行きたい場所と、向いてる場所
三隅晃の申請書は、四枚あった。
一枚が今年ぶんで、残りの三枚は過去の却下通知だ。
本人が自分でファイルに綴じて、持ってきていた。折り目は一つもついていない。
◇
「向いてないのは知ってます」
座る前に、三隅はそう言った。
百八十近い。肩から腕にかけて、防御職の作りをしている。装備を着ていなくても、前に出る人の立ち方だった。
「三回出して、三回とも駄目でした」
「読みました」
「じゃあ話が早い」
三隅は、ファイルを机に置いて、それから座った。
「四回目です」
「はい」
「今回も駄目なら、そう言ってもらって大丈夫です。慣れてるので」
「はい」
「あと、時間取らせてすいません。忙しいですよね」
言い方が早い。
断られる前提の言葉を、先に全部並べてしまう人だった。
直人は、その並べ方を書き取った。
自分を下げる言葉が、三分で六回出ている。
六回とも、要求のほうは一度も引っ込めていない。
◇
三隅の記録は、直人が集めるまでもなかった。
過去三回の申請書に、却下の判断根拠が一件ずつ添付されている。査定部が残したものだ。
負傷の一覧も付いていた。三回目の申請書に、三隅が自分で作った表が挟んである。日付、階層、隊列での位置、部位。十九件が一枚に収まっていた。
直人が新しく出したのは、三回目の却下から今日までの一年二ヶ月ぶんだけだ。
あとは、六つの隊の編成表を取り寄せた。そこだけは、どの添付にも入っていない。
一日で、読むところは終わった。
◇
攻撃適性の査定は、四年前と二年前の二回。どちらもDだ。
訓練施設の実技記録も、命中率、出力、判断速度の三つとも同じ結論を出している。
三回の却下は、全部この二つを根拠にしていた。
査定は正しい。三隅晃は、攻撃職に向いていない。
三回とも、同じところで止まっている。直人が同じ紙を読み直せば、四回目の同じ結論が出るだけだ。
だから、そこは読み直さなかった。
◇
三隅の作った表のほうを見た。
過去三年の負傷が十九件。十九件とも、前衛で負っている。
防御職として登録されている人が、前に出続けている。
直人は、その十九件を年ごとに並べ直した。
一年目が四件。二年目が六件。三年目が九件。
増えている。
三年かけて、少しずつ前に押し出されている。
編成表を見ると、理由は一つではなかった。
六つの隊のうち、四つは攻撃職が足りていない。三隅は毎回、その穴を埋める側へ回されている。
一つは違った。編成表の備考に、隊長の字でこう書いてある。
三隅は防御Bなので、前でも死なない
残る一つは、潜行の当日に前衛が一人欠けた回だった。
その日だけの措置だと備考にある。措置は、三ヶ月そのままになっていた。
理由は三種類ある。結果は一つだ。
六つの隊で、六回とも、防御の装備のまま前に出ている。
本人が望んで前に出たのではない。
便利だったから、前に置かれていた。
所属の履歴も、同じことを言っていた。
七年で、六つの隊にいる。平均で一年二ヶ月。
外されたのではない。六つとも、解散か、編成替えで消えている。
三隅の記録には、外された痕が一つもなかった。
どこへ行っても、置かれた場所で三年ぶんの怪我をしてから、隊のほうがなくなっている。
◇
「三隅さん」
「はい」
「攻撃職には、向いてません」
三隅は、うなずいた。
「知ってます」
「査定は二回とも正しいです。私が見ても、同じ結果になります」
「はい」
「それでも、行きたいですか」
「行きたいです」
直人は、ペンを止めた。
これまで、こういう人が来なかった。
玲奈は「人を助けたかった」と言った。方法が違っただけだった。
黒瀬は辞めたがっていた。役職を変えれば済んだ。
志水は自分で辞めたあとだった。環境を変えれば戻れた。
神崎は配置が正しかった。置き方だけの問題だった。
四人とも、本人が納得できる場所が、どこかにあった。
三隅の場合、それがない。
行きたい場所と、向いてる場所が、重なっていない。
◇
「聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「なんで、攻撃職なんですか」
三隅は、少し黙った。
それからファイルを開いて、一番下の紙を出した。四年前の却下通知だ。
「これ、俺が二十三のときです」
「はい」
「そのとき、上の人に言われました。『君は前に出ちゃいけない人だ』って」
三隅は、紙を裏返して机に置いた。
「で、次の月から、前に出されました」
「……はい」
「攻撃職が足りないからです。防御の装備で、前に出ろって」
直人は、負傷記録の束を見た。四件、六件、九件。
「言ってることが違うって、そのとき思いました」
三隅は続けた。
「でも、たぶん違わないんです。あの人が言ったのは『向いてない』で、隊が言ったのは『人がいない』なので。両方本当です」
「はい」
「七年やってます」
三隅は、指を折らなかった。数えなくても出るのだろう。
「七年、一回も自分で決めてないです。査定が決めて、隊長が決めて、人手が決めて。俺は毎回、そこにいただけです」
「はい」
「三回申請して、三回とも別の人に止められました」
そこで、三隅は初めてこちらをまっすぐ見た。
「三回とも、正しかったと思います」
「……はい」
「正しかったから、余計に何も残ってないんです」
直人は、口を挟まなかった。
「成功させてほしいんじゃないです」
「はい」
「一回くらい、自分で選んで失敗したいんです」
◇
直人は、その日、答えを出さなかった。
「三隅さん」
「はい」
「一週間、ください」
「……却下じゃないんですね」
「まだ何も決めてません」
「四回目も駄目だって、今言ってもらってもいいですけど」
「言えないです」
直人は、記録の一枚目に手を置いた。
「あなたの言ってることに、間違いが一つも入ってないので」
三隅は、ファイルを閉じて立ち上がった。
持って帰った。置いていかなかった。
ドアの手前で、振り返った。
「相馬さん」
「はい」
「向いてないって言ったの、あなたで四人目です」
「そうですか」
「四人目まで来ると、もう腹も立たないですね」
◇
その夜、端末が鳴った。
差出 黒瀬悠真
配置替えの記録って、どういう書式で残せばいいですか
直人は、様式番号だけ返した。
用件は聞かなかった。聞かなくても、書式番号があれば書ける。
三十秒で返信が来た。
助かりました
それで、そのやり取りは終わった。
◇
調べるほうは、三日で終わった。
一日目に、直人は十七階へ照会を出した。
照会 適性査定部 追跡データ
攻撃適性D以下の者で、本人の希望により攻撃職へ転向した事例
抽出範囲 過去十年
除外 隊の指示による前衛配置、欠員補充の一時措置
必要項目 転向後の在籍月数/離脱の理由/転向後に配置を変えた回数
三年間、直人はこの種の依頼を一度も出していない。
出せないと思っていたわけではない。自分で読めばいい、と思っていた。
八十七件が来るまでは、それで足りていた。
◇
返事は、その日の夕方に来た。
差出 適性査定部 東堂啓介
抽出二十四件。集計表を添付します。
除外条件を先に書いてきたのは、この三年で君が初めてです。
直人は、その一行を読み飛ばして、集計表を開いた。
◇
二十四件。
二年以上続いた人が七人。辞めた人が十一人。負傷で戻った人が六人。
集計表には、年齢、前職、隊の規模、訓練時間、転向前の負傷歴が並んでいる。
どれで並べても、続いた人と続かなかった人の間に線が引けない。
直人が全文を読んだのは、続いた七人と、離脱の典型例の三人だけだ。
十人。二日目の夜に終わった。
七人のうち五人が、転向の二年目に配置をもう一度変えていた。
同じ場所で続いたのではない。動きながら続いていた。
三日目の夜、直人は篠塚に電話をかけた。救難管制のほうだ。
「うちに来た人で、二年以上いる人、何人ですか」
「なんだいきなり」
「教えてもらえますか」
「……五人中四人」
「一人は」
「一年で辞めた。合わなかったってさ」
「理由、聞きました?」
「聞いてない」
篠塚は、そこで少し黙った。
「あんた、聞いとけばよかったって顔してるだろ」
「電話です」
「顔してるよ」
◇
残りは、四日ある。
三日目までに出たものを、直人は四日目も五日目も並べ直した。
並べ方を変えても、同じ結論しか出ない。二十四件は、二十四件のままだった。
◇
六日目の朝に、直人は探すのをやめた。
探していたものが間違っていた、と気づいたからだ。
直人はずっと、三隅が続けられるかどうかを探していた。
それは、三隅が聞いていないことだった。
三隅は「続けられますか」とは言っていない。
「一回くらい、自分で選んで失敗したい」と言った。
続くかどうかは、三隅の問題だ。
直人の問題は、その一回を、どういう形で用意するかのほうだった。
◇
真ん中の山を見た。
十四人。まだ決まっていない人たちの書類だ。
三隅の分をそこへ置くこともできる。判断保留の欄には、そう書ける。材料が足りません、と。
直人は、置かなかった。
材料は足りている。
足りていないのは、決め方のほうだった。
三年間、直人は「その人に向いている場所」を出してきた。
三隅が求めているのは、場所ではない。決め方だ。
その日の記録に、直人は三行書いた。
この件は、本人が決める。
決め方を、こちらで用意する。
――本人希望による試験配置。失敗しても戻れる形にすること。
書いてから、欄が足りないことに気づいた。
その三行を入れる欄が、書式のどこにもなかった。




