2-6 白い塔と命の半分
待てない作者は本日も連投しております!
「帰りは普通の船で帰る。絶対だ。」
ミーちゃんがぐったりしながら座席に埋れている。
まぁ、あの様子だとその感想になるよね。
船を降りた時のことを思い出す。
3時間という話だったがそれより早くアナクラシアへついた。
個人的にはとても楽しかったのだけど。
涙目のミーちゃんは立ち上がれず、サミュエルに抱きかかえられて船を降ろされていた。
ガン見したかったのに、またルヴァイに頭をガシッとされて見させて貰えなかった。
見るなと。
冷やかすなと。
そういうことのようだ。
まぁ逆の立場だったらあんまり見られたくないかもね?と思いつつ別の方向見たら、リューカス殿下も同じようにぐったりした奥様を嬉しそうに運んでた。
もしかして……そういうもんなのか?
ルヴァイを見上げる。
「ん?なに?」
「私もフラフラして運ばれたら良かったのかな……」
「エリィはこれぐらいじゃびくともしないでしょ」
確かにそうなんだけど……なんだかちょっと可愛げがない自分が残念だ。
ルヴァイは、嫌じゃないのかな。
なんとなく少し不安な気持ちになって再びルヴァイを見上げたら、何故かニヤリとこちらを見ていた。
そしてふと私の耳に顔を寄せた。
「昨日みたいにフラフラしたエリィは俺の前だけでいい」
思いっきりどついたのは仕方が無かったと思う。
そうこうしているうちに、大きな屋敷が見えてきた。
進む街道には、立派な馬車のような移動式の魔道具が行き交っている。
『あれが東の国の国境を守るカルバディス家のお屋敷ですか?』
『そう。それであれが、例のゼライアカンパニーだね』
高台に位置するカルバディス家から見下ろすように、海沿いに大きな白い壁に囲まれた建物が見える。
ゼライアカンパニー。
この地域一帯に『魔力タンク』を供給し始めた大きな商社だ。
この街で走る馬車のような魔道具は、この魔力タンクで動いている。
一般的な魔力量の人では動かし切れない大型の魔道具も、この魔力タンクがあればスムーズに魔力切れを恐れることなく動かすことができる。
馬よりも手間がかからないこの魔力タンク馬車は、あっと言う間にこの地域一帯に普及したというけれど。
『もしかしたら、この魔力タンクのエネルギー源が……瘴気かもしれない。そういうことでしたよね?』
『そう……確証はまだ無いんだけど。かなり怪しい情報がある』
『………紅い目の患者か』
ルヴァイがじっとその建物を見る。
この街の海辺に数体目の赤黒い死体が上がった頃、ちょうどこの国を訪れていたサラディーニの外交官が『たまたま』ゼライアカンパニーを訪れたそうだ。
その時『たまたま』体調を崩して医務室で休んでいた時、目にしたのがその紅い目の患者だった。
ゼライアカンパニーの者が、ふらつく患者に急いで何かの薬を飲ませたら治ったようだったけど。
何か後ろ暗い実験を行っているのではと思ったところで、ちょうど瘴気なのではという情報がエラマルシアから入り、大至急私達が呼ばれた、という流れだ。
『今、我が国の潜入捜査が得意な者が様子を伺いに行っている。だから今夜には更に新しい情報が掴めると思う』
リューカス殿下も静かにその建物を眺めつつ説明をしてくれた。
「……ルヴァイ、もし本当にあの建物の中に瘴気の出る魔界との境目ができてたら……」
「ここら一体は瘴気に冒されて生き物が死に絶えることになるな」
恐ろしい未来予測は、はるか昔の記憶と重なり、より信憑性を持つ。
瘴気が消え去った後も、痩せた土地が蘇るにはかなり時間がかかったはずだ。
『瘴気の特性は、以前国にお邪魔した時の認識と変わりありませんか?』
『あぁ。瘴気は魔力を吸うから、魔術式の部分に触れるとあっという間に効力がなくなる。だから風圧で流すことはできても結界はすぐに消える』
『……ちょっとアイディア聞いてくれますか?』
『さすが、もう何か思いついた?』
ルヴァイとリューカス殿下が何か思案し始めた頃にはもう大きなカルバディス家の敷地の中に入っていた。
馬車のような魔道具から降りると、堂々とした感じの背筋が伸びた女の人と、車椅子のお爺さんがエントランスで迎えてくれた。
『おじいちゃま!!』
リューカス殿下の娘さんが、柔らかな暗赤色の髪をふわふわさせながら車椅子のお爺さんにパタパタと駆け寄り飛びついた。
『おぉリディ、大きくなったねぇ。おじいちゃまは会いたかったぞ!』
『ママがね、また船で叫んでたんだよ!』
『ルディは相変わらず乗り物が苦手じゃなぁ』
苦笑いしながら奥様が赤ちゃんを差し出すと、お爺さんは嬉しそうに赤ちゃんを抱っこした。
なんだか微笑ましい光景にこちらも笑顔になる。
……赤ちゃんはギャン泣きしているけど。
『ようこそリューカス殿下、それからエラマルシア連邦共和国の皆様。この度は我が国のために遠方までお越し下さってありがとうございます。私は当主のブランディーヌ・カルバディスです。どうぞブランディーヌと』
美しく礼を取る女当主のブランディーヌ様は優しげなのに強い眼力で、赤茶の髪が艷やかだ。
堂々としていてとてもかっこいい。
思わず見惚れてしまった。
『タナトスはまだ潜入捜査中かな?』
『えぇ、夜明け前に出ていかれたので、そこまで遅くならずにお戻りになるとは思います。メラフィーヌさんはこちらでお待ちになっているのですが……その、できれば診察して頂きたくて。皆様お医者様なのですよね?』
ブランディーヌ様が申し訳無さそうな顔でこちらを見た。
『えぇ、私達はエラマルシアの医師免許は持っていますが……具合が悪い方がいらっしゃるのですか?』
『こちらにいらしている外交官のメラフィーヌ様の体調が良くないのですが……なぜだか受診拒否をされてしまって』
案内されると、ハンカチで口を覆ったメラフィーヌ様が、優れない顔色でソファーに沈んでいた。
こちらを見てはっと立ち上がる。
『すみません、お見苦しいところを……』
『そんな、座っていて下さい。私はエラマルシアの医師のエルリーナです。どんな症状なのか教えてくれますか?』
『………』
なんだか目を泳がせて俯くメラフィーヌ様は、心細そうな様子だ。
多分、これは心当たりが既にあるやつだ。
ミーちゃんに目配せすると、任せた、と言わんばかりに手を振られた。
……ミーちゃん、まだ若干船酔いしてそうだ。
やれやれと苦笑いしつつ、努めて優しい笑顔でメラフィーヌ様の手を取る。
『良かったら別室で診察なさいませんか?大丈夫です、プライバシーはきちんと守りますよ』
『……そ、そうで、あれば……ぜひ……』
不安げなメラフィーヌ様を連れて別室へ移る。
なんとなく予想がつきつつも、診察を行う。
食欲不振に吐き気、怠さに高めの平熱。
気になる部分について魔術で分析を行う。
『………なんとなく、予想はついてらっしゃいますよね?』
『……あの、はい……その……やっぱり、そうですか?』
『えぇ、妊娠2ヶ月の終わりか、3ヶ月に入ったぐらいでしょうか?』
敢えておめでとうという言葉はつけずにシンプルに結果を教える。
メラフィーヌ様は案の定、目を泳がせると手をギュッと握りしめた。
『……医師の仕事とは少しずれますが……何かお悩みになっていることがあれば、良かったら話してみませんか?もちろん勝手に人に話したりしませんから』
『…………はい……あの………』
メラフィーヌさまは辛そうに視線を落とすと、決意したように顔を上げた。
『……私、外交官の仕事が、軌道に乗り出したばかりで……』
それから、やっぱり不安そうな顔になって、視線を落とした。
『それから……まだ、結婚してない、です………』
なるほど、思っていたのと違うタイミングだったようだ。
育ちの良さそうな雰囲気に、真剣に悩む姿が相まって、なんとなく気持ちを揺さぶられて細い手をキュッと握った。
『話してくれてありがとうございます。初めて新しい命を宿したのですから、これから先のことを不安に思うのは当然ですよ』
不安そうに揺れていた目に、ほんのり涙が浮かぶ。
異国の地で発覚した妊娠に、きっと凄く不安だっただろう。
安心させるように優しく微笑む。
……悪女のニヤつきに見えないと良いのだけど。
『まずは、できることから始めましょう。幸いにもまだ、色んなことを選択できる時期ですから。……パートナーの方とはお話できそうですか?』
『………聞いて、くれると思う……のですが………負担をかけちゃうんじゃないかって……』
『妊娠を聞いて、怒ったり暴力を振るったりしそうな方ですか?』
『そ、そんな事はないです!とても優しい人なので……でも、今……たくさんお仕事とか修行をしている所なので、負担をかけたくなくて………』
思ったより状況が良さそうでホッとする。
心のなかでふぅとため息を吐いて、また細い手を握り、優しく笑いかけた。
『お腹の赤ちゃんは、半分はパートナーの命を貰っているんです。あなたに不利益が無いのなら、遠慮なくパートナーとはんぶんこしちゃいましょうよ』
『半分は……パートナーの、命……』
『それに一緒に協力したら、バラバラに頑張るよりもいいことあるかもしれませんよ?』
これまで診てきた患者さんや、前世のぼんやりした記憶を思い出す。
『………確かに、結局シングルになる方もいますし、出産を諦める方もいます。だから、うまくいかない事だってあります。でも、うまくいって、一生懸命家庭を築くカップルもいます』
結婚や出産はゴールじゃなかった。
そこからが始まりだった。
悲しい姿も沢山見てきた。
だけど。
『良い結果にならない可能性もあります。でも、あなたの言う『優しい人』と、そのお子さんのために、ちょっと頑張ってチャレンジしてみることもできます。どうするのか選べるのはこのお腹の赤ちゃんのお母さんである、あなただからですよ』
『………お母さん……』
私ができるのはここまでだろうか。
後はメラフィーヌ様の判断次第だ。
またにこりと笑いかける。
『メラフィーヌ様の命の危険がない限り、私から妊娠について誰かに話すことはありません。どうぞ落ち着いて考えてくださいね。私は暫くここに滞在するので、何か体調にご不安なことがあったら教えて下さい』
『エルリーナさん……ありがとうございます』
うるうるした目のメラフィーヌ様が可愛い。
パートナーは誰だろう。
願わくば幸せになってほしいな、と思いながら、メラフィーヌ様を立ち上がらせた。
『さて、そろそろ隣の部屋に戻りますか?私からは一時的な不調だからゆっくり休ませて、ぐらいで伝えておきますから。つわりがお辛そうなので、無理はされないでください』
『はい!ありがとうございます……!』
そうして二人でなんとなく希望がある雰囲気で隣の部屋に戻っている時だった。
急に隣の部屋が騒がしくなった。
なんだか胸騒ぎがして、急いで扉を開ける。
「エリィ急げ!魔力値分析!」
床には褐色の肌の、柔らかにウェーブする茶色い毛の男が横たわっていた。
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