守るために
蒼星は、助けた人の肩を支えながら、その場から少し離れた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「は、はい……今の、あなたが……?」
蒼星はうまく答えられず、ただ頷いた。
自分でも、何をしたのか完全には理解できていない。
でも一つだけ、確かなことがあった。
(……届く)
距離は関係ない。
“繋げばいい”。
その感覚が、はっきりと残っている。
――ドンッ!!
再び、遠くで衝撃音。
ビルの壁が崩れ、黒い影が跳ねるように動く。
さっきとは別の個体。
そして、その近くには――
「……人がいる」
蒼星の視線の先。逃げ遅れた数人が、瓦礫の陰で動けずにいた。
(どうする……)
助ける?逃げる?
頭の中で、いくつもの選択肢がぐるぐる回る。
(無理かもしれない)(さっきはたまたま)(失敗したら――)
その時。
「蒼星」
父の声が、背後から届いた。
振り向くと、父が真っ直ぐこちらを見ていた。
「今、来るぞ。あの個体――こっちに意識向ける」
蒼星の体が強張る。
「え……」
「時間はない。やるなら今だ」
父の言葉は、冷静だった。
でも、突き放すものじゃない。
“信じてる”声だった。
蒼星は、ぎゅっと拳を握る。
(……やるしかない)
ゆっくりと、手を前に出す。
空間が、裂ける。
一つ。目の前。
もう一つ――敵の“すぐ近く”。
今度は、はっきりとイメージする。
位置だけじゃない。
“中”を。
自分だけの空間。
広さも、重さも、時間も――全部、自分で決める場所。
「……動かないで」
小さく呟く。
異空間の中の“時間”を、遅くする。
ほんの少しだけ。
完全に止めるのは怖い。何が起きるか分からない。
でも――遅くするくらいなら。
次の瞬間。
異形の獣の動きが、わずかに鈍る。
「……いける」
蒼星の目が、揺れながらも定まる。
さらに、空間を“重く”する。
圧縮。
ぎゅっと、押し潰すように。
「……これで……!」
異空間の内側で、重力が歪む。
それはやがて――
細く、鋭い“棘”になる。
見えない槍のようなもの。
蒼星は、息を止めた。
(外したら……)
(人に当たるかもしれない)
怖い。
怖くて、手が震える。
その瞬間。
瓦礫の陰にいる子どもと、目が合った。
泣きそうな顔で、でも必死に耐えている。
その表情を見た瞬間――
迷いが、少しだけ消えた。
「……ごめん」
誰に向けたかも分からないまま、呟く。
そして――
「行って……!」
空間を、繋ぐ。
次の瞬間。
異空間の“棘”が、獣の真横の空間から、突き出した。
ズドッ!!
鈍い音。
獣の体が、大きく揺れる。
だが――
「……っ、浅い!」
完全には貫けていない。
獣の複数の目が、一斉に蒼星の方向を向いた。
「――!!」
殺意。
はっきりと分かる。
次の瞬間、地面を砕きながら一直線に突っ込んでくる。
蒼星の思考が止まりかける。
(来る――!!)
その時。
「今だ、下がれ!!」
父の声。
同時に、母が手を振る。
空中に生まれる水。
それが獣の目に直撃する
ドゴォッ!!
獣がうめき声を上げながら壁に激突する。
完全には止めきれない。でも、一瞬だけ足が止まる。
その“わずかな時間”。
蒼星は、反射的に空間を開いた。
自分の足元と、少し後ろ。
体が引き込まれるように移動する。
次の瞬間、元いた場所を爪が薙ぎ払った。
「はぁっ……はぁっ……」
呼吸が荒い。
手が震えて止まらない。
でも――
「……まだ、終わってない」
蒼星は顔を上げる。
獣は傷つきながらも、まだ動いている。
ゆっくりと、こちらを睨んでいる。
(さっきのじゃ足りない)
(もっと正確に……もっと強く……)
蒼星は、もう一度空間を開いた。
今度は――
“逃げるため”じゃない。
「……ちゃんと当てる」
小さく、でも確かな声。
弱いまま。
怖いまま。
それでも――
“守るために戦う”側に、足を踏み入れていた。




