側に、それと並べる数字がないだけだった。
◇
比較不能、と書いた紙の下に、直人はもう一行足した。
判断保留 簡易 〇件 当室 四件
この行だけは、両方にある。
そして、比べられない理由が、二週間かどうかとは関係がない。
◇
簡易処理手順には、決めない、という選択肢が入っていない。
入れなかったのではない。入れる場所がないのだ。
十五分のうち、記録の照合に六分、判定に三分、生活条件に四分、案の作成に二分。
決めないと決めるための時間が、どこにも残っていない。
直人は、そのことを紙に書いて、宇野へ回した。
返事は、その日のうちに来た。
保留にすべき件が四十一件のうち何件あったか、教えてください。
件数が出れば、時間を足します。
直人は、四十一件を読み直した。
三日かかって、一件も出せなかった。
◇
三日目の夜に、宇野から一行だけ来た。
出せなかった件数を、〇件と書いていいですか。
直人は、いいです、と返した。
返してから、〇件と書くことと、一件も見つけられなかったことは違う、と足した。
宇野の返事は、それにも二行あった。
違います。ただ、様式には違いを書く欄がありません。
欄を足すなら、あなたが出してください。
◇
都築稜が来たのは、その翌週だった。
二十六歳。索敵C。四年目。
簡易処理で配置が決まって、二週間経っている。追跡の一回目より前だ。
「決まったんですけど」
座るなり、そう言った。
「はい」
「なんで決まったのか、分からないです」
直人は、記録を出した。
◇
都築稜 簡易処理 所要十四分
自由記述 「夜勤がつらいです」
記録照合 直近十二ヶ月の潜行のうち、夜間帯が七割
同期間の休暇取得が二件(平均は九件)
優先確認項目 生活の維持が困難になっている
生活条件 電話で確認。変更予定なし
配置案 資材管理(日勤のみ)/装備検査補助/第一層巡回班
判断した者 宇野瑠衣
「これ、間違ってますか」
直人が聞くと、都築は首を振った。
「合ってます」
「どこかに、違うところがありますか」
「ないです。全部合ってるんです」
都築は、紙を指で押さえた。
「だから、余計に分からないんです」
◇
「今、困っていますか」
「困ってないです」
「眠れていますか」
「眠れてます。日勤なので」
「では、何が」
都築は、そこで少し考えた。
「自分で選んだ感じが、しないです」
言ってから、慌てて足した。
「文句じゃないです。決めてもらってよかったんです。四分で電話が終わって、次の週には配置が出て」
「はい」
「早かったので」
◇
宇野に、その面談の記録を回した。
返事は、二行だった。
自分で選んだ感じ、というのは、指標になりますか。
なるなら、測り方を教えてください。
直人は、返事を書けなかった。
翌日、宇野が地下二階へ来た。相談者側の椅子に座って、こう言った。
「測れないものは、直せないです」
「はい」
「都築さんは、困っていますか」
「困ってないと言ってます」
「離職しますか」
「しないと思います」
「じゃあ、私の手順は、今のところ間違っていないです」
直人は、そこは認めた。
「間違っていないです」
◇
直人は、都築にもう一度来てもらった。
四十一件のうち、一件だけだ。三時間の面談をやる、と先に言って、承諾をもらった。
最初の二時間は、いつもの順番で聞いた。
今の配置。一日の動き。最後に休んだ日。装備の内訳。今の手取り。生活条件。
二時間十分のところで、順番が一つ前に戻った。
「夜勤、いつからつらくなりましたか」
「……去年です」
「三年目までは」
「平気でした。夜のほうが好きだったくらいです」
◇
「去年、何が変わりましたか」
「班長が替わりました」
都築は、そこで言い方を選んだ。
「悪い人じゃないです」
「はい」
「夜勤って、二人体制なんです。班長と二人になります」
「二人だと」
「報告しても、返事がないんです」
都築は、机の縁を見ていた。
「聞こえてないわけじゃないです。ちゃんと動いてくれるので、届いてます」
「はい」
「ただ、返事がないので、届いたかどうかが、その場で分からなくて」
直人は、ペンを止めた。
「眠れないのは、夜勤の翌日ですか」
「……前の日です」
◇
直人は、その一行を書いた。
眠れないのは、夜勤の翌日ではなく、前日。
簡易処理の記録には、休暇取得が二件、と書いてある。夜間帯が七割、とも書いてある。
どちらも正しい。どちらからも、前日か翌日かは出ない。
電話で読み上げても出ない。読み上げる項目に、入っていないからだ。
◇
結論は、変わらなかった。
資材管理は日勤のみで、二人体制の夜勤がない。都築の申請にも合っている。
三時間かけて、直人が出した案も同じだった。
変わったのは、配置ではない。
都築は、帰りぎわに一度だけ振り返って、こう言った。
「夜勤、向いてなかったんですね」
「そこは、まだ分からないです」
「え」
「向いてなかったのは、返事のない人と二人になることかもしれないので」
都築は、二秒くらい止まってから、うなずいた。
◇
直人は、その夜、簡易処理の記録に一行足した。
配置は妥当。ただし、記録に残った理由と、本人の理由が一致していない。
書いてから、その一行の下に、もう一行書いた。
この不一致が問題になるまでの年数は、現時点で分からない。
三ヶ月の追跡では出ない。次に配置を変えるまで、出ないかもしれない。
都築が次に配置を変えるときに、この記録が使われる。夜勤に向いていない人、として。
そのとき、都築は二十六歳ではない。
◇
直人は、それが本当に起きるのかを確かめることにした。
引き継ぎ対象の十六件を、理由の欄だけで読み直した。
一時間半で、一件見つかった。
受付番号三十八番。攻撃C、十一年目。
現在の申請に、こう書いてある。
「五年前に、単独向きだと言われました。それからずっと単独です」
五年前の記録を出した。当時の担当は直人ではない。査定部の定期異動の記録だ。
欄は三行しかなくて、こう書いてある。
単独行動を希望。本人の適性に合致。
直人は、その三行の元になった資料を探した。
残っていたのは、当時の面談時間だけだった。十二分。
希望した理由は、どこにも書いていない。
書いていないので、五年間、その人は単独向きの人として扱われている。
◇
この件は、十六件のうちの九番目に付けてある。
十六件は、まだ地下二階にある。査定部は、簡易処理の試行が終わってから手を付けると言ってきた。
試行は、あと数日で終わる。終われば、この一件も十五分で処理される。
直人は、簡易処理手順の紙を横に置いて、その一件だけを十五分でやってみた。
記録の照合に六分。優先確認項目の判定に三分。生活条件は、電話がつながって四分。
配置案の作成に、二分。二度目なので、十五分に入った。
配置案(案) 受付番号三十八番
第一候補 単独斥候の継続(現行の隊で、区画を変更)
第二候補 単独斥候(第三層・夜間帯)
第三候補 斥候教育の補助(週一日)
三つのうち二つが、単独だった。
照合した記録の中心に、五年前の三行がある。単独行動を希望。本人の適性に合致。
その三行を資料に使えば、こうなる。五年前と同じ前提を、もう一度使うことになる。
手順は、一つも外していない。
直人は、その紙を十六件の束から抜いて、右上の隅に置いた。
置いてから、戻した。順番を勝手に変えたことになるからだ。
かわりに、理由の欄に一行足した。
五年前の記録に、希望した理由が書かれていない。引き継ぎ時に申し送ること。
◇
簡易処理された四十一件のうち、都築を除く四十件を、直人は机に並べた。
全部に三時間ずつかけると、百二十時間になる。
二週間ぶんの処理を確かめるのに、三週間かかる。
三ヶ月しかない。
直人は、四十件を三つの山に分けようとして、分ける基準を持っていないことに気づいた。
三年間、全部見てきた。全部見る人には、選ぶ基準が要らない。
直人は、その四十件を一つの山に戻した。
戻してから、しばらく座っていた。ストップウォッチは、押さなかった。




