2-9 友人
「ヤバいねこの濃さ……中和薬無いと即死な気がする……」
「そうだな……」
「900年前の瘴気が清々しいほど薄く感じるね」
「まぁ……それでも中和薬も解毒薬もなくて結局死ぬしかなかったのを考えると、文明の進歩って凄いよな」
紅くて濃い霧の中を進む。
ゼライアカンパニーの敷地の中。
休日だったからか人は少ないものの、ポツポツと倒れている人がいる。
確認はしたものの、どの人も喀血していて、魔力も枯渇した状態で亡くなっていた。
肌が赤黒く変色し始めている。
『……あの死体と一緒ね』
ブランディーヌ様が険しい顔で呟いた。
それを聞いたタナトスさんが紅い煙が立ち上がる白い建物を指差す。
『煙が上がっているあの建物の辺りには、似たような死体が転がっていた。濃縮した瘴気をうまく取り扱えずに瘴気中毒になった死体なんだろうね』
『転がってるって……誰も気にしないの?』
『あの白い塔の向こうに作業員の居住区があった。多分ワケアリの者達だ。瘴気中毒で死ぬのは日常茶飯事のようだったよ。みんな、外にいる誰かに送金したりしてるみたいだった。死んでも高い金が出るって』
『………だから、死体の身元が分からなかったのね』
『……そうだと思う。みんな全身を覆う白い服を着ていたよ。瘴気から身体を守る防護服だと言っていた。ただ、医務室に運ばれてきた赤目の奴も白い服だったから……完璧な防御はできなかったんだろうな。解毒薬も粗末なものを使っているようだった。副作用も強いらしく、3本飲んで駄目なら、死ぬしかないと』
ちらりと目を横に向けると、顔まで覆われた全身白い服の人が倒れていた。
同じように亡くなっているところを見ると、着方がまずかったのか、この瘴気の濃度に耐えられなかったのだろうか。
それとも、薬の副作用なのか。
ふと空気が動いたような気配がして上を見上げる。
「さっきと同じ羽が生えた魔族!結界を狙ってる!」
3体いる……と言おうとした時にはもう、リューカス殿下が宙に飛び上がっていた。
2体はあっという間に粉微塵に切り裂かれ、残る1体はルヴァイの魔導具から出た弾で貫かれて煙のようになって消えた。
『ごめん、核の位置が分からなかったから細切れにしちゃったけど、ちゃんと倒せたかな?』
ふわりと戻ってきたリューカス殿下はニコニコしているが目が笑ってない。
あれか、奥様が結界の外にいるからか。
逆鱗に触れないようにコクコク頷く。
『バ、バッチリ核も何もかも粉微塵になりました』
『それはよかった』
ホッと胸をなでおろす。
何という規格外。
絶対に怒らせないようにしよう。
プルプルしている横で、ルヴァイがふぅと息を吐き出した。
『多分、魔界との境目を開けた知能の高い魔族は、もう出てきている』
『戦い方は?』
目を爛々とさせたブランディーヌ様が、ルヴァイに問いかけた。
想像以上の迫力にゾワッとする。
この気合の入りようは何だろう。
ビビる私を尻目にルヴァイは変わらない調子で淡々と答えた。
『さっきの羽の生えた魔族と同じだ。核を破壊すれば煙になって消える。見たことのないタイプの魔族であればエリィが核の位置を分析するから、後は俺たちでそれを破壊すればいい。ただ、魔族に触れられると魔力を吸われるから接近戦は気をつけて』
『………魔力はどのぐらい吸われますか?』
今度は魔力の塊のようなリューカス殿下が問いかけた。
常人離れした魔力の持ち主であってもやっぱり気になるのだろうか。
『俺なら30秒触れられたら、魔力はスッカラカンだな』
『…………』
ルヴァイだって普通の人よりはかなり魔力量は多い方なはずなんだけど。
それでも30秒ぐらいしか持たないなんて……
私は瞬殺だと思ってゾッとする。
一方のリューカス殿下が少し何かを考えるように宙を見た。
まさか余裕だったりして……
ブランディーヌ様はシャランと金属音を鳴らして長剣を鞘から抜いた。
そしてブン、と剣を投げる。
少し離れた物陰で、隠れていたらしい魔族がブシュウと黒い煙になって消えた。
ブランディーヌ様はにこやかに笑った。
『魔族はどんな攻撃をしてくるの?』
いやあんた今倒したよね?と笑顔が引きつる。
と思ったら、ルヴァイも宙に向かってパン!と弾を発射した。
倉庫の上にいたらしい羽の生えた魔族が、またブシュウと黒い煙になって消える。
『魔族の攻撃方法は、正直その魔族による。今の羽の生えた下級魔族は原始的な殴る蹴るに火の玉ぐらいだろうけど、この世界との境目を開けるほどの知能を持っている奴は、正直手こずると思う。かなり強い魔術師だと思ったらいい』
『境目を閉じる方法は?』
やれやれとナイフの血を飛ばすタナトス様が戻ってきて問いかけた。
この人さっきまでそこにいたのに、どこから帰ってきたんだろう。
そしてその血は何。
『境目を開けたやつが外に出てきているなら、そいつを倒すしかない』
『……せめて濃縮された瘴気の煙だけでも、出てくるのを止められたりしないですかね。元はどこかに閉じ込められてたんだし。』
リューカス殿下は濛々と立ち上る紅い煙を見上げた。
そして何か魔術を放つ。
遠い空中でブシュウと黒い煙が何個か立ち上がった。
あれも魔族か。
一瞬だな。
怖いこの人たち。
ぷるぷるしながら私もルヴァイの答えを待つ。
『………恐らくこれまで貯めに貯めてきた瘴気が一気に漏れ出してるんだろう。ダクトを閉めたりできるならやった方がいいかもね。流石にこれ以上濃くなると中和薬の効果も心配だ』
『分かった。ダクトがあるとしたら、ありそうな位置は大体予想がつくから、俺が閉めてくる』
タナトスさんがまたどこかにナイフを投げながら答えた。
ルヴァイもどこかに向かってパンパンッと弾を打つ。
『恐らくダクトの近くに境目がある。境目を開けた奴は境目を守っているはずだから………残念ながらみんなでこの建物の中に突入だな』
半壊した白い建物。
その中は今まで通ってきた場所よりも濃く紅い霧が充満している。
『俺とリューカスとエリィは境目を開けた魔族を探す。タナトスとブランディーヌは、高濃度の紅い煙を止められないか、発生源を見てくる。それでいい?流石にあの高濃度の紅い煙に突入するのは不味い気がするから、閉じられなさそうだったら無理しないで』
ルヴァイがガチャリと魔導具の筒の中に弾を入れた。
『行こう』
ジャリ、という音を建てて、半壊した建物の中に入る。
濃い霧で薄暗くなっている建物の中は、爆発の衝撃で棚が倒れガラスが割れて散乱していた。
壊れて外れかけたドアが、ギイと音を立てて揺れる。
ごくりと唾を飲み込んだ瞬間、10体ぐらいの魔族が一気に遅いかかってきた。
さっきとは違う至近距離。
赤い鱗の魔族の身体が迫る。
長い爪に、風を切り裂くような音。
これは……
ついに!!
ついに私のメス投げを披露する時!!!
……と思ったけど、やっぱりもう決着がついていた。
リューカス殿下はまた魔族を粉微塵にしてるし、ブランディーヌ様は二本の長剣でグサリ、タナトス様は踏みつけた魔族からナイフを抜いているし、ルヴァイはもう新しい弾を込めていた。
10体もいた魔族たちはあっという間に黒い煙になって消えてしまった。
取り出しかけたメスをそっとしまう。
「……私必要だった?」
「何言ってる。まだ雑魚なだけだ。魔族の長の核の位置の割り出しは必須だろ」
「そうだった……よし、精密に割り出すわ!」
一応まだ役割があって良かった。
そうしてやって来る魔族を次から次へと順調に蹴散らして進んでいく。
残念ながら私は一緒に進んでるだけだ。
むなしい。
まぁ、順調なのはいいことだ。
だいぶ建物の中心部に近づいてきた。
徐々に紅い霧が濃くなる。
『……流石にこれ以上濃くなるのは不味そうだな』
タナトスさんが辺りを見渡しながら呟く。
『塔内部の柱の地下に瘴気吹出口があるらしかった。そこが一番瘴気が濃いらしい。段々瘴気が濃くなってきたし、地下への階段はここまで無かったから……多分この先にその柱と地下への階段か何かがあるんだと思う』
『……恐らくここ、だな』
風が内向きに吹き出す小部屋を挟んだ二重扉だった。
恐らく瘴気が外に出るのを防ぐための二重扉だったのだろう。
外側の扉は、もう壊れているが。
覚悟を決めて、扉を開ける。
その先は広い機械室だった。
何かの爆発の衝撃のせいか天井は無くなり、紅く煙る空が見えていた。
あちこちのダクトや機械が壊れ、ぶら下がったり崩れ落ちたりしている。
部屋の中心には大きな木の幹が3本連なったような機械の柱があり、壊れたダクトや本体から、濛々と紅い煙が立ち昇っていた。
『……ここで濃縮していたのか』
『じゃあ、魔界との境目はこの下?』
『探して―――』
タナトスさんが別行動を提案しようとした時だった。
パチン!と私の背後で音がした。
続いてキィンと音が鳴り、またパチンと音がする。
『なんだぁお前、魔族の転移魔法にすぐ反応するとかおかしいだろぉ?』
紅い鱗に覆われた魔族の男が、煙が吹き出す機械の側でベロリと手の傷を舐めた。
傷がみるみるうちに塞がる。
私の後ろから前に進み出たルヴァイが、ヒュっと短剣を薙ぎ払って魔族の血を飛ばした。
魔族が私の背後から攻撃してきたのをルヴァイが防いだのだとわかってゾッとする。
『大体瘴気のなかでも平気とかぁ、ニンゲン強くなり過ぎじゃねぇ?』
『ならさっさと魔界へ帰れ』
『嫌だね。やっと境界が開いたんだ。滅多に無い幸運だぜぇ?ちょっとは遊ばせてくれー―』
ガンガンガン!と大きな氷の刃が魔族の頭に降り注いだ。
パチンと近くに転移した魔族がビックリした顔をしている。
『人の話は最後まで聞けぇ!』
『さっさと死ね』
リューカス殿下が魔術を滅多打ちしている。
怖い怖い。
ついでに紅い煙がまた別の場所から吹き出した。
やり過ぎじゃないか。
と、辺を見回したらタナトス様とブランディーヌ様がいない。
なるほど……陽動か。
そういうことにしよう。
リューカス殿下が派手な動きをしているうちに私はやるべきことをしないと。
魔族がリューカス殿下に気を取られている間に、核の位置を解析する。
「え……?」
その結果に思わず驚きの声を上げた。
嘘だ、そんな、まさか。
どうすべきか、急いで思考を巡らす。
「どうしたエリィ」
『か、核が……2つ!?』
私の震える声が魔族の耳に届いたのか、魔族は嬉しそうにニヤリと笑った。
『へぇ、俺の核の位置調べたの。やるじゃんニンゲン。そう、俺には核が2つあるんだ』
『左胸中央と、下腹部右に一つずつ……そ、そんな事って……!?』
『クックック………特殊体質でな。たまにいるんだよ、核が2つの魔族がね』
『っ、大丈夫、一つずつ壊して……』
『悪いが片方壊れても、もう片方があれぱ核は勝手に修復するんだ』
『そ、そんな!!一気に壊さないといけないなんて……!!それか……片方が修復仕切らないうちに、もう片方を壊せば……!?』
絶望した顔をする。
……バレただろうか。
魔族は愉悦に歪んだ顔で嗤った。
『まぁ片方修復中にもう片方を壊されれば確かに俺は死ぬな。まぁ、そんなことができればだがなぁ!!』
ちらりとルヴァイを見ると、面白そうな顔でニヤリと笑っていた。
リューカス殿下も頷いてくれた。
そう、これで分かった。
倒し方はこうだ。
両方をいっぺんに破壊、もしくは間髪入れずに両方破壊すればいい。
『……なんだ、お前ら……?』
納得し合った私達を見て、魔族は呆けた顔をしていた。
『ふふ、ごめんなさいね。私、貴方が思うような善人じゃないの』
意気揚々とメスを取り出し、腰に手を当てる。
『なんたって立派な悪女ですからね!!』
そしてシュッとメスを投げる。
残念ながら、パチンと転移されて躱されてしまった。
『そんなへなちょこ当たる、か……!?』
リューカス殿下が魔族の背後から、むんずと腕を掴んだ。
そして何か魔術を発動する。
『悪いが転移は封じさせてもらう』
魔族は愉快で仕方がないというように、ニヤリと笑った。
『は、お前バカだな。転移ができなくても、すぐお前の魔力を吸い付くして殺してやるよ』
そうして魔力を吸い始めた魔族が、怪訝な顔をした。
『……やってみろよ』
リューカス殿下は余裕の表情で笑う。
『俺の化け物レベルの魔力量、どのぐらいで吸い付くせるかな?』
『っな、に……!?なんだこの魔力量!お前本当にニンゲンか!?』
『傷付くこと言わないでくれるか』
ギリ、と逃げ出そうとする魔族は、はっとルヴァイの様子に気が付いた。
ルヴァイは魔導具を構えた。
パンパン!と2発弾が飛び出し、その弾は魔族を貫いた。
『ガッ……き、さまぁぁぁ!!』
2つの核が同時に破壊され、魔族の身体が崩壊し始める。
『……呪ってやる、お前らは、永遠に……!』
『無駄だ』
ルヴァイは手元で何か魔術式を展開した。
魔族の身体が紅から金色に変わって光り、サラサラと砂のように消えていく。
『お前の古代魔法は封じた』
『ば……かな…………』
『その弾は瘴気の解毒薬入りだ。瘴気が力を生み出すのを阻害する。そのまま古代魔法は封じた。大人しく消えてくれ』
『ニンゲンが……なぜ、古代魔法を………封じる術を………』
『……あの世で、900年前に境界を開けた魔族に聞くんだな』
目を見開いた魔族は、そのままサラリと金の砂となって消えた。
しん、とした部屋の中で、シュウシュウという煙が吹き出す音だけが響く。
『………瘴気は?』
辺りを見回す。
相変わらず、柱の上部からは濛々と紅い煙が立ち昇っている。
『……………?瘴気が、消えない!?』
嘘だ、そんなはずはない。
遠い記憶と合わせて考える。
やっぱり、おかしい。
境目を開けた魔族が消えると同時に、瘴気も消えるはず………
『……さっきのやつ、やっと境界が開いた、幸運だって言っていたか』
ルヴァイがぽつりと呟いた。
『っまさか境界を開けたのは別の魔族!?』
『…………いや』
ルヴァイは少し思案すると、私をちらりと見た。
『魔界との境界は、その境界を開いた者の命を糧にしてこの世界と魔界を繋げる。だから、境界を開いた者は境界の近くから離れられず、境界を守る』
『えぇ、だから……今の魔族を倒したから、その魔族が開けた境界は閉じるはず……』
そこでハッとした。
境界を開けたのが今の魔族では無かったとすると?
記憶をたどる。
境界が開いた、幸運だ……と言っていた。
魔族の視点になってその言葉を反芻する。
魔界にいた魔族の視点になると、この世界との境界が、勝手に開いたような、そんな言い方だったような気がする。
『っまさか、境界を開いたのは……この世界の人間!?』
『………俺も同じ結論だ』
ルヴァイが地下に続く階段に視線を向かわせる。
薄暗い階段には、濃く紅い霧が立ち込めている。
『……エリィ、中和薬の作用は後どれぐらいで切れる?』
『……20分ぐらいかな』
この先の濃い紅い霧の中へ突入するのは、明らかに危険だ。
ルヴァイはちらりとリューカス殿下を見た。
『リューカスは戻ったほうがいい。帰れなくなるかもしれない』
リューカス殿下は目をパチパチさせると、ふわりと笑った。
『行きますよ。どのみち瘴気を止めないと、この世は終わりだ』
そうしてスタスタと階段へ進む。
『ルヴァイ様、前言いましたよね。俺たちは呪われた経験のある数少ない友人だって』
そして振り返るとにこりと笑った。
『さっさと終わらせましょう。妻が結界の上で精霊術を使いすぎてヘロヘロになってそうで焦ってるんです。子どもたちのところへも瘴気は行かせない。タナトスも親になることがわかっためでたい日だし……それに900歳の友人には、呪いが解けた今こそ幸せな人生を過ごしてほしいんです。だから、急ぎましょう』
『………不意打ちで泣かせようとするのやめてくれないか。歳をとると涙腺が緩むって知らない?』
『うーん、まだ20代だから分かりませんね』
リューカス殿下は優しい顔でクスクスと笑った。
『さ、行きましょう』
そうして私達は、紅く煙る薄暗い階段の下へ駆け下りて行った。
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とても嬉しいです!
待てない作者の連続投稿により、あっという間に第二章も佳境に入って参りました!!
「リューやっぱり友達思い!」「ルヴァイ様涙腺ゆるいおじいちゃんウケるw」と思ってくれた男の友情に注目した方も、
「エリィ大根役者かよ!」とツッコミ入れた方も、
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