第63話、マーメイドの宿
ナツシオ祭りに沸く港湾都市カミバル。俺とアクアは屋台を食べ歩いて、道化師の出し物や海を模したナツシオの踊りなどを堪能した。
年に一回の祭りというのは、俺からしてもかなりレアなことで、珍しい光景や味に感嘆しきりだった。放浪していると、こういうタイミングで祭りに遭遇するとラッキーだとありがたく感じるものだ。
その日は町の宿は――商人や祭りのために旅をしてきた人たちで一杯。……これは、冒険者ギルドに行くところかな?
かくゆう冒険者ギルドは、町や集落を跨いでクエストを果たした冒険者の緊急避難的な宿泊施設を確保している。大抵は町の外からきたばかりの新人が当面の家として使う合宿所のようなものなのだが、冒険者であれば誰でも利用できる。
「知り合いがいるので頼んでみましょうか?」
アクアが提案した。知り合い?
「陸に上がっているマーメイド用の、というべきでしょうか。人に化けてカミバルに住んでいる方がいるんですよ」
へぇ、なるほどね。陸に出たマーメイドたちのための避難所みたいな感じなのね。本来、海に住んでいるマーメイドからしたら、陸地は特別な方法がないといけない場所だから、そういうサポートはあって当然かもしれないな。
「でもそうなると、俺は人間だからお邪魔じゃないかな?」
マーメイド用の場所だろ、と言えば、アクアは首を横に振った。
「いえいえ、どのみちマーメイドの海中都市に行く場合は、そこに行かないといけないので、ちょうどいいんですよ。……特に人間の場合は」
「そういうことなら、お邪魔しよう」
海の底にあるマーメイドの町に行くのに必須というのであれば仕方がない。むしろ手間が省けるというものだ。遠慮せずにお邪魔しよう。
・ ・ ・
その建物は町はずれの船着場にあった。祭りの中央から離れていて、しかも夜も近いだけあって周りに人の気配はほとんどなかった。
「……アクアマリン」
建物にかろうじて看板とわかるものがあって、そこに書かれていた言葉に、アクアははにかんだ。
「わたしと同じ名前です」
偶然なんだろうが、まあアクアマリン自体、宝石の名前だし、そういうこともあるのだろう。看板や建物を見る限り、どういう建物かわからないが。
「お邪魔しまーす」
アクアが扉を引いて、中に入った。
「おや、これは久しぶりだねぇ。アクアマリンちゃん」
長い赤髪の女性がいた。三十代半ばという雰囲気で、港町に住む人の割に肌はあまり焼けている様子はない。
「アクアでいいですって、ナジェさん!」
可愛く非難するアクア。ナジェと呼ばれた女性は快活だった。
「えー、いい名前じゃんか、アクアマリン。ここの名前もそれにあやかっているんだから」
「だから恥ずかしいんじゃないですか!」
そういうものだろうか。後ろで聞いていた俺としては、よくわからんな。たとえば『ウィロビー』の名前の店があったとして……うん、特に何の感情も浮かばんな。名前が同じー、くらいか。
「ここに来たということは里帰りかね。……と、後ろの人は――」
「ウィロビーさんです。覚えていらっしゃいますか?」
アクアが元気よく尋ねれば、ナジェさんは――
「あー、ウィロビー。そうそう、ウィロビーだ。久しぶり!」
「お、お久しぶり……です?」
すまない。俺はこの方のことをおぼえていない。元気がよい方なので、つい挨拶を返してしまったけど、オレのことをどうも知っているようで。
「まさか、ここで会うとは思ってなかったね。アタシのことはおぼえていないかい?」
俺が自信なさげな返事をしたから、突っ込まれてしまった。
「申し訳ない。色々忘れてしまっていて、マーメイドとの交流のことを全部おぼえていないんですよ」
「おやまあ」
「ウィロビーさん、記憶がないんです」
アクアがナジェさんにそう告げた。人の口から、そうはっきり記憶喪失って言われたことがなかったから、ちょっとへこむ。まあ自分で認めていないだけで、実質そうなんだけどね。……そろそろ認めるべきかもしれないな。
「それで記憶が戻るかもしれないということで、ウィロビーさんも海中都市に連れていきたいんですけど」
「りょーかい。じゃあ、そのように手続きしておくよ。明日、船を出すから今夜は――泊まるところはあるかい?」
「まさか祭りと被るとは思っていなくて」
「だろうね。じゃ、奥の部屋を使いな。ウィロビーさんも、部屋はあるんで、そちらで休んでくださいな」
「お世話になります」
いい人だ。……いや人の姿をしているけど、この人もマーメイドなんだろうな、きっと。
「ところでアクアちゃん、気になってるんだけど……」
ナジェさんは、じっとアクアを見つめた。
「もしかして、探し物、見つかったり?」
「はいっ! しっかり、継承してきました!」
アクアが元気に報告すると、ナジェさんは大喜びだった。
「そうかい! 水の聖女が帰ってきたんだね! おめでとう、そしてお疲れさま!」
・ ・ ・
ということでアクアマリンで一泊。個室で休むことができたが、マーメイド用の変わった設備があるわけでもなく、普通に人間用の部屋だった。……部屋の半分がプールだったとしても驚かなかったけどね。
ともあれ、ベッドで寝られるというのはいいものだ。隊商の馬車とか、まともな寝床がなかったからな。疲れが抜けるなー。
翌日、朝ご飯の後、大型ボートに乗り込み海に出た。




