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時還のシャーナ (じかんのシャーナ)  作者: 青葉 星


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2/15

帰らないもの


玄関のドアを閉めた瞬間、蒼星あおいはその場に崩れ落ちそうになった。呼吸がうまくできない。心臓が早く、強く鳴り続けている。手が震えて、鍵を落としそうになる。

「蒼星!?」

リビングから母の声がして、すぐに駆け寄ってくる。顔を見た瞬間、表情が変わった。

「どうしたの、その顔……って、なにそれ!」

頬についた血に気づき、母は息を呑む。次の瞬間には蒼星の肩を掴んでいた。

「怪我してない!?どこ!?噛まれてない!?」

「ち、違う……私のじゃない……」

声が震える。うまく言葉が出ない。

「外で……犬なのかな。変な怪物が……人を……」

それ以上、続けられなかった。

父もすぐに玄関まで来て、蒼星の様子を確認する。腕、首、足元。怪我がないかを一つ一つ確かめる。

「……傷はないな」

その一言に、母が大きく息を吐いた。

「よかった……本当に……よかった……」

そのまま、強く抱きしめられる。さっきまで感じていた恐怖が、少しだけほどけた。

「外は危険だ。しばらく出るな」

父はそう言って、すぐにテレビをつける。

画面にはすでにニュースが流れていた。

『現在、各地で動物による襲撃が確認されており——』

映像には、逃げる人々と、混乱する街。警察の声、誰かの悲鳴。

蒼星はソファに座ったまま、ぼんやりと画面を見ていた。でも、頭の中にあるのは別のことだった。

「……ミオ」

小さく名前を呼ぶ。

「まだ帰ってないの」

母が不安そうに言う。


いつもなら、もう帰ってきている時間だった。窓を軽く叩いて、何事もなかったみたいに入ってくるはずなのに。

今日は、静かすぎる。

「大丈夫よ……きっと、どこかに隠れてるだけ」

そう言いながらも、母の声には少しだけ揺れがあった。

テレビの映像が切り替わる。

『上空の発光現象は現在も続いており——』

映し出される空は、まだ明るい。昼なのに、どこかおかしい光。

父が小さく呟く。

「……外、静かすぎるな」

その言葉通りだった。さっきまでの騒ぎが嘘みたいに、外は不気味なくらい静かだ。

まるで、何かが息を潜めているみたいに。

そのとき、ぐにゃりと視界が揺れた。

蒼星は顔を上げる。テーブルの上のコップが、ほんの一瞬だけズレた気がした。

いや——違う。

「……今の……」

時間が、ずれた。

ゆっくりと手を伸ばす。何もないはずの空間に触れると、水面のように揺れた。

そこに“何か”がある。

昨日見た、あの広がる空間の感覚。

「……やっぱり」

無意識に呟く。

「蒼星?どうかした?」

母の声に、はっとして手を引っ込める。

「……なんでもない」

そう答えながら、胸の奥がざわついていた。

世界が変わった。

でもそれ以上に——自分も変わってしまった。

夜になってもニュースは止まらなかった。

『能力に目覚めた可能性——』『火を出したという証言も——』

母は苦笑いを浮かべる。

「映画みたいな話ね……」

誰も否定できなかった。

窓の外を見ると、空はまだ淡く光っている。その光は優しいのに、確実に何かを壊していた。

「……ミオ」

もう一度、名前を呼ぶ。

返事はない。

静かな夜だった。

でもその静けさは、もう以前のものとは違っていた。

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