障害者と職場の孤独
障害者の就労支援施設では、生き生きとしている彼等も、就職をすれば、周りに障害者がおらず、障害の理解を得られず苦しむ。
聴覚障害者は、受け入れるためにバリアフリーにするなどの準備が必要がないため、他の障害者より就職がしやすい。
受け入れ時は、聞こえを補うための配慮があるが、スムーズに配慮をもらえるわけではない。
障害者と関わったことの無い人間に、どういうところが不便であるか、全てを把握することは難しい。
聴覚障害があると、言葉を発することが難しいということにさえ、気づかない人もいる。
障害者は、障害の理解をしてもらうところから始めなければならない。
やっと周りに障害を理解してもらえ、必要な配慮をいただける頃、人事移動などで、振り出しに戻る。
社内の伝達事項も、漏れることがある。
最初こそ、筆記で助けてくれる者もいるが、忙しいと疎かになる。
そこで、助けを求められるわけもない。
手を煩わせることになるからだ。
周りが楽しく話していても、その内容が分からず、1人、笑えないでいる。
楽しくみんなが話している中、筆記をお願いすることなどできない。
やがて、社内で1人で過ごすことが多くなる。
周りは、彼等の寂しさなど理解できているだろうか。
筆記などを『奉仕している。』と考えているだろう。
障害者に配慮は必要であるが、『してあげる』『してもらう』という関係は、障害者が下である。
共に仕事をするという状況は、そこにない。
障害に関わらず、誰しも弱い部分はあると思う。
私は、潔癖なところがあり、人が触れたものに触れたくない。
パソコン操作で迷った時、人に教えてもらっていながら、その人がマウスやキーボードに触れると消毒したい欲求にかられるが、あからさまに消毒をすることができず、辛い。
その性分を周りが理解してくれたら、どんなに楽だろうと思う。
あまり、プライベートを詮索されたくない人、飲み会が苦手な人、強い口調で注意を受けると落ち込みを引きずる人、気を回せない人。
各々の弱い部分をオープンにし、理解を得て、配慮し合い、働きやすい環境が作れたら、職場で孤独を感じることはなく、どんなに働きやすいことだろう。




