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時還のシャーナ (じかんのシャーナ)  作者: 青葉 星


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3/15

眠らない朝


その夜、蒼星あおいたちはリビングで眠ることになった。

寝室に分かれるのは、なんとなく嫌だった。

同じ空間にいないと、何かが起きたときに間に合わない気がしたから。

ソファと床に布団を敷いて、三人で横になる。

電気は消したのに、部屋は暗くならなかった。

カーテンの隙間から差し込む光が、昼のように部屋を照らしている。

夜なのに、夜じゃない。

空はまるで、溶けた光を流し込まれたみたいに揺れていた。

緑と青と白が、ゆっくりと混ざり合いながら、絶えず形を変えている。

それはまるで——

“空そのものが呼吸している”みたいだった。

「……寝れる気がしないな」

父が小さく言う。

「寝ないと、もたないでしょ」

母が返す。

でもその声も、どこか落ち着かない。

蒼星は天井を見つめたまま、目を閉じる。

ミオのことが頭から離れない。

そして、あの感覚。

広がる空間。

自分の中にある、何か。

でも——

「……気のせいだよね」

小さく呟く。

あれは、きっと気のせいだ。

ニュースで言っていた“能力”なんて、自分には関係ない。

そう思い込もうとする。

そのとき。

ピンポーン、とインターフォンが鳴った。

三人とも同時に体を起こす。

「こんな時間に……?」

父が立ち上がり、玄関へ向かう。

ドア越しに声がする。

「自治体の者です。現在の状況を受けて、近隣の方に避難所への移動をお願いしています」

落ち着いた声だった。

でも、その奥に緊張が滲んでいる。

「安全が確認されるまで、集団での生活を——」

父は少し黙る。

その間が、やけに長く感じた。

「……いえ、大丈夫です」

はっきりとした声で答える。

「家族が、もう一人いるんです」

蒼星の方を一瞬だけ見る。

「まだ帰ってきていないので。ここで待ちます」

玄関の外で、わずかに空気が揺れる。

「……わかりました。何かあれば、すぐ連絡を」

足音が遠ざかっていく。

父はしばらくドアの前に立ったままだった。

「お兄ちゃん……」

蒼星がぽつりと呟く。

五歳上の兄、神代かみしろ なぎ

仕事で帰りが遅いことも多い。

でも——今日は、遅すぎる。

「きっと大丈夫だ」

父が言う。

それは、自分に言い聞かせるような声だった。

再び三人で横になる。

誰もすぐには眠れなかった。

それでも、いつの間にか意識は途切れていく。

目を開けたとき。

蒼星は、一瞬どこにいるのか分からなかった。

まぶしい。

カーテンの隙間から、強い光が差し込んでいる。

「……朝?」

体を起こす。

時計を見る。

八時。


カーテンを開ける。

外の空は、まだあの光に満ちていた。

夜と同じ、揺れる光。

なのにその奥に、太陽がある。

光が強すぎて、太陽がぼやけている。

まるで、

“太陽のほうが、後から来たみたいな空”。


「……なにかくる!」

父が後ろから叫ぶ。

そのときだった。

庭の小屋から小さな物音がした。

カサ、と何かが動く音。


次の瞬間。

バンッ!!

小屋に何かが、ぶつかる音がした。

「っ!!」

蒼星が思わず目を閉じる


父がゆっくりと息を吐く。

「……小屋の方に一瞬何か近づいてきたけど、また遠ざかったみたいだ」

母が呟く。

「お父さんなんでわかるの?」

父自身も、驚いた顔をしていた。

「いや……なんでだろうな。」

窓の外を見る。

何かがぶつかったせいなのか小屋の窓が割れている。


危険の“前触れ”。

「……来るのが、分かるのか」

父がぽつりと呟く。

まだ確信じゃない。

でも確かに、“何か”が見え始めていた。

「すごいじゃない……!」

母が少しだけ明るい声を出す。

そのとき。

コップの水が、ふわりと浮いた。

「え……?」

蒼星が目を見開く。

水が、ゆっくりと宙に浮かび、揺れる。

まるで、見えない手に持ち上げられているみたいに。

「ちょ、ちょっと……なにこれ……!」

母が慌てる。

その動きに合わせて、水も揺れて、ぽちゃんと戻る。

「……私?」

信じられない、という顔。

もう一度、そっと手を出す。

今度は少しだけ、水が持ち上がる。

「……出せるかも」

小さく呟く。

手を伸ばすと、細く水が流れ出た。

ほんの少しだけ。

でも確かに、“何もないところから”。

「……生活には困らないかもね」

母が苦笑する。

三人の間に、少しだけ空気が緩む。

でも——

テレビの音が、その空気を壊した。

『現在、世界各地で“能力の発現”が確認されています——』

『全人類が対象なのか、あるいは一部の人間のみなのか——』

『専門家の間でも意見が分かれており——』

『地球規模の異常事態との見方も——』

次々と流れる情報。

混乱。

不安。

憶測。

「……でもさ」

母が画面を見ながら言う。

「昨日みたいなの、いなくない?」

蒼星も気づいていた。

あの異形の生き物たち。

今は、どこにもいない。

まるで、最初から存在しなかったみたいに。

蒼星は、自分の手を見る。

何も起きない。

何も感じない。

昨日のあの感覚も、もうない。

「……私だけ」

ぽつりと呟く。

「何もないのかも」

父と母が心配そうに同時にこちらを見る。

でも蒼星は笑ってみせた。

「まあ、いいけどね」

軽く言ったつもりだった。

でもその言葉は、少しだけ重かった。

選ばれた人。

選ばれなかった人。

もしそれが本当なら——

自分は、後者だ。

そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ冷たくなった。

窓の外では、光がまだ揺れている。

世界は変わった。

でもその中で——

自分だけが、取り残されている気がした。

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