↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/57

それ、どこに書いてありますか

 ストップウォッチの音が、面談中に二回鳴った。


 押したのは直人ではない。

 四脚のうち一番奥の椅子に座っている女が、開始と終了で一回ずつ押していた。


     ◇


 その前の週に、十七階で話がある、と呼ばれていた。


「三ヶ月、君の手順を全部見せてください」

「監査ですか」

「両方です」


 東堂は、机の上に人事の紙を一枚置いていた。


「前に、十人育てられますかと聞きました」

「はい」

「一人からです」


 直人は、紙の名前を見た。宇野瑠衣。適性査定部、着任三年目。


「一つ、先に言っておきます」

「はい」

「彼女は、君のやり方に反対しています」

「……はい」

「反対していない人を寄越すと、何も出ないので」


     ◇


 宇野瑠衣が地下二階に来たのは、その週の月曜日だ。


 机は自分で運んできた。総務にも通していた。

 挨拶は十秒で終わって、それから質問が始まった。


「面談は三時間ですか」

「そのくらいです」

「査定部なら十五分です」

「はい」

「そのぶん、何が取れてるんですか」


 直人は、答えるまでに間があいた。


「……順番に聞くので」

「順番は資料にありますか」

「あります」

「見せてください」


 宇野は、その資料を三十分で読んだ。

 読み終わって、最初に言ったのがこれだった。


「二時間四十五分ぶん、資料に書いてないです」


     ◇


 宇野の口癖は、三日で分かった。


 ――それ、どこに書いてありますか。


 直人が「たぶん」と言うたびに出る。一日に四回か五回だ。

 直人は、四回目からその回数を記録に書き始めた。


 書き始めたことは、言わなかった。


     ◇


 二十枠の四件目は、平川湊という男だった。


 二十九歳。索敵B。七年目。

 能力ランクも、査定も、実績も、どこにも問題がない。


 問題は、所属の履歴だった。


 七年で、七つの隊にいる。

 うち四回、隊のほうから外されている。理由の欄は、四回とも空白だった。


「四回とも空欄なら、書きたくない理由があるってことですよね」


 宇野は、申請書を見ながら言った。


「そう読めます」

「読めるだけですよね」

「はい」


     ◇


 面談は、二時間半で終わった。


 平川は、話しやすい人だった。

 こちらの質問に、必ず数を添えて返してくる。


「そのときは、三人でした」

「はい」

「二回目です。一回目は、その前の月です」

「はい」


 途中で三回、平川はこちらの顔を見て止まった。


「今の、分かりました?」

「分かりました」

「じゃあ次なんですけど」


 三回とも、直人が答えるまで先に進まなかった。


 二回目までは、丁寧な人だと思っていた。

 三回目で、直人はペンを止めた。三回とも、こちらは分かると言っている。それでも確認が入る。


     ◇


「外されるとき、何か言われましたか」


 直人が聞くと、平川は少し考えた。


「一回だけ、言われました。四年目のときです」

「なんて」

「――お前が喋ってると、決まらない」


 平川は、それを笑って言った。


「意味が分からなくて。報告してるだけなので」

「そのあと、報告を減らしましたか」

「減らしました。三ヶ月くらい」

「それで」

「戻しました。減らしたら、見落としが出たので」

「見落としは、何件ですか」

「二件です。一件は、隊長に言われました。もう一件は、自分で気づきました」


 数が、また添えられた。


     ◇


 宇野は、面談のあいだ一度も口を挟まなかった。


 書いていたのは、直人の質問だけだ。平川の答えは一行も取っていない。

 あとで見せてもらうと、質問の横に秒数が振ってあった。何を聞くのに何秒かけたか、という記録だった。


 二時間半のうち、直人が話していたのは十九分だと書いてあった。


「二時間十一分、聞いてますよね」

「聞いてます」

「聞いてるあいだ、何かしてますか」

「待ってます」

「待つのが手順ですか」

「はい」

「じゃあ、待ち方も書いてください。それがないと、誰もできません」


 直人は、その日の手順記録に一行足した。

 ――相手が言い終わってから、二秒空ける。


 書いてみると、三年やっていたことのわりに、短い一行だった。

 これで二時間十一分が書けたわけではない。一つ目が書けただけだ。


 宇野は、その行の頭に番号を振った。


   1


 二を書くのは直人だ、ということらしかった。宇野は、番号だけ振って帰った。


     ◇


 直人は、平川の索敵報告と、隊の行動記録を突き合わせた。


 平川が報告を入れてから、隊が次の動作に移るまでの時間。

 平均で、四十一秒だった。


 同じ階層、同じ規模の隊で、索敵Bの平均は十九秒。


 報告の内容は正しい。正しくて、長い。

 前で待っている人が、決めるまでに時間がかかる。


     ◇


「その四十一秒と十九秒、条件そろってますか」


 宇野が言った。ストップウォッチは机に置いてある。


「階層と隊の規模は、そろえました」

「隊長は」

「……そろえてないです」

「判断の速い隊長と遅い隊長がいたら、四十一秒は平川さんの数字じゃなくなりますよ」


 直人は、ペンを持ち替えた。


「そろえ直します」

「もう出しました」


 宇野は、印刷したものを机に置いた。


「同じ隊長が指揮した潜行だけに絞りました。平川さんが平均四十一秒、ほかの索敵Bが二十四秒です」

「……縮みましたね」

「縮みました。消えてはいません」


 直人は、その紙を見た。


「……ありがとうございます」

「業務です」


 東堂と同じ返し方だった。


「それと、一つ聞いていいですか」

「どうぞ」

「面談で取れたものは、この四十一秒に入ってますか」

「入ってないです」

「じゃあ、まだ何も証明されてないですよね」


     ◇


 直人の案は、その日のうちに書けた。


   平川湊 再配置案(相馬)

    現状  索敵Bとして正確。ただし報告が長く、隊の判断を遅らせている

    案   単独行動の比率が高い職へ移す

         深層の事前踏査、または単独斥候

    根拠一 報告から隊が動き出すまでの時間

         同一隊長の潜行に絞って比較  平川 四十一秒/ほかの索敵B 二十四秒

    根拠二 面談中、相手が理解したことを確認してから進む動作が三回

         三回とも、直人は「分かりました」と答えている


 宇野は、それを読んで、一度だけうなずいた。


「面談の三回、記録に残ってるんですか」

「残しました。時刻も」

「じゃあ、根拠です」


 それから、自分の紙を出した。


     ◇


   平川湊 再配置案(宇野)

    案   新人教育用の研修資料・手順書の作成


「新人教育、ですか」


 直人は、顔を上げた。


「根拠、二つあります」


 宇野は、一枚目を指した。


「外された四回の日付です。四回とも、隊に新人が入った三週間後でした」

「四回中、四回」

「はい。母数を出します。所属した隊は七つ。新人が入ったのは五つ。そのうち四つで外されています」

「残りの一つは」

「隊が解散しました。データがありません」

「新人が入らなかった二つは」

「外されていません。片方は現在の所属です」


 直人は、数え方のほうを先に確かめた。


「新人の定義は」

「登録から一年未満で、その隊に初めて入った人です。定義も紙に書いてあります」


 宇野は、二枚目を出した。


     ◇


「これが二つ目です」


 紙には、平川の報告書の文字数が並んでいた。


   新人加入前  平均  四百二十字

   新人加入後  平均  千三百字


「三倍です。増えたぶんを分類しました。全部、新人からの質問への回答でした」


「回答かどうかは、どこで分けましたか」

「報告書に質問者の登録番号が入っている段落だけを抜きました。入っていないものは数えていません」

「新人がいない時期に、質問への回答はありますか」

「あります。月に一段落か二段落です。増え方が違います」


 宇野は、そこで初めて椅子に座り直した。


「新人が嫌いなんじゃないです。教えすぎる人です」


     ◇


「これ、新人に教える仕事ではないんですね」


 直人が聞くと、宇野は首を振った。


「教える役だと、現場でまた教えすぎます」

「同じ職場には入りますよね」

「入ります。ただ、人に付きません。書くだけです」


 宇野は、紙の余白を指で叩いた。


「細かく書く癖は、前線だと邪魔です。資料だと、足りないほうが問題になります」


 直人は、その一行を書き取った。


 欠点が能力に変わったわけではない。

 邪魔にならない場所へ、移しただけだ。


     ◇


「一つ、聞いてもいいですか」

「どうぞ」

「平川さんに、新人のこと、聞きましたか」


 宇野は、少しのあいだ返事をしなかった。


「聞いていません」

「理由は」

「聞くと、答えが変わるので。本人が自分の理由を作ってしまいます」

「変わるかもしれないです」

「変わったら、記録と合わなくなります」

「合わないほうが、材料が増えます」


 宇野は、ストップウォッチを指で回した。


「それ、どこに書いてありますか」

「書いてないです」

「じゃあ、手順じゃないですよね」

「はい」


 直人は、そこは認めた。


「手順じゃないです。だから、書き足すことになると思います」


     ◇


 二つの案が、机に並んだ。


 直人の案は、面談から出ている。

 宇野の案は、記録から出ている。


 三年間、直人は記録を読む側だと思っていた。

 同じ記録から、直人が出さなかったものが出ている。


「決めましょう」


 宇野が言った。


「どっちが正しいか、決めないと出せません」

「今日は決めないです」

「明日ならいいんですか」

「明日も決めないと思います」

「三ヶ月見せてもらう約束なんですけど、一件目で止まりますよ」

「はい」


 宇野は、ストップウォッチを鞄に入れて、机の紙を揃えた。

 帰りぎわに、一度だけ振り返った。


「私の案が通ったら、あなたの三時間は要らないってことになりますよ」

「なります」

「それでいいんですか」

「よくないです」


     ◇


 宇野が帰ったあと、直人は書式を開いた。


 結論の欄は、一つしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。