2-7 紅い煙
褐色の肌の、柔らかな茶色い髪の毛がウェーブした男。
サラディーニ人と思われるこの男に、ミーちゃんが解毒薬を投与し、サミュエルが気道確保をしている。
『っタナトスさん!!』
メラフィーヌ様が駆け寄ろうとするのをさっと遮って側にいたルヴァイに任せると、自分も倒れた男に駆け寄る。
まさか、この人が……
混乱しつつも分析をかける。
サミュエルが鋭い声を飛ばした。
「瞳の紅い着色、少量の喀血、脱力。この部屋に入ってすぐに意識を失った。瘴気中毒と診断、解毒薬を投与した。エルリーナ魔力値はどうだ」
「………魔力値、23」
はぁ、とミーちゃんが安堵のため息を吐く。
「目の着色の様子から見ても瘴気への暴露量はあまり多く無かったんだろう。とりあえず、もう大丈夫だ。じきに目を覚ます」
メラフィーヌ様にホッとした顔つきで頷くと、メラフィーヌ様はフラフラとした様子で床に座り込んだ。
部屋には他にご老人のカルバディス卿がいて、メラフィーヌ様に心配そうな目線を投げかけながら、メイドに何か言いつけている。
部屋はテラスに面した大きな部屋で、テラスの窓が開け放たれ、その近くに男が倒れているところを見ると、このテラスから部屋に入ったところで意識を失い倒れたんだろう。
『タナトスさん!?』
今度はリューカス様の奥様が部屋に走り込んできた。
リューカス殿下やブランディーヌ様も一緒だ。
大丈夫だと説明しつつ、魔術での全身分析を続ける。
「胃壁の上部に小さな裂傷と、気管上部に軽度の炎症。魔力回復薬投与はギリギリの数値。どうする?完全に瘴気が解毒されてるなら投与のリスクはそこまで高くないと思うけど」
「胃壁保護、気管保護完了。魔力回復薬投与には賛成だ。魔力産生に多少魔力を使ったとしても一時的に20を少し切るぐらいだろう」
「同意する。魔力回復薬を投与する。エリィ、魔力値30程度まで分析続けられる?」
「もちろん。今24になった。投与前だけどもう回復してきてる」
「……よし、良かった」
ミーちゃんが魔力回復薬を投与し、更に魔力値が上がってきた。
一段落してふぅと息を吐き出す。
『タナトスは、瘴気中毒……ですか?』
リューカス殿下が静かに問いかけた。
タナトス様は、メラフィーヌ様と共にこの国に来ていた官僚の方だったはず。
潜入捜査までする人だったとは。
ミーちゃんが医療魔導具を仕舞いながらリューカス殿下に頷いた。
『はい。この様子を見る限り間違いないかと。状況証拠も必要ですが』
『……タナトスは、ゼライアカンパニーへ潜入捜査に行っていました』
『つまり、確定、ということになるか』
ルヴァイが紅い目をほんのり光らせて、窓の向こうに見えるゼライアカンパニーの建屋を睨む。
その時、うっという声と共に、タナトス様が目を覚ました。
『っ死ぬかと、思った………』
『タナトスさん!』
メラフィーヌ様が涙目で駆け寄る。
タナトス様は苦笑いしながらメラフィーヌ様の頭を撫でた。
『ごめん、途中まで順調だったんだけど。奴ら何か事故ったのか、突然建物の壁やらダクトやらから一気に紅い煙が吹き出してきてさ……』
『紅い煙………』
『そこにいた奴らはバタバタ倒れるし、俺も急にふらついてきて、慌てて逃げてきた』
『っタナトスさん、目が……!!』
『目?』
優しげな大きな瞳をは、茶色に紅が混じったような色になっている。
多分瘴気の色だ。
ミーちゃんが目を覗き込んで、メラフィーヌ様ににこりと笑った。
『大丈夫ですよ、この程度であれば数時間ぐらいで色も抜けると思います。身体に取り込んだ瘴気の量が少なかったようで良かったです』
『瘴、気……毒、ですよね?』
『はい。でももう解毒したので大丈夫ですよ』
正確には体内に効力を封印され、無毒化された瘴気は残るのだが。
ルヴァイのように古代魔術を使えないのなら、封印が解けることもないだろう。
そんなざっくりした説明を受けたメラフィーヌ様は、ミーちゃんを呆然と見た後、タナトス様の顔をじっと見た。
そしてわっと泣き出した。
『っちょ、泣きすぎメラフィーヌ』
『し、死ぬところだったんですよ!?倒れてたんですよ!?』
『いやまぁ、そうだけど。まぁ、もう大丈夫だから』
『大丈夫じゃないです!!っ私、』
ぼろぼろ泣くメラフィーヌ様の頭をポンポンするタナトス様が、優しげな顔のまま首を傾げる。
『私?』
『私、このまま、置いてかれたら………』
『うん、ごめん、心配かけて……』
『違うんです!そうじゃ、なくて……あの』
メラフィーヌ様は不思議そうな顔をするタナトス様の服をぎゅっと握りしめて、こんこんと涙を流しながら口を開いた。
『赤ちゃん、できました!』
突然の告白に、みんなが一斉に注目する。
リューカス様と奥様のルディア様はぽかんとした顔。
タナトス様はめをまんまるにしてメラフィーヌ様を呆然と見ていた。
『赤ちゃん………?』
『………はい』
『…………俺の?』
『は、い…………』
しーんとなった部屋の中、ミーちゃんがちらりと私に視線を送る以外、誰も動かない。
メラフィーヌ様が、震える声でまた口を開いた。
『っその、ごめん、なさー』
メラフィーヌ様が言い終わらないうちに、タナトス様がぎゅっとメラフィーヌ様を抱きしめた。
『やばい』
『え?』
『男?女??』
『え?いや、まだそこまでは……』
メラフィーヌ様が困惑しつつもタナトス様の顔を覗き込むと、タナトス様は思いっきり嬉しそうなニヤニヤ顔になっていた。
『今日から毎日徹夜して修行終わらせるわ。あのクソ兄上を速攻で黙らせてやる。帰ったら今度こそ結婚認めてもらう』
『えっ……え?』
『っごめん、ちがうまずは赤ちゃんか?ええと、あと名前だろ?ベビーベッドが先?っそうか、具合悪かったのって、つわり!?なに、どうしたらいいの!?』
急に自信なさげにオロオロし始めたタナトス様が可愛い。
メラフィーヌ様もキョトンとした顔になった後、クスクス笑い始めた。
『ちょっと、パパになる勉強のほうが先かもですね?』
『ご、ごめん……』
子犬のようにしゅんとしたタナトス様に、メラフィーヌ様はホッとした顔で笑いかけた。
『……喜んで、くれるんですか?』
『は?それはそうでしょ』
『っよ、よかった〜〜〜!』
そうしてまたメラフィーヌ様は号泣し始めた。
『……まさか、俺が拒否するとでも思ってたの?』
『っだって!お兄様の修行が辛そうですし!お勤め忙しそうですし!私はまだ外交官の仕事が軌道に乗り始めたばかりなのに……迷惑かなって』
『迷惑なわけないでしょ……ちょっと俺の愛が伝わってなくてビックリなんだけど………』
『俺もビックリだ』
リューカス殿下とルディア様が、なんだか似たようなビックリ顔で二人を見ていた。
『お前らいつの間にそんな事になってたの』
『は?リューカスに言う必要ないだろ。ていうかお前は特に近寄るな』
『……………』
なんだか突然喧嘩し始めた。
仲良く……ない?
まぁでもとにかく赤ちゃんのパパが喜んでくれて良かった。
明るい未来に向かって歩み始めてくれたようでホッとした、その時。
ガァァァン………という大きな音。
衝撃波で窓が揺れる。
振り向いて、窓の外を見て、その光景に言葉が出ない。
窓から見えるゼライアカンパニーの1番大きな建物……青い海を背景にそびえ立つ白い塔は、その一部が砕け散り、
そこから濛々と紅い煙が立ち上がっていた。
読んで頂いてありがとうございます。
いいねブックマークしてくださった方ありがとうございます!
とても嬉しいです!
「タナトスメラフィーヌおめでとー!」と祝福してくださった方も、
「紅い煙!?」と急展開にドキドキしてくださった方も、
ぜひいいねブックマーク、
☆下の評価を5つ星☆から応援よろしくお願いします☆彡




