表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】捨てられたのがどちらか、すぐに教えてあげます  作者: 逆立ちハムスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/7

5

「はい、エレノア様」

バーナードが薄く笑う。その笑みには、完璧な執事の仮面の下にある、冷酷な嗜虐心が滲んでいた。

「王宮内は、現在『未曽有の奇病』の恐怖に包まれております。特に……エザリントン公爵令息、ジュリアン様の状態は悲惨を極めておりますな」


「あら、詳しく聞かせて頂戴」


「承知いたしました」


バーナードが影の鏡を空間に浮かび上がらせた。

そこには、王宮の豪奢な自室で、狂乱するジュリアンの姿が映し出されていた。


---


「姿見を割れ! 今すぐ鏡という鏡をこの部屋から撤去しろと言っているんだ!!」


ジュリアンの怒号が部屋に響き渡る。

だが、その声は以前のハリのある高貴なものではなく、まるで老人のようにカサカサに枯れ果てていた。


彼は召使いの手を振り払い、頭を抱えて床に転がっていた。

かつて人々を魅了したプラチナブロンドの美しい髪は、根元からボロボロと抜け落ち、ところどころ禿げ上がっている。

そして、何より恐ろしいのは――彼の皮膚だった。


「痒い……熱い、痒いんだ……!」


ジュリアンは狂ったように自分の顔や首を掻きむしっている。

彼の顔面には、赤黒い斑点と、膿の溜まった無数の「腫れ物」が敷き詰められていた。

それだけではない。彼が強く掻くたび、皮膚がボロリと剥がれ落ち、その下の肉から小さな「人間の歯」や「髪の毛の束」が顔を覗かせているのだ。


「ひっ……! 公爵令息様、お戯れを……!」

医師や召使い達は、あまりの気味悪さにジュリアンに近寄ることすらできず、部屋の隅で震え上がっている。


「クロエ……クロエはどこだ!? 彼女の『光の加護』があれば、私のこの病も治るはずだ! クロエを呼べ!!」


ジュリアンが血走った目で叫ぶ。

ちょうどその時、部屋の扉が開き、純白のドレスを着たクロエが入ってきた。


「ジュリアン様……! まあ、なんてお可哀想な……」


クロエは涙を浮かべ、ジュリアンに駆け寄る。

ジュリアンは「クロエ!」とすがりつき、彼女の細い腰に抱きついた。


「救ってくれ、クロエ! あの陰気なエレノアを追い払ってから、私の体はおかしくなる一方だ! お前の光で、私を浄化してくれ!」


「ええ、ええ……もちろんですわ、私の愛しいジュリアン様……」


クロエはジュリアンの背中を優しく撫でた。

しかし、その顔は――驚愕と怒りで激しく歪んでいた。


(なぜ……!? なぜこの男の生命力が、私の中に流れ込んでこないの!?)


クロエは心の中で激しく困惑していた。

彼女はジュリアンの皮膚の隙間から自分の「透明な触手」を差し込み、彼の魂と魔力を吸い上げようとしていた。

いつもなら、一口吸うだけで全身を満たすご馳走が手に入るはずだった。


だが、今のジュリアンから吸い上げられるのは――「腐敗した泥水」のような、汚濁した呪詛の味だけだった。


(違う! 私の力が……逆に吸い取られている!? この男の体を媒介にして、どこかの誰かが、私の蓄えた魔力を奪っているんだわ!!)


「きゃあああっ!?」


突然、クロエが悲鳴を上げてジュリアンを突き飛ばした。

彼女の美しい白い指先が、見る間に黒く壊死し、ポロポロと爪が剥がれ落ちていく。


「クロエ……? なぜ私を突放すんだ……?」

床に転がったジュリアンが、濁った目でクロエを見上げる。その顔の腫れ物が弾け、黄色い膿が垂れ落ちた。


「近寄らないで、この汚物!!」


クロエは思わず、いつもの可憐な口調を忘れて怒号を浴びせた。

周囲の召使い達が息をのむ。


「な……なんだと……? 今、なんと……」

「うるさい! この役立たず! 苗床の分せいで、私に害をなすなんて……!」


クロエは自身の腕に走る激痛に耐えかね、着物の裾を捲り上げた。

彼女の雪のように白い太ももには、いつの間にか「エレノア・ヴァレンタイン」の名を刻んだ紫色の呪印が浮き出ており、そこからどろりとした黒い血液が噴き出していた。


「エレノア……!? まさか、あの女が……北離宮で生きているというの……!?」


クロエの瞳から可憐さが消え、爬虫類のような縦長の瞳孔が露わになる。

彼女の背後の影が膨れ上がり、無数の人間の腕が天井に向かって伸びては、苦悶の悲鳴を上げた。


「あ……あ……」

ジュリアンは、目の前の「聖女」の化け物のような真の姿を見て、ついに腰を抜かした。

「化け物……クロエ……お前は……聖女などでは……」


「黙りなさい、ゴミ屑!」


クロエはジュリアンの胸を容赦なく踏みつけ、部屋を飛び出していった。

後に残されたのは、自分が愛した「聖女」に踏みにじられ、全身が腐敗していく恐怖の中で泣き叫ぶ、哀れな公爵令息だけであった。


---


「ふふふ……あはははは!」


北離宮の影の鏡の前で、私はお腹を抱えて笑い転げた。


「見たかしら、カイル様? あのジュリアンの情けない顔! 『汚物』呼ばわりされて踏みつけられるなんて、最高のお似合いのカップルだわ!」


「ああ、傑作だったね」

カイル様も口元を抑え、肩を揺らしている。

「ジュリアンはもうすぐ全身の肉が自壊して、死ぬこともできずに苦しみ続けるだろう。だが、これで終わりではないんだろう?」


「もちろんですわ」


私はティーカップをテーブルに置き、立ち上がった。

漆黒のドレスの裾が、揺らめく影とともに美しく広がっていく。


「クロエは追い詰められました。自分の力が削られ、正体が暴かれそうになっている。彼女が次に取る行動は一つしかありません」


「ほう?」


「数日後に控えた『神聖降臨祭』……王国の貴族たちが一堂に会するその大儀式で、彼女は会場にいるすべての貴族を一度に『捕食』し、強引に完全復活を遂げようとするはずです」


私の分析に、カイル様が満足そうに頷いた。

「なるほど。追いつめられた獣が、最後の賭けに出るというわけだね。……そして、君はその舞台を横取りする」


「ええ。王宮の腐敗した貴族たちと、偽りの聖女。そして、我が家を虐げてきたすべての者に、最高の『幕引き』を用意して差し上げます」


私はヴィンセント卿に向き直った。

「ヴィンセント卿。不死の騎士団に出陣の準備を。神聖降臨祭の夜、王宮のすべての出口を影で封鎖し、逃げ場をなくしなさい」


「ハッ! 我が女王レディの仰せのままに!」

ヴィンセント卿が深々と頭を下げ、影の中へと消えていく。


「そして、カイル様」

私はカイル様の胸元にそっと手を置き、彼のヘテロクロミアの瞳を覗き込んだ。


「私を、あの神聖降臨祭の夜会へと連れて行ってくださいますか? 『追放された忌み子の公爵』の、最高に美しく、最も恐ろしいパートナーとして」


カイル様は私の腰を抱き寄せ、唇が触れ合うほどの距離で優しく微笑んだ。


「喜んで、私の女王。君が王冠を戴くその瞬間を、一番特等席で見届けさせてもらうよ」


暗闇の中で、二つの悪意と、二つの孤独な魂が完全に重なり合った。


王宮の栄華が、ガラガラと音を立てて崩れ去るまで、あとわずか。

復讐の夜会へのカウントダウンが、今、静かに始まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ