生きづらさを生み出すもの
携わった生活保護受給者で、最も多かった問題は、コミニュケーション能力である。
こだわりが、コミニュケーションを邪魔するものもあれば、職場での人間関係が元で対人恐怖症に陥った者もいる。
しかし、生活保護受給者の自立支援を行う側も専門家ではない。
産業カウンセラーの資格を持つ者もいたが、資格を取るための知識があるだけで、十分な経験があるわけではない。
生活保護受給者の中に潜む障害について、判断することはできない。
また、自立支援は公的機関の委託事業で、それで利を得ようとする事業者が行い、安く事業を行うため、必要で多面的な判断ができる専門家を配置することは難しい。
生活保護受給者を働かせることが目的であって、働かないことを怠慢とする前提があるからだと思う。
働けない要因をクリアにしない限り、受託事業者が利を得るだけの、ただのパフォーマンスの施策である。
公共事業を委託することで、どれほどの効果が上がっているのか、委託するのであれば、利を求めようとする事業者でなく、大学に委託し、大学が、多くの弱い立場の人と向き合い、どうするべきかを学生、さまざまな研究者と共に、最善を模索する方が、効果があるのではないかと思う。
営利目的の事業者に委託していては、本来の意味を成さないのではないか。
公的機関の委託事業には、そういったものが多く存在すると思う。
そして、仕事が続かない私も、自分では分からない、矯正が必要なものがあるのではないかと思う。
職場で、人を傷つける者にも、自分では気づかない何かがあって、自分の間違いに気づかない。
人の批判ばかりをする人がいた。
仲の良い人たちと昼休憩を済ませ、戻ってくると、その人たちの発言の批判を始める。
その裏表にうんざりして、
「聞きたくない。」
と、漏らすと、その人は激昂した。
自分では、人を批判しているつもりがなかったようで、私の受け取り方が悪いと思ったようだ。
後輩をいじめる人も、自分が注意されると、そのストレスが体調に出るほど傷つくが、自分が人にストレスを与えていることには鈍感である。
世の中のほとんどの人が、周りに問題があると思っているだろうが、自身が知らずに人の生きづらさを生み出していることに気づいていない。
何かしら、人々が持つ、こだわりを修正しなければ、生きづらさを持たない社会は存在しない。




