カテゴリー
障害者を雇うことで得られる補助金のため、障害者を利用している事業者も多い。
業績の悪い会社に、障害者就労支援型施設を作れば補助金が入るとコーディネートする者がいる。
近所でも、錆びれた会社が、就労支援施設としてオープンしたことがあった。
見学に行くと、狭い階段、狭いトイレ、障害者への配慮といえば、階段に手すりがつけられていることだろうか。
障害者を受け入れるためでなく、障害者施設として、認可される程度に費用を抑えた改修しか行っていない。
まず、車椅子の方が利用できるトイレではない。
お金を得るために始め、知識もなければ、思いやりもない。
ここを利用する障害者が、社会の一員として、前に進むことはできるのだろうか。
重度の視覚障害者は、補助金目的の施設でさえも敬遠される。
本当に障害者のための施設を作りたいと思うのなら、障害の重い方が安心して行動できる設備を整え、就職が難しいと思われる方に寄り添った場所を作るべきではないか。
事業者が、私腹を肥やすだけの支援策であるなら、ダイレクトに障害者に補助金を出した方がいい。
事業者を肥やすだけで、障害者が救われない、意味のない施策はやめた方がいい。
発達障害の場合は、ある能力が吐出している場合が多い。
記憶力は有名であるが、私は、プログラミングで吐出した発達障害者を数人見た。
しかし、彼等はコミニュケーション能力に欠けている場合が多く、知的障害と同じカテゴリーで就労支援を受ける。
個々の特性を活かした支援はない。
障害者の就労支援は、個々の能力より、障害の種類で職種を分けられる。
私腹を肥やす事業者にとって、個々の能力など関係ない。
健常者でも、自分の能力を発揮できる職に就いている者は少ないだろう。
何が自分に合っているのか分からず、ただ賃金を得るために仕事を探し、働く者が世の中の大半を占めていると思う。
自分の能力を発揮でき、生きがいを感じる仕事に就くことが、万人の幸せだと思うが、自分の能力や、やりたいものがない以上、世の中のカテゴリーにハマるしかない。
そのカテゴリーは、障害者の場合、補助金を得る事業者によって分けられる。
日本にいる中国の人を悪く言う人がいるが、中国の人のバイタリティはすごいと感じる。
日本人の多くが、頑張っても無駄と思っていないだろうか?
中国から日本に来た人は、自分の可能性を信じ、貪欲にチャンスを掴む。
貧しかった頃の日本人がアメリカンドリームを夢見ていた頃のように。
自分から、カテゴリーにはまっていては、何も起こせない。




