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判定は、紙一枚で来た。
協会の内部便で、封もされていない。地下二階の受け箱に、朝、入っていた。
適性査定部 判定
件名 再配置相談窓口の試験運用について
試験運用は、期間満了をもって終了する。
新規の相談受付は、本日限りで停止する。
受付中の案件は、適性査定部が引き継ぐ。
再配置支援室は、制度移行の検証担当として三ヶ月間これを存置する。
三ヶ月経過後、常設の部署として設置するかどうかを判定する。
判断した者 東堂啓介
直人は、最後の一行をしばらく見ていた。
その欄を作ったのは、直人だ。断る紙には判断した者の名前を書く、と決めたのは三ヶ月前で、
決めたときは、自分が書く側だった。
◇
机の左に、引き継ぎの対象になる件が載っている。
順番の付いた件 十六件
配分したが、案を出せなかった件 六件
本人に確認中の件 八件
不採択から順位へ戻した件 二件
一番上は、配分の十五番目だった人だ。
契約の終了が四十日後で、戻せなくなる日は五十五日後と書いてある。理由の欄には、直人の字でこう入っている。
――更新の可否が出るのが五十五日後。出てからでは、次の隊の募集が締まる。
窓口を閉じても、十六人が消えるわけではない。
消えるのは、この十六枚の順番だけだ。
◇
右上の隅には、別の束がある。順番の対象ではない。断った人たちの束だ。
三ヶ月前に、五十二件へ不採択の通知を出した。
戸松の検証のあと、直人はこの五十二件を全部開き直している。新しく作った二つの欄を、あとから足すためだった。
生活条件の変化 各件、本人に電話で確認する
次に確認する日 各件、日付を入れる
二週間かかった。内訳はこうなる。
電話がつながった 四十九件
変化なし。確認日を設定 四十七件
変化あり。順位の対象へ戻した 二件
電話がつながらなかった 三件
書面で再照会。回答期限を設定 三件
順位へ戻した二件は、机の左の十六件に入っている。
右上に残っているのは、五十件だ。四十七件と、返事のない三件。
改訂の記録は、一件につき四行しかない。
十六件目 元の判断 妥当/再確認 変化なし/次回確認 (日付)/相馬直人
二十九件目 元の判断 妥当/再確認 変化なし/次回確認 (日付)/相馬直人
四十四件目 元の判断 妥当/再確認 勤務地が変更。順位の対象へ戻す/相馬直人
次の確認日は、様式の上には残る。誰が確認するかは、残らない。
◇
十七階へは、判定の紙だけを持っていった。
「理由は、これで全部ですか」
「書いてあります」
「期間満了、しか書いてないです」
「では、足します」
東堂は、机の上を片づけていた。判定を出した日も、この人にとってはいつもの日らしい。
「一人でやっている限り、それは制度ではありません」
「……はい」
「三ヶ月前と、同じことを言っています」
直人は、玲奈のノートのことを言おうとした。
言う前に、東堂が続けた。
「五ヶ所の件は、判定の材料に入れました」
「入れて、こうなったんですか」
「入れたから、こうなりました」
東堂は、手を止めた。
「五ヶ所で回っているのは、君の手順です。君の窓口ではありません」
◇
三ヶ月前、玲奈が持ってきた五ページは、窓口が続く理由になると思っていた。
同じ紙が、窓口が要らない理由として読まれている。
どちらの読み方も、書いてあることから出る。
「一つ、確かめていいですか」
「どうぞ」
「玲奈さんたちの五ヶ所は、私が指示したものではないです」
「知っています」
「指示していないものが、私がいなくても回っている証拠になりますか」
「なります」
東堂は、そこで初めてこちらを見た。
「それが、君にとって都合の悪い証拠だということも、書いてあります」
◇
「反論しますか」
「材料がないです」
「そうですか」
「一つだけ、聞きます」
「どうぞ」
「順番をつけた十六件と、断ったあとに再確認をかけた五十件が、まだあります」
「あります」
「その十六件は、受付を止めたら消えるんですか」
「消えません」
東堂は、即答した。
「では、何が変わりますか」
「三ヶ月で二十二件が、〇件になります」
「昨年度の四千三十一件に対して、君が三ヶ月で案を出したのは二十二件です」
「はい」
「窓口があってもなくても、届いていない人のほうが多いです」
直人は、そこは引かなかった。
「二十二件は変わります」
「変わりますね」
東堂は、うなずいた。
「二十二件ぶんだけ」
◇
「引き取ったあと、十六件はどうなりますか」
「査定部で処理します。三時間の面談は入りません。十五分です」
「四時間です」
「半日ですね」
「断った五十件は」
「四十七件は、確認日が来たら。返答待ちの三件は、回答期限が来たら」
「誰が見ますか」
「その時点の担当です」
「誰が担当ですか」
「決まっていません」
東堂は、そこで手帳を開いた。
「君は三ヶ月で二十二件でした。査定部は半日で十六件です」
「はい」
「どちらが正しいかは、まだ言いません」
◇
東堂は、片づけかけた書類を戻した。
「一つだけ、道を残します」
「はい」
「三ヶ月」
東堂は、手帳に日付を書いた。
「支援室は、その三ヶ月だけ残します。制度移行の検証担当です」
「相談は受けられないんですね」
「受けられません。新規は今日で止まります」
「三ヶ月で、何を示せばいいですか」
「君がいなくても回ることを、です。示せたら、常設にします」
「示せなかった場合は」
「支援室も廃止します。常設化の検討は、そこで打ち切ります」
◇
直人は、すぐには返事をしなかった。
断る理由を探していたのではない。
条件の意味が、まだ分からなかったからだ。
三年間、直人は、いなくならないことでやってきた。
来た人から順に見て、決まるまでやる。決まらない書類は真ん中の山に置いて、一年でも二年でも自分が持っている。
いなくても回る、というのは、その反対だ。
「分かりました」
「引き受けるんですね」
「はい」
「では、一つ聞きます」
東堂は、手帳を閉じた。
「君がいなくても回る形を、君は見たことがありますか」
直人は、答えなかった。
◇
受付停止の掲示は、その日の午後に出た。
地下二階の廊下に、一枚。三年前から切れたままの蛍光灯の下だ。
同じ場所に同じ紙が出たのは二度目で、前のときは誰も見に来なかった。
今回は、二日で四人が来た。三人は読んで帰り、一人だけ、ドアを叩いた。
「これ、俺の順番はどうなるんですか」
「引き継ぎます。査定部に」
「そこ、十五分のところですよね」
「はい」
「相馬さんは」
「私は、順番を決める側から外れます」
男は、掲示のほうを一度見た。
「そっちのほうが早いなら、そっちでいいです」
「……はい」
「早いほうがいいんです、こっちは」
直人は、その言葉を記録に書いた。
書いてから、その紙を元の順位の位置へ戻した。順番を勝手に動かすと、あとで検証できない。
◇
真ん中の山は、四件のまま残っている。査定部は引き取らない。案を出していない件は、引き継ぐ対象に入っていない。
一番下に、若宮蓮の紙がある。装備検査補助の契約は、来年の三月まで。あと五ヶ月ある。
支援室が三ヶ月で終わると、三月に聞くと決めた約束のほうが、あとに残る。
直人は、判断保留の欄に一行足した。
支援室の存続が未定。三月に聞く者を、決めておくこと。
書いてから、決めておく相手が誰なのかを、まだ持っていないことに気づいた。
◇
エレベーターの前で、宇野とすれ違った。査定部へ戻って、二週間になる。
「判定、読みました」
「はい」
「私は、反対しなかったです。意見を聞かれたので、三ヶ月見ましたけど二十二件でした、と書いて出しました」
「事実です」
「事実です。だから書きました」
宇野は、抱えた様式の写しを持ち直した。
「私、来週から別のことをやります」
「何をですか」
「まだ言えないです」
◇
地下二階に戻ると、玲奈が来ていた。
救難管制の制服のままで、机の端に浅く腰かけている。
協会の内部通知は、部署の掲示板にも回る。もう読んでいる顔だった。
「見ました」
「はい」
玲奈は、それ以上その話をしなかった。
かわりに、持ってきた記録の束を机に置いた。六卓ぶんの、先月の分だ。
「うち、明日から人が一人減ります」
「そうですか」
「産休です。半年」
「はい」
「減っても、回ります」
直人は、束の一番上を見た。日付と、卓の番号と、語数と、秒数が並んでいる。
書いた人の名前が、日ごとに違う。
「これ、全部、水瀬さんが書いてるんじゃないんですか」
「前はそうでした」
「今は」
「六人で回してます。書き方は決めてあるので、誰が書いても同じです」
玲奈は、束をそのまま置いて帰った。読ませるためだったのだと思う。
◇
その夜、直人は自分の一日を分単位で書き出した。
いなくても回る形を作るには、まず、自分が何をやっているかを書かないといけない。
三ヶ月、宇野に言われ続けたことでもある。それ、どこに書いてありますか。
記録を読む 二時間十分
照会と回付 四十分
記録を書く 五十分
計 三時間四十分
所定は八時間だ。
そのうち、手順書に名前を付けて書けたのは三時間四十分だった。
面談がある日は、ここに三時間が足される。足した日は、所定を超える。
◇
所定の中に、名前のない時間が四時間二十分ある。
直人は、その四時間二十分を書こうとして、二度手を止めた。
廊下で会った人と立ち話をしている。掲示板の下のほうを読んでいる。
右上の隅の書類をめくっている。電話が鳴るのを待っている。
名前をつけることはできる。ただ、つけると書けたことになる。
書けたことにすると、引き継いだ人が名前だけを見て、中身をやらない。
直人は、かわりにこう書いた。
書けない作業 四時間二十分。内訳を、三ヶ月で出す。
◇
照会を一通、出した。
宛先は、適性査定部ではない。
差出 再配置支援室 相馬直人
宛先 救難管制室
同時に複数の要請が入った場合、どの順番で人を出すかを、
どうやって決めているか教えてください。
決め方が書面にある場合は、様式番号だけで結構です。
送信して、端末を閉じた。
三年間、直人は救難管制へ人を送ってきた。
教わりに行ったことは、一度もなかった。




