表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

人を帰す仕事

「先に、断っておきます」


 エレベーターのボタンを押しながら、直人が言った。


「救難管制は、人気のない部署です」

「……そう、なんですか」

「探索者の花形は前線ですから」


 箱が上がっていく。表示は地下二階から一階へ。


「管制は地上にいて、画面を見て、指示を出すだけです。倒した数も、潜った階層も、記録には残りません」


「お給料は」

「探索者の平均より低いです」


 即答だった。玲奈は思わず笑ってしまった。


「隠さないんですね」

「隠しても、入ってから分かるので」


     ◇


「あの。救難管制って、具体的には何をするんですか」

「事故が起きたときに、地上から救助隊へ指示を出します」

「指示、って」

「誰がどこにいるか。どの順番で、どのルートで出すか。決めるのは管制です」


 ロビーは人が多い。玲奈は半歩遅れてついていった。


「地図を見て決める、ってことですか」

「昨日の地図は使えません」

「え」

「層替わりがあるので」


 自動ドアが開いた。八月の熱が、まとめて入ってくる。


 通りの先に、新宿第二ダンジョンの管理棟が見える。

 白い箱みたいな建物で、屋上に赤い回転灯が四つ。事故が出るとあれが回る。

 三年間、玲奈はあの下をくぐって降りていた。回っているところは、二回しか見たことがない。


「第三層から下は、三時間ごとに通路の形が変わります」

「はい」

「壁が降りてきて、組み替わる。理由は誰も知りません。十四年経っても止められない」

「じゃあ、地図って」

「三時間だけ正しい地図です」


「もうひとつ。二十四時間の話は、知ってますよね」


 直人は歩道の手前で足を止めた。


「……はい。中で死んだ人は、二十四時間で層に取り込まれる、って」

「遺体も、装備も、指輪ひとつ残りません」

「登録のときに、習いました」


 信号が青になった。直人は歩き出す。


「救難側だと、その二十四時間は締め切りです」

「締め切り」

「越えた時点で、捜索対象から外します。書類上は行方不明に切り替わって、以降は捜索しません」


 玲奈は、足が止まりかけた。


 知っている話だった。

 三年間、当たり前の知識として持っていた。

 持っていただけで、それが誰かの仕事の締め切りだとは、考えたことがなかった。


     ◇


 支援室を出たとき、もう正午を過ぎていた。

 面談は三時間近くかかっていた。直人はその間、一度も時計を見なかった。


 訓練棟までは、歩いて七分だった。


 直人はその七分、一言も話さなかった。

 こういう時、何か言ったほうがいいのかどうか、玲奈には分からない。


「水瀬さん」


 急に呼ばれて、背筋が伸びた。


「はい!」

「なんで探索者になったんですか」

「え」

「六年前の申請書、志望動機が一行しかなかったので。あれだけだと、分からないです」


 玲奈は、少し迷ってから答えた。


「……人を、助けたかったんです」


 言った直後に、耳が熱くなった。


「あ、でも、三年やって、一人も助けられてないんですけど。だから、その、今さらこんなこと言うのも」


「じゃあ、方法が間違ってただけですね」


 直人は前を向いたまま言った。


 玲奈は、二歩遅れてついていった。


     ◇


 救難管制の実習室は、訓練棟の三階にあった。


 部屋に入ると、女性が一人、椅子の背に体を預けてモニタを見ていた。四十手前くらい。ジャージの上に職員証を提げている。


「相馬」

「お疲れさまです」

「あんた、また変なの連れてきたな」

「変ではないです」

「変じゃないやつをここに連れてくる人がいるかよ」


 名札に、篠塚とあった。


「三年前に寄越した子、どうしてます」

「三年目」

「そうですか」

「辞めてないよ。あんたが寄越したの、まだ一人も辞めてない」

「五人ですけど」

「五人で全員残ってりゃ大したもんだよ。うち、半分辞めるから」


 直人は、興味がなさそうにうなずいた。

 玲奈だけが、その言葉の意味を考えていた。


「じゃ、始めるよ。座って」


 管制卓は、モニタが五枚。

 左から、隊員の位置。生体反応。通信ログ。階層図。時計。


「模擬事故。第三層で崩落。生存反応は三つ。制限時間十分。誰をどの順で、どこから出すか指示して」

「あの、私、まだ何も教わって」

「教わってからやったら適性検査にならないだろ」


 時計が動き出した。


 玲奈は、まず階層図を見た。


 崩落地点。周囲の通路。魔物の反応が二つ。

 どこから来るか。どこを塞げば止められるか。安全なルートはどこか。


 考えているうちに、数字が減っていった。


「はい、終了」


 篠塚が椅子を回した。


「全滅。救出ゼロ」

「……え」

「あんた、十分間ずっと魔物の位置しか見てなかったよ」


 玲奈は、口を開けたままモニタを見ていた。

 通信ログは、一度も開いていなかった。


 三年間ずっと、そうやってきた。

 どこから来るか。どこへ逃げるか。誰の後ろに立てば邪魔にならないか。

 戦えない者が生き延びるには、それしかなかった。

 その癖が、十分間まるごと持っていった。


 膝の上で、手が汗をかいている。


「もう一回」

「……え」

「一発目は癖を見る。二発目は、癖を捨てられるかを見る。うちの試験はそういう作りなの」


 篠塚は椅子を回して、壁際の直人を見た。


「相馬。なんか言うなら今のうちだよ」

「いいんですか」

「言わないと帰らないだろ、あんた」


 直人は、玲奈の椅子の後ろまで来た。


「水瀬さん」

「……はい」

「敵じゃなくて、人を見てください」


     ◇


 二回目。条件は同じだと篠塚は言った。


 玲奈は、階層図を右端のモニタへ寄せた。

 真ん中に、通信ログを開く。


 消すわけにはいかない。魔物も、崩落も、次の層替わりも、見ていないと人は出せない。

 ただ、真ん中に置くものを変える。


 文字が流れていく。定型の報告と、短い返事と、雑音の表記。

 目で追うのをやめて、しゃべっている人を想像した。

 佐倉のときと同じだ。中身ではなく、言い方を見る。


 一番。隊長。報告が正確で、装備残量まで数字で言っている。落ち着いている人だ。


 二番。「大丈夫です」が三回。

 一回目と二回目は四分空いていて、二回目と三回目は五十秒しか空いていない。

 それに、隊長に名前を呼ばれてから返事までが、毎回遅れている。

 最初は一秒。最後は四秒。


 三番。装備残量の申告が「半分くらい」。

 同じ人が、五分前までは「六割」と数字で答えている。

 報告そのものも短くなっていた。三語だったものが、二語になっている。


 玲奈は、そこで手を止めた。


 ――先に行かせました。


 二番の発言だ。二十四分前。

 指でログを戻す。崩落の発生が、二十八分前。


 崩落の、あとだ。


「あの」

「なに」

「四人目って、どこにいるんですか」


 篠塚が、キーボードから手を離した。


「四人目はいないよ。生存反応は三つ」

「入坑記録は四人です」

「ビーコンが切れてる。三十四分前に。離脱したか、死んでる。システムはそう判定してる」


 玲奈は、モニタの端の時刻をもう一度見た。


「……でも、二番の人が『先に行かせました』って言ったの、崩落の四分あとです」

「だから」

「ビーコンが切れたのは、その十分前で」


 言いながら、声が小さくなっていく。

 自分がとんでもない勘違いをしている気がしてくる。


「ビーコンが切れたあとも、二番の人は四人目と一緒にいたことになります。だから、離脱してないと思います。壊れただけで」


 卓の音が、ひとつずつ止まっていった。


 篠塚は、しばらく玲奈を見ていた。

 それから椅子ごと直人のほうを向いた。


「相馬」

「はい」

「今年、これに気づいたの三人目だよ」

「そうですか」

「四十七人受けてんの。みんな優秀だよ。ただ、システムが切ったやつを拾いに戻る管制官は、まあ、少ない」


 直人は、うなずいただけだった。


「で。順番は」


 篠塚がこちらに向き直る。玲奈は慌ててモニタに戻った。


「三番の人を、先に出したいです」

「理由」

「五分前まで『六割』って数字で答えてた人が、『半分くらい』に変わってます。報告もだんだん短くなってて。自分の状態を確認する余裕が、なくなってきてるんだと思います」

「二番は」

「二番の人は……本人の申告だけで、後回しにしないでほしいです」

「言い切らないんだ」

「言い切れないので」


 玲奈は、モニタを見たまま続けた。


「大丈夫ですって言う間隔が短くなってて、返事も遅れてます。最初は一秒で、最後は四秒。痛いのを我慢してる人は、たぶんこうなるので。でも、通信が悪いだけかもしれないです」


「ルートは」

「三番の人は、西側の通路から出したいです。遠いですけど、段差がないので」

「二番は」

「一番の人と一緒に、東へ。魔物の反応が近いですけど、一番の人なら、近づかれても正確に報告できると思います。二番の人を一人で歩かせるより、そっちのほうが安全です」


 篠塚は、モニタを二秒見た。

 それから、玲奈の席からは見えない位置のウィンドウを開いた。


「肋骨、二本」

「え」

「二番の設定。折れてる。最後まで自分から言わない設定になってる」


 篠塚が椅子を回した。


「合格」

「え」

「研修は来週から。書類は相馬に出して」

「あ、はい! ありがとうございま――」


 言い終わる前に、篠塚はもうモニタに向き直っていた。


     ◇


 廊下に出てから、玲奈はようやく息を吐いた。

 手が震えている。


「あの、相馬さん」

「はい」

「私、合格でした」

「聞いてました」

「……はい」


 言いたいことは他にあったのに、うまく出てこなかった。


 直人の端末が鳴った。


 彼は歩きながら画面を見て、それから足を止めた。

 止まり方が、それまでと違った。


「どうしました」

「事故です」


 直人が画面をこちらへ向けた。


  新宿第二ダンジョン 第四層

  層替わり中に通路が閉鎖 一パーティ孤立

  通報 十四時十二分


 その下に、四人の名前が並んでいた。


 佐倉隼人。三田村怜。中村匠。

 そして、玲奈の知らない名前が、ひとつ。


 三年ぶんの穴が、一日で埋まっていた。


「……昨日の今日で、もう入れたんだ」


 思ったより静かな声が出た。

 悔しいのか、怖いのか、自分でも分けられない。

 ただ、その四人目の名前を、玲奈は何も知らない。

 癖も、握りも、疲れたときにどこが下がるかも、何ひとつ。


「水瀬さん」


 直人はもう、エレベーターのほうへ歩き出していた。


「あなたは研修もまだなので、何もしなくていいです」


 それから、こちらを見ないまま付け足した。


「ついてきてください」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ