2-8 結束
濛々と立ち上がる紅い煙。
穏やかな港町とは対象的な異様な光景が、余計にその異常事態を際立たせる。
「なに、この濃さ……もう少し薄い霧のようなのが瘴気じゃなかった?」
遠い記憶とあまりに違う様子に唖然として呟く。
ルヴァイも厳しい顔つきで窓の外を睨んだ。
「恐らく、濃縮された瘴気だ」
「濃縮!?」
「魔力タンクを製造するのなら霧状態より濃縮したほうが効率的だ。通常の空気の濃度を減らすぐらいなら大した技術力は必要ない」
『あれ、何!?』
メラフィーヌ様が指差したその先。
紅い煙の上を、羽の生えた、瘴気に染まったような紅い姿の人のような生き物が飛んでいる。
『……あれは、下級の魔族だ』
『下級魔族……!?』
『瘴気のある場所でなければ魔族は生きられない。だからここはまだ大丈夫だが……時間の問題だ。ミリアル、中和薬を準備。リューカス、さっき相談した魔術、いけそう?』
『すぐやります。ルディ、瘴気中和薬を飲んで。リッキー呼べる?』
『わかった!』
ミーちゃんが配った中和薬をリューカス殿下と奥様が一気に飲み干す。
すごい、ためらわない。
奥様のルディアさんは、間髪入れず、テラスの窓を大きく開け放った。
『リッキー!』
不思議と頭に響く声が空気に溶ける。
突然、輝くような羽の生えた白馬が現れた。
「っ精霊、獣……!」
それはリューカス殿下と奥様を背中に乗せると、あっという間に飛び立った。
そしてすごい速さでゼライアカンパニーへ向かう。
始めて見た精霊獣と二人の息のあった動きに見とれて、そのまま視線を二人の行く先に走らせた。
下級魔族だという紅い身体に羽の生えた魔族が、バサリと羽を羽ばたかせて方向転換をしたところだった。
「さっきの魔族が二人の方向に向かってるよ!?」
「大丈夫」
ルヴァイが長い筒のようなものを組み立てて、中に鋭い矢じりのような弾を入れ、構えた。
「……エリィ、核の位置分析できる?」
「分析はできるけど、ここから狙うの!?」
「狙う」
魔術で視野を強化しているようだけど、本当にこんなところから当たるんだろうか。
半信半疑で分析の魔術を発動する。
「………核は腹部中心、足の付け根から約30センチの位置」
「了解」
そう言うと、ルヴァイは何かの魔術式を発動させた。
筒の周りに細かい術式がグルグル回る。
そして、キィン!という聞き慣れない音を出して弾を飛ばした。
一瞬の間が空いた後、羽の生えた魔族はグラリと落下し、途中でじゅわりと煙のように消えた。
「っすごい、本当に当たった!」
「見直した?」
「見直した……ビックリした!」
ルヴァイはニヤリと笑いながら筒を分解して小さくした。
「………これからあそこに突入する。エリィはどうする?」
「一緒に行くに決まってるでしょ。何の為にみんなで開発した特別仕様のメスを持ってきたと思ってるのよ。それに、その技術を応用した小道具も作ってくれたでしょ?せっかくだから、それも試してもらわないと」
私もニヤリと笑った。
「さぁ、行きましょう!さっさと瘴気を止めてアナクラシアの料理とお酒を堪能するのよ!!」
「いいね、頑張った後の楽しみができた」
ルヴァイは目を細めて優しく笑うと、ベルトにガチャリと小さくなった魔道具の筒を差し込んだ。
そう、やっぱり頑張ったあとにはご褒美がないと。
少し気分が前向きになったところに、ずっと赤茶の髪の毛が視界に映った。
『私も行きましょう。ルヴァイ様、魔族の倒し方教えてもらえますか?』
ブランディーヌ様が赤茶の髪を翻し、長剣を二本腰に挿しながら進み出た。
その姿は堂々としていて、美しい女戦士のようだった。
『もちろんだ。アナクラシアの伝統剣術を見れそうで嬉しいよ』
『ふふ、腕がなりますわ』
堂々とした姿のブランディーヌ様は、優雅なのに格好いい。
そんな姿を見たガルバディス卿は、やれやれと首を振った。
『誰に似たんだか……お前はカルバディス家らしからぬ苛烈な性格だな。まぁ、今回は十分に役立てて来い。ブランディーヌ、当主としてこの地を守る働き、期待しているぞ』
柔らかく笑うカルバディス卿は、先代の貫禄と優しさをにじませていた。
『俺も行く』
『っタナトスさん!?』
その様子を見ながら流れるように立ち上がったタナトス様を見て、メラフィーヌ様が驚愕の表情となった。
『魔力もだいぶ回復してきたし、あの建物の中で気になる所がある。それにゼライアカンパニーの中を見てきた俺がいたほうが早いだろ』
『っでも、さっき死にかけたばっかりじゃない!』
メラフィーヌ様が泣きそうな顔でタナトス様の服をぎゅっと掴む。
タナトス様は困ったように笑って、メラフィーヌ様を撫でながら私達を見た。
『………今の俺の体で瘴気の中和薬は飲めませんか?』
『中和薬自体は問題ありませんが……胃と肺が痛みませんか?』
ミーちゃんが心配そうにタナトス様の様子を伺う。
サミュエルがすっとタナトス様に手をかざした。
『止めても行くでしょう。痛み止めと患部の保護を強化しました。……数時間でまた辛くなるはずです。無理はし過ぎないように』
『ありがとうございます』
その時、ヒィン!という精霊獣の嘶きと共に、リューカス殿下と奥様がテラスに戻ってきた。
『成功です。今のところ瘴気は結界の中です』
見るとゼライアカンパニーの周辺が半透明の円形に囲われていて、その中だけが紅く霞んでいた。
『あんな大きい結界って作れるんですか!?』
『……リューの魔力は規格外ですから』
ビックリする私に、奥様が少し苦笑いしながら答えてくれた。
リューカス殿下は紙に何かサラサラと書き出した。
『結界の内側に沿って風を流して、結界に直に瘴気が触れないようになっています。これで周辺の被害はある程度抑えられましたが、魔族が結界と風の膜に穴を開けないかは心配です。それから、どんどん結界内の瘴気が濃くなっていきますが………あの中に乗り込むとして、中和薬で耐えられるでしょうか』
『濃度によりますが………あの濃さだと3時間ぐらいだと思います。時間経過より反応した瘴気量によるので、曝された瘴気量次第です。追加投与は薬の特性上、先に飲んだ薬と反応してしまって副作用が強くて卒倒しますし、後遺症が残る危険性が高いので不可です』
ミーちゃんが難しい顔で答えた。
『3時間か……』
タナトスさんが厳しい顔をしながら瘴気が煙るゼライアカンパニーを眺める。
『あれに3時間でも耐えられるなら、ありがたいと思わなきゃかな』
ルヴァイが中和薬を受け取る。
ブランディーヌ様もタナトス様も受け取り、チャプンとその液体を眺め、ぐいっと飲み干した。
『じゃあ行こうか。さっさと終わらせよう』
向かうのは、ルヴァイと私、タナトス様、リューカス殿下、ブランディーヌ様の5人で確定した。
『……タナトスさん………』
メラフィーヌ様が心配そうな顔でタナトス様の服を掴んでいる。
それはそうだ、さっき倒れていた人なんだもの。
タナトス様は優しく笑ってメラフィーヌ様の頭を撫でた。
『大丈夫、メラフィーヌとお腹の子を残して死んだりしないって』
『……でも』
『ここで黙って見てる方が危ないでしょ』
そしてぽんぽんと頭を叩いた。
『メラフィーヌはちゃんと俺たちの子供のこと守ってて』
『っはい!』
ぎゅっと抱き合う二人に目のやり場に困る。
さすがサラディーニ人、情熱的だな。
ほのかに赤くなっていると、ルヴァイが私を覗き込んでニヤリと笑った。
「俺たちもやる?」
「一緒に行くんでしょうよ!!」
「そうだった」
クックと笑うルヴァイに、頭をモシャモシャ撫でられる。
そんな私の横を、暗めの赤毛の女の子がタタッと走り抜けていった。
『パパぁー!!』
『あれ、リディお留守番してくれる約束じゃなかった?』
『パパとママのお見送りだよ!』
『え?ママも?』
ルディア様はうふふと笑いながらカバンを背負っていた。
『リッキーで旋回して結界に穴が空かないか警戒しておくね。リューが早く帰って来ないと血が足りなくなって落っこちちゃうかも!』
『……一瞬で終わらせてくる』
リューカス殿下が一瞬凄みのある顔をした気がする。
……この人優しいだけじゃないかも。
カルバディス卿もカラカラと車椅子を押して進み出た。
『結界の補強やザコの相手ぐらいは儂でもできるじゃろう。君等は中の事を頼んだ』
『終わった後の瘴気中毒は任せておけ』
サミュエルがメガネをクイッと上げた。
ミーちゃんも大量の解毒薬を取り出している。
『まずは周辺の中毒者の救護かな。エリィ、さっさと瘴気止めて応援に来てよね!』
『うん、すぐ帰ってくるよ!』
あっという間に協力体制が出来上がった。
手を取り立ち上がる、しなやかな強さが本当の強さだ。
そう言ったルヴァイの言葉を思い出す。
『さぁ、行きましょう!』
そうして私達5人は紅い瘴気で煙る、半壊したゼライアカンパニーの中に向かった。
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