表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

行きたい場所と、向いてる場所

 三隅晃の申請書は、四枚あった。


 一枚が今年ぶんで、残りの三枚は過去の却下通知だ。

 本人が自分でファイルに綴じて、持ってきていた。折り目は一つもついていない。


     ◇


「向いてないのは知ってます」


 座る前に、三隅はそう言った。


 百八十近い。肩から腕にかけて、防御職の作りをしている。装備を着ていなくても、前に出る人の立ち方だった。


「三回出して、三回とも駄目でした」

「読みました」

「じゃあ話が早い」


 三隅は、ファイルを机に置いて、それから座った。


「四回目です」

「はい」

「今回も駄目なら、そう言ってもらって大丈夫です。慣れてるので」

「はい」

「あと、時間取らせてすいません。忙しいですよね」


 言い方が早い。

 断られる前提の言葉を、先に全部並べてしまう人だった。


 直人は、その並べ方を書き取った。

 自分を下げる言葉が、三分で六回出ている。

 六回とも、要求のほうは一度も引っ込めていない。


     ◇


 三隅の記録は、直人が集めるまでもなかった。


 過去三回の申請書に、却下の判断根拠が一件ずつ添付されている。査定部が残したものだ。

 負傷の一覧も付いていた。三回目の申請書に、三隅が自分で作った表が挟んである。日付、階層、隊列での位置、部位。十九件が一枚に収まっていた。


 直人が新しく出したのは、三回目の却下から今日までの一年二ヶ月ぶんだけだ。

 あとは、六つの隊の編成表を取り寄せた。そこだけは、どの添付にも入っていない。


 一日で、読むところは終わった。


     ◇


 攻撃適性の査定は、四年前と二年前の二回。どちらもDだ。

 訓練施設の実技記録も、命中率、出力、判断速度の三つとも同じ結論を出している。

 三回の却下は、全部この二つを根拠にしていた。


 査定は正しい。三隅晃は、攻撃職に向いていない。

 三回とも、同じところで止まっている。直人が同じ紙を読み直せば、四回目の同じ結論が出るだけだ。


 だから、そこは読み直さなかった。


     ◇


 三隅の作った表のほうを見た。


 過去三年の負傷が十九件。十九件とも、前衛で負っている。

 防御職として登録されている人が、前に出続けている。


 直人は、その十九件を年ごとに並べ直した。

 一年目が四件。二年目が六件。三年目が九件。


 増えている。

 三年かけて、少しずつ前に押し出されている。


 編成表を見ると、理由は一つではなかった。


 六つの隊のうち、四つは攻撃職が足りていない。三隅は毎回、その穴を埋める側へ回されている。


 一つは違った。編成表の備考に、隊長の字でこう書いてある。


   三隅は防御Bなので、前でも死なない


 残る一つは、潜行の当日に前衛が一人欠けた回だった。

 その日だけの措置だと備考にある。措置は、三ヶ月そのままになっていた。


 理由は三種類ある。結果は一つだ。

 六つの隊で、六回とも、防御の装備のまま前に出ている。


 本人が望んで前に出たのではない。

 便利だったから、前に置かれていた。


 所属の履歴も、同じことを言っていた。

 七年で、六つの隊にいる。平均で一年二ヶ月。


 外されたのではない。六つとも、解散か、編成替えで消えている。

 三隅の記録には、外された痕が一つもなかった。

 どこへ行っても、置かれた場所で三年ぶんの怪我をしてから、隊のほうがなくなっている。


     ◇


「三隅さん」

「はい」

「攻撃職には、向いてません」


 三隅は、うなずいた。


「知ってます」

「査定は二回とも正しいです。私が見ても、同じ結果になります」

「はい」

「それでも、行きたいですか」

「行きたいです」


 直人は、ペンを止めた。


 これまで、こういう人が来なかった。


 玲奈は「人を助けたかった」と言った。方法が違っただけだった。

 黒瀬は辞めたがっていた。役職を変えれば済んだ。

 志水は自分で辞めたあとだった。環境を変えれば戻れた。

 神崎は配置が正しかった。置き方だけの問題だった。


 四人とも、本人が納得できる場所が、どこかにあった。

 三隅の場合、それがない。


 行きたい場所と、向いてる場所が、重なっていない。


     ◇


「聞いてもいいですか」

「どうぞ」

「なんで、攻撃職なんですか」


 三隅は、少し黙った。

 それからファイルを開いて、一番下の紙を出した。四年前の却下通知だ。


「これ、俺が二十三のときです」

「はい」

「そのとき、上の人に言われました。『君は前に出ちゃいけない人だ』って」


 三隅は、紙を裏返して机に置いた。


「で、次の月から、前に出されました」

「……はい」

「攻撃職が足りないからです。防御の装備で、前に出ろって」


 直人は、負傷記録の束を見た。四件、六件、九件。


「言ってることが違うって、そのとき思いました」


 三隅は続けた。


「でも、たぶん違わないんです。あの人が言ったのは『向いてない』で、隊が言ったのは『人がいない』なので。両方本当です」

「はい」

「七年やってます」


 三隅は、指を折らなかった。数えなくても出るのだろう。


「七年、一回も自分で決めてないです。査定が決めて、隊長が決めて、人手が決めて。俺は毎回、そこにいただけです」

「はい」

「三回申請して、三回とも別の人に止められました」


 そこで、三隅は初めてこちらをまっすぐ見た。


「三回とも、正しかったと思います」

「……はい」

「正しかったから、余計に何も残ってないんです」


 直人は、口を挟まなかった。


「成功させてほしいんじゃないです」

「はい」

「一回くらい、自分で選んで失敗したいんです」


     ◇


 直人は、その日、答えを出さなかった。


「三隅さん」

「はい」

「一週間、ください」

「……却下じゃないんですね」

「まだ何も決めてません」

「四回目も駄目だって、今言ってもらってもいいですけど」

「言えないです」


 直人は、記録の一枚目に手を置いた。


「あなたの言ってることに、間違いが一つも入ってないので」


 三隅は、ファイルを閉じて立ち上がった。

 持って帰った。置いていかなかった。


 ドアの手前で、振り返った。


「相馬さん」

「はい」

「向いてないって言ったの、あなたで四人目です」

「そうですか」

「四人目まで来ると、もう腹も立たないですね」


     ◇


 その夜、端末が鳴った。


   差出 黒瀬悠真

   配置替えの記録って、どういう書式で残せばいいですか


 直人は、様式番号だけ返した。

 用件は聞かなかった。聞かなくても、書式番号があれば書ける。


 三十秒で返信が来た。


   助かりました


 それで、そのやり取りは終わった。


     ◇


 調べるほうは、三日で終わった。


 一日目に、直人は十七階へ照会を出した。


   照会  適性査定部 追跡データ


    攻撃適性D以下の者で、本人の希望により攻撃職へ転向した事例

     抽出範囲  過去十年

     除外    隊の指示による前衛配置、欠員補充の一時措置

     必要項目  転向後の在籍月数/離脱の理由/転向後に配置を変えた回数


 三年間、直人はこの種の依頼を一度も出していない。

 出せないと思っていたわけではない。自分で読めばいい、と思っていた。


 八十七件が来るまでは、それで足りていた。


     ◇


 返事は、その日の夕方に来た。


   差出 適性査定部 東堂啓介

   抽出二十四件。集計表を添付します。

   除外条件を先に書いてきたのは、この三年で君が初めてです。


 直人は、その一行を読み飛ばして、集計表を開いた。


     ◇


 二十四件。

 二年以上続いた人が七人。辞めた人が十一人。負傷で戻った人が六人。


 集計表には、年齢、前職、隊の規模、訓練時間、転向前の負傷歴が並んでいる。

 どれで並べても、続いた人と続かなかった人の間に線が引けない。


 直人が全文を読んだのは、続いた七人と、離脱の典型例の三人だけだ。

 十人。二日目の夜に終わった。


 七人のうち五人が、転向の二年目に配置をもう一度変えていた。

 同じ場所で続いたのではない。動きながら続いていた。


 三日目の夜、直人は篠塚に電話をかけた。救難管制のほうだ。


「うちに来た人で、二年以上いる人、何人ですか」

「なんだいきなり」

「教えてもらえますか」

「……五人中四人」

「一人は」

「一年で辞めた。合わなかったってさ」

「理由、聞きました?」

「聞いてない」


 篠塚は、そこで少し黙った。


「あんた、聞いとけばよかったって顔してるだろ」

「電話です」

「顔してるよ」


     ◇


 残りは、四日ある。


 三日目までに出たものを、直人は四日目も五日目も並べ直した。

 並べ方を変えても、同じ結論しか出ない。二十四件は、二十四件のままだった。


     ◇


 六日目の朝に、直人は探すのをやめた。

 探していたものが間違っていた、と気づいたからだ。


 直人はずっと、三隅が続けられるかどうかを探していた。

 それは、三隅が聞いていないことだった。


 三隅は「続けられますか」とは言っていない。

 「一回くらい、自分で選んで失敗したい」と言った。


 続くかどうかは、三隅の問題だ。

 直人の問題は、その一回を、どういう形で用意するかのほうだった。


     ◇


 真ん中の山を見た。


 十四人。まだ決まっていない人たちの書類だ。

 三隅の分をそこへ置くこともできる。判断保留の欄には、そう書ける。材料が足りません、と。


 直人は、置かなかった。


 材料は足りている。

 足りていないのは、決め方のほうだった。


 三年間、直人は「その人に向いている場所」を出してきた。

 三隅が求めているのは、場所ではない。決め方だ。


 その日の記録に、直人は三行書いた。


   この件は、本人が決める。

   決め方を、こちらで用意する。

   ――本人希望による試験配置。失敗しても戻れる形にすること。


 書いてから、欄が足りないことに気づいた。

 その三行を入れる欄が、書式のどこにもなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ