相手への尊厳と思いやり
知的障害は、さまざまであるが、私は、知的障害者が好きだった。
彼等は、人を疑うことを知らない。
疑うこともなく、綺麗な心で私に接してくれる。
その笑顔に、俗世間でひねくれた私の心は洗われるようだった。
そして、愛情をかければ、愛情を返してくれる。
彼等には、綺麗な心で接したいと思った。
それまでの私では、恥ずかしい。
世の中の人全てが、裏がなく、相手をまっすぐに好きになれたら、どんなにいいだろう。
彼等の中でも障害の程度は様々だ。
1人が他の職員を指して言った。
「あの人は、僕たちを馬鹿にしてるよね。」
彼等は、人に対する尊厳を持たない人間を理解している。
思いやりを持っているかは、相手に伝わるものである。
私も、その職員は嫌いだった。
経験が浅い私を下に見て、私に障害者とはを論ずる。
知識があろうと、障害の有無に関わらず、人を下に見る人間がいるから、社会は生きづらい。
私が、仕事を長く続けられない原因も、こういう人達にある。
知的障害者の就職先は、清掃またはスーパーなどでのカート整理が主となる。
スーパーなどでは、周りが見えず、作業中に客とぶつかりクレームになることもある。
客に理解をしてもらうため、障害者とわかる腕章をつけることを提案したが、差別につながるということで却下された。
世の中が、相手の状況に配慮できれば、辛い思いをする人は少なくなる。
誰も、クレームなど受けたく無い。
どうして、そうなったのか。
本人の怠慢であれば仕方のないことだが、一生懸命に働き、失敗を申し訳ないと思う気持ちがあるのならば、寛容になるべきではないだろうか。
周りも、同じ失敗が起きないよう、手段を考えるべきではないだろうか。
その策を練らず、人の失敗を責めるのは、間違っていないだろうか。
共に働く従業員に問題がある場合も多い。
障害に関わらず、下と見る者をいじめる人間、最悪なのは、人を疑わない障害者に性的暴行を与える者もいる。
障害者施設以外で、安心して働ける場所はない。
障害者施設であっても、悪い人間は存在する。
障害者の作業所があるが、そこに最低賃金はなく、作業しても、お小遣い程度の賃金しか発生しない。
障害児を持つ親は、子供の将来に不安しかない。
相手に尊厳を持てる世の中であったら、子供の将来への不安は軽減されると思う。




