どちらも、保証していません
結論の欄を、二つにした。
様式を書き直すのに、三十分かかった。欄を増やすだけなら十分で終わる。
増やしたあとに何を書かせるかで、二十分かかった。
◇
「二つ書いたら、それは結論じゃないです」
宇野は、新しい様式を持ったまま言った。
「はい」
「結論は一つだから結論なんですけど」
「そうですね」
「私の案を落としたくないんですか」
「違います」
「じゃあ何ですか」
「どちらが正しいかを、私も宇野さんも知らないからです」
直人は、欄の下に足した一行を指した。
※本欄が二つ埋まっている場合、どちらが続けられるかは、どちらも保証していない。
「これ、平川さんに見せるんですか」
「一枚目に置きます」
「不安になりますよ」
「なると思います」
◇
十七階へは、様式だけを持っていった。
「割れたまま出すんですか」
「はい」
「決めないのが手順だと」
「決める人を変えるだけです」
東堂は、二つ並んだ欄をしばらく見ていた。
「選ばせた責任は、こちらに残りますよ」
「残します。判断した者の欄は、二つとも埋めます」
東堂は、判を押した。
「一つ言っておきます」
「はい」
「これは、逃げに見えます」
「……はい」
「逃げでないと言えるのは、三ヶ月後です」
◇
平川湊は、二枚の紙を並べて読んだ。
読み終わるまで、十二分かかった。読みながら、二回うなずいた。
一枚目に戻ったのは、一度だけだ。一番上の一行のところで止まった。
※本欄が二つ埋まっている場合、どちらが続けられるかは、どちらも保証していない。
「これ、本当ですか」
「本当です」
「両方、続かないかもしれないってことですか」
「続くほうを選びました、とは言えない、ということです」
「……前の隊で、こんなこと言われたことないです」
「はい」
「いつも、大丈夫だからやれって言われました」
「それで、大丈夫でしたか」
「四回外されました」
◇
「これ、どっちがいいと思いますか」
「分からないです」
「相馬さんの案ですよね、こっち」
「はい」
「じゃあ、そっちがいいと思ってるんじゃないですか」
直人は、すぐには答えなかった。
「三日前まで、そう思ってました」
「今は」
「宇野さんの根拠のほうが、数え方がはっきりしてます」
宇野が、机の下でストップウォッチを持ち替えた。
「じゃあ、どうやって決めるんですか」
「両方、小さくやります」
◇
試行の設計
案A(単独斥候)
第二層で二回。一回四十分。監督者は待機所の当番。
報告は、その日の作戦担当へ提出する。受領側にも記録を取ってもらう。
見るもの 提出から、受領側が内容を確認し終えるまでの時間
受領側から追加の確認が何回入ったか
本人の疲労申告/終了後の所感
案B(研修資料の作成)
新人向けの索敵報告の手引きを一本。A4二枚以内。期限は一週間。
見るもの 新人三名が読んで、どこで詰まるか/作成にかかった時間
※どちらも、本人の希望で途中でやめられる。
※やめた場合も、やめた時点までの記録を残す。
「二枚以内って、短くないですか」
平川が最初に聞いたのは、そこだった。
「短いです」
「じゃあ、入りきらないです」
「入らないぶんを、どうするかを見ます」
◇
潜行そのものは、二回とも良かった。
所要時間は階層の平均より短い。経路の取り方も、待機所の当番が「危なっかしいところはない」と書いている。
問題は、上がってきたあとに出た。
一回目 報告 六枚 受領側の確認 三十八分 追加確認 四回
二回目 報告 八枚 受領側の確認 五十一分 追加確認 六回
疲労申告 二回とも、なし
作戦担当の所見も、一枚戻ってきた。
内容は正確。抜けはない。
ただ、どこが結論か分からない。探すのに、こちらで一時間近く使っている。
一人で潜っても、待つ人はいた。前ではなく、後ろにずれただけだった。
二回目のあとに、平川はこう書いた。
合っているかどうかを、その場で確かめる相手がいません。
書きながら、同じところに何回も戻りました。
「これ、疲労の欄じゃないんですけど」
宇野が言った。
「所感の欄です」
「所感を見るって、先に書いてありましたね」
「書きました」
「……確認に五十一分は、四十一秒より重いですね」
「重いです」
◇
案Bの初稿は、九枚あった。
二枚以内、と書いてある。平川は、二枚に削らなかった。
かわりに、二枚の本体と、七枚の別冊にして持ってきた。
「削れなかったんですか」
「削れなかったです」
「じゃあ、条件を守れてないですね」
宇野が言うと、平川は別冊のほうを指した。
「読まなくていいほうに、全部入れました」
「……読まなくていい」
「本体は二枚です。困ったときだけ、こっちを開いてもらえば」
宇野は、別冊の目次を三十秒見ていた。
「目次、ありますね」
「ないと、七枚は読めないので」
◇
新人三名に、本体だけを渡した。
作成にかかった時間は、のべ二十一時間だった。
そのうち十四時間が、別冊のほうに入っている。
三人とも、最後まで読んだ。読むのにかかったのは、四分から六分。
途中で手が止まった箇所は、三人とも同じところが一箇所だけだった。用語の定義が一つ抜けていた。
所感の欄に、三人とも同じ言葉を書いていた。
――細かい。
そのうち二人が、そのあとに一行足している。
――細かいから、迷わなかった。
三人のうち二人は、別冊も開いた。
◇
直人が目を止めたのは、本体の三番目だった。
三 報告の長さは、自分が話した時間で測らない。
聞いた人が動き出すまでの時間で測る。
自分では測れないので、誰かに測ってもらうこと。
その三行を、二度読んだ。
「これ」
宇野が、横から紙を引き寄せた。読んで、それから動かなくなった。
「私が三日かけて出した数字と、同じことを言ってます」
「はい」
「聞いてないですよね」
「聞いてないです」
宇野は、紙を平川のほうへ戻した。
「……私もです」
◇
「これ、どこで知ったんですか」
「四年目に言われたやつです。お前が喋ってると決まらない、って」
「……はい」
「意味が分かったのは、二年後くらいです」
平川は、本体の二枚を揃えた。
「新しい人が同じ二年を使うのは、もったいないと思って」
◇
三日、返事が来なかった。
宇野は、そのあいだに二回、期限を聞きに来た。二回とも、期限は切っていないと答えた。
三日目に、宇野は机の上のストップウォッチを裏返して置いた。
「決めていいですか」
四日目の朝に、平川はそう言った。
「はい」
「Bにします」
「聞いてもいいですか。なぜBですか」
「Aのほうが、たぶん数字は良くなります」
「はい」
「でも、書いたものを読む人がいるほうがいいです」
平川は、そこで一度言い直した。
「四十分ぶん書いて誰も読まないのは、前の隊と同じなので」
◇
「あなたの案のほうが、良かったかもしれないです」
宇野が言ったのは、平川が帰ったあとだった。
「数字は案Aのほうが速いです」
「速いのに、本人が選ばなかったので」
宇野は、ストップウォッチを机に置いたまま、しばらく触らなかった。
「私、聞かなかったことを、まだ間違いだと思ってないです」
「はい」
◇
配置の条件を詰めるのに、もう一度だけ時間をもらった。
三時間ではない。四十分だ。
所属先と、勤務時間と、資料の提出先を確認するだけの面談だった。
最後に一つ残っていた。
「聞いてもいいですか」
「はい」
「人に教えるのは、嫌ですか」
「嫌いじゃないです」
平川は、そこで初めて言い淀んだ。
「ただ」
「はい」
「途中で、分かった顔をされるのが、怖いんです」
◇
「分かった顔」
「うなずくんですけど、目が動かないやつです」
平川は、自分の顔の前で手を横に振るような動きをして、途中でやめた。
「あれが出ると、こっちは続けられなくなります」
「続けられなくなると、どうしますか」
「もっと言います。分かるまで言います」
「四年目に言われたのは」
「たぶん、それです」
直人は、その三つを続けて書いた。
――分かった顔をされるのが怖い。
――怖いと、もっと言う。
――報告が長くなるのは、その先の話。
◇
直人は、宇野の案の紙をもう一度読んだ。
所属は教育課。業務は、研修資料と手順書の作成。
口頭で説明する業務が入るかどうかは、どこにも書いていない。
教育課に照会を出すと、返事はその日のうちに来た。
新人研修の初日に、資料の作成者が十五分だけ説明に立つ。
規定ではない。十年以上続いている慣例だ、と書いてあった。
◇
直人は、配置の条件に二行入れた。
新人への口頭説明は、本人の希望がある場合に限る。
資料についての質問は、書面で受けて、書面で返す。
「これ、私の案ですよね」
宇野は、条件のところだけを指した。
「宇野さんの案です」
「でも、この二行は出せなかったです」
「はい」
「記録に、怖いとは書いてないので」
宇野は、紙を返した。
「あの十五分がそのままだったら、同じことが起きてました」
「起きたと思います」
◇
「私も、置き場所は出せなかったです」
直人は言った。
「三時間かけて、単独斥候しか出ませんでした」
「そっちも数字は良かったです」
「良かったです。本人が選ばなかっただけで」
宇野は、ストップウォッチを鞄に入れた。
「一件で、二人がかりですね」
「はい」
「四千人います」
「……はい」
◇
配置は、その週のうちに動いた。
新人教育用の研修資料・手順書の作成。所属は教育課。潜行はしない。
等級は索敵Bのまま変わらない。
様式の結論欄は、二つとも埋めた。
採用したほうに丸をつけて、採用しなかったほうにも、なぜ採用しなかったかを一行書いた。
案A 不採用 単独でも報告の長さは解消せず、受領側の確認時間が増えた。
潜行そのものの数字は、案Aが上回る
◇
その夜、直人は手順記録の一行目を開いた。
1 相手が言い終わってから、二秒空ける。
宇野が番号を振ったまま、一つしか埋まっていない。
直人は、二つ目を書いた。
2 自分の話した長さでは測らない。相手が動き出すまでの時間で測る。
自分では測れないので、誰かに測ってもらう。
横に、小さく「平川」と書いた。
二行のうち、一行は直人が出したものではない。
◇
追跡票が届いたのは、その週の金曜日だった。
配置から三ヶ月経った人に、協会が自動で送る書式だ。今回は四通ある。
直人は、四通を日付順に並べて、上から開いた。




