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君は、仕事しか見ていない

 誰も怪我をしていない、という一行から始まった。


 検証の様式は、一枚目にそれを書く。

 人的被害の有無。物的損害の有無。是正の緊急度。三つとも、記入は三分で終わる。


 三分で終わって、そのあと二時間かかった。


     ◇


 十七階の会議室に、四人が集まった。


 東堂。宇野。それから、救難管制から篠塚と片桐が来ている。

 直人が呼んだのではない。第三者検証の要員は、東堂が選ぶ決まりだ。


「なんで俺なんだ」


 片桐は、椅子に座る前にそう言った。


「探索者を辞めた人の件を、辞めさせたことがある人に見てもらいます」


 東堂が答えると、片桐は座った。


「一番きつい理由だな、それ」


     ◇


 検証で使う資料は、宇野が組んだ。


 渡すのは、三ヶ月前に直人の手元にあったものだけだ。

 面談記録。当時の求人一覧。査定と潜行の記録。

 追跡票は渡さない。実際にどこへ配置されたかも伏せる。


「配置後に分かったことを見せると、答えを知ってから理由を書くことになります」


 宇野はそう言って、伏せた箇所の一覧も別紙に付けた。


     ◇


 伏せ忘れが、一箇所あった。


 片桐に渡した束の三ページ目。欄外に、直人の字で「整備」と走り書きが残っている。


「読む前に気づきましたか」

「気づいてない、と言ってる」


 片桐が自分で答えた。


「ただ、気づいてないことは証明できねえよな」

「できません」

「じゃあ、俺のは外せ」


 宇野は、その場で票の扱いを書き直した。


    片桐克巳  参考。資料に伏せ忘れがあったため、票には数えない。


 票は、篠塚と、査定部の職員二名で取り直した。二日かかった。


     ◇


 三人とも、装備整備の専任と書いた。


「三人一致です」


 宇野が読み上げた。


「参考の欄に、一行あります」

「読め」


     ――ただし、この人は住むところが変わる。


「これ、記録のどこに書いてありましたか」


 宇野が聞くと、片桐は肩をすくめた。


「書いてない。うちで四人辞めてるからだ」

「四人」

「探索者やめた奴は、社宅を出る。当たり前だろ」


 東堂は、その一行を写していた。


「票にならない一行が、一番効きましたね」

「効いた」


「一つ、聞いていいか」


 篠塚が、そこで初めて口を開いた。


「はい」

「これ、うちの水瀬にも起きてたか」

「……」

「あいつ、社宅か」

「実家です」

「じゃあ、運がよかっただけだな」


 篠塚は、椅子の背にもたれた。


「うちに来た五人のうち、二人は社宅だった。管制は協会の職員だから、そのまま住める」

「はい」

「戸松さんは、協会の外に出たんだよな」

「装備整備の専任は、提携先の所属です」

「そこだ」


 篠塚は、自分の紙に一行足した。


    ――協会の中で動くか、外へ出るかで、消えるものが違う。


「これ、あんたの様式に一行もないだろ」

「ないです」


     ◇


「相馬さん」

「はい」

「あなたの判断は、間違っていません」


 東堂は、三人の紙を揃えた。


「第三者三人が同じ結論を出しました。配置は正しかった。本人も、向いていたと言っています」

「……はい」

「誰も死んでいません」

「はい」

「それで、成功だと思いますか」


 直人は、返事をするまでに時間を使った。


「……思いません」


     ◇


「君の判断は間違っていない。君の設計が間違っている」


 東堂は、宇野の分類表を机の中央に置いた。


    仕事に関する質問  百二十六種類

    生活に関する質問    四種類


「二十三人ぶんの面談で、四種類です」

「はい」

「君は、仕事しか見ていない」

「……はい」


 東堂は、そこで一度、指を紙から離した。


「仕事だけを見るのは、正しい査定です」


 直人は、顔を上げた。


「私がやっていることと、同じです」


     ◇


 言い返す材料は、あった。


 三時間の面談で聞いていることは、査定部の十五分より多い。手当の話をしなかったのは、聞く欄がなかったからだ。欄がないのは、様式が古いからだ。


 全部、本当だ。

 本当で、一つも役に立たない。設計の話をしているからだ。


 直人が三年間言ってきたのは、こういうことだった。

 数字だけ見て、仕事を決めるな。


 言ってきた男が、仕事だけ見て、人の住むところを決めていた。


     ◇


 ――同じ理由で二回目があると、困るので。


 二年前の事故のあと、直人はそう言って三日ぶんの記録を読んだ。

 二回目を作らないために読んだ。


 今回、同じ理由の一回目を作ったのは、直人だ。


     ◇


「二つ、足します」


 直人が言うと、東堂はうなずいた。


「聞きます」


    生活条件の変化

      額面のほかに、手当・補助・住居・通勤時間を並べて確認する

      配置先で消えるものを、本人と一緒に書き出す


    追跡頻度の設計

      配置の種類ごとに、次に確認する時期を先に決める


「頻度は、何ヶ月にしますか」


 宇野が聞いた。


「三ヶ月です」

「全部ですか」

「……全部にしていました」


 片桐が、そこで口を挟んだ。


「三ヶ月じゃ足りねえよ。管制は半年で辞めるやつが多い」

「半年」

「最初の三ヶ月は誰でも持つんだ。夜勤の順番が回りきるのが半年目でな」


 直人は、その数字を書いた。横に片桐の名前も書いた。


「職種ごとに、変えます」

「そうしろ」

「片桐さん」

「なんだ」

「うちの様式に、そう書いてもらえますか」

「……俺が書くのか」

「片桐さんが出した数字なので」


 片桐は、しばらく直人を見ていた。


「あんた、去年もそれ言ったな」

「はい」

「三日かけて事故の記録を読んだあとだ。誰に聞いたかを全部書いてった」

「書きました」

「あのときは、変な奴だと思った」


 片桐は、紙を引き寄せた。


「今は、面倒な奴だと思ってる」

「……はい」

「褒めてるんだよ」


     ◇


「試験運用は、停止しません」


 東堂は、そう言った。


「事故ではないからです。是正の設計も、この場で出ました」

「……はい」

「ただし、延長も約束しません」


 東堂は、手帳を閉じた。


「判定は、期日にします。今日の分は、判定の材料に入れます。良い材料か悪い材料かは、まだ言いません」


     ◇


 地下二階に戻ると、机の上に追跡票がもう一通あった。


 四通のうちの、四通目だ。志水千夏。三ヶ月経っている。


    離職  なし

    重大事故 なし

    本人の申告 あり

    配置先評価 良


 自由記述の欄は、いつもどおり三行しかない。

 そこには何も書いていなくて、書式の下の余白に、一行だけ足してあった。


    予約の順番を、こちらで組み替えました。そのほうが手が震えないので。


「そうですか」


 直人は、声に出してそう言った。

 部屋には誰もいない。


 追跡票を右の山に置いた。配置が終わった人の山だ。

 置いてから、余白の一行をもう一度読んだ。組み替えた、と書いてある。誰に頼まれた、とは書いていない。


 直人は、その紙を右の山の一番上に置き直した。それ以上のことはしなかった。


     ◇


 三隅晃が来たのは、その翌週だった。


 紙を二枚持っている。自分の評価表と、岸田の評価表だ。

 どちらも封がしてある。三隅は、岸田のほうを開けずに持ってきた。


「見ようと思えば見られたんですけど」

「はい」

「見たら、こっちを書き直すと思ったので」


「同時に開けましょう」

「はい」


 二枚を並べると、数字は合っていた。


 十二回のうち、撤退条件に触れたのが三回。

 四回で終わる、と決めてあった。三回では終わらない。


 一箇所だけ、書き方が違っていた。


 三隅の欄には、こう書いてある。


    三回目  二番に該当


 岸田の欄には、こう書いてある。


    三回目  二番に該当。ただし当日はこちらの指示が遅れている。三隅の責任とは言い切れない


「これ、俺は入れました」


 三隅が言った。


「岸田さんは外そうとしてます」

「はい」

「外したら、二回です」


 三隅は、二枚を重ねた。


「でも、三回でいいです」


     ◇


「三隅さん」

「はい」

「三回です。四回ではないので、続けられます」

「知ってます。自分で書いたので」


 三隅は、椅子の背に手を置いたまま座らなかった。


「戻ります」


 直人は、記録の欄にペンを置いた。


「分かりました」

「……止めないんですね」

「決めるのはあなただと、先に言ったので」


 三隅は、そこで少し笑った。


「四回目の却下、来ると思ってました」

「来ないです」

「はい」


     ◇


「最後に、一つだけ聞かせてください」

「どうぞ」

「三ヶ月で、何が分かりましたか」


 三隅は、少し考えた。


「攻撃職には向いてないです」

「……はい」

「三回却下されたときは、そう思わなかったです」


 三隅は、二枚の紙を折らずに鞄へ入れた。


「行ってみないと分からないって言われて、行きました。分かりました」

「はい」

「四回目は、自分でやります」


     ◇


 三隅が帰ったあと、直人は記録に三行入れた。


    試験配置 終了。撤退条件には達していない。

    本人の判断による。当室は数字を渡しただけである。

    防御職として、同じ班に残る。


 書式の一番下に、岸田の名前を入れる欄がある。

 直人は、その欄に岸田の評価表の一文をそのまま写した。三隅が外さなかった一行のほうも、消さずに残した。


 二つとも残せば、次に読む人は一つに決められない。

 決められないなら、本人に聞くしかない。


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