2-5 船
なんだか重たくて目を覚ました。
朝か。
目をこすろうとして手を上げようと思ったのに、上がらない。
おや?と思ってしっかりと目を開くと。
ガッチリ私にくっついて眠るルヴァイが真横に見えた。
「っビックリした……」
気持ちよく爆睡しているなんだかあどけない寝顔をぼんやりと見る。
そうか。
そうだった。
昨日は大変だった。
一応、前世のことは断片的にぼんやりと思い出せるから、色々わかってはいたのだけど。
それにしてもだ。
むしろレベルアップしていた気がする。
これがあれか。
900年分の重さか。
ただし、よく考えてほしい。
いくら前世の記憶が多少あろうと、今世では生娘だったんですけど。
じとりとルヴァイを睨みつつ、喉が乾いてその腕から抜け出そうとグッと腕をつかんでどかし、起き上がった。
……のに、ぐいっと引き戻された。
「んん……」
「ちょっと、ルヴァイ!」
「どこいく………」
「喉乾いたの!」
そうだった。
この人。
寝起きがポンコツなんだった。
えぇと、どうするといいんだっけ。
そう、なんとなく色々覚えてはいるものの、ほとんどは「ぼんやり」覚えてるぐらいなのだ。
人の記憶なんてどっちみちいい加減だ。
寝起きの戦略が全く思い出せない。
「ルヴァイ〜離して〜」
「……いやだ」
「喉!喉乾いたの!」
「のど……?」
するとルヴァイが手を布団から出して、何か魔術を発動させた。
目の前に現れた大きな水の玉。
ふよふよと布団の上に浮かんでる。
「はい」
「は!?これ!??こんなに飲めないよ!?」
「じゃあ……これで、お風呂に入ろう……」
「いやここバスタブじゃないよね!?」
とりあえずごくごく水の玉に口をつけて飲む。
うん、案外美味しい。
でも、布団の上にバシャーンと落ちてきそうでヒヤヒヤする。
「……よし、飲んだ!ルヴァイ、この水の玉、どっかにやれる?」
「どこにも……行かせない……」
「ちょっ……」
またベッドの中に引きずり込まれる。
結局ちゃんと目覚めてくれるまで、私は頭の上の水の玉にヒヤヒヤし続けた。
「起こしてくれたら良かったのに」
「何度も起こしたわ!!」
やっとちゃんと起きたときにはだいぶいい時間。
私達はバタバタと準備をして港に向かう。
ヒュルルルルという魔導具の乗り物の音がなんだか平和だ。
これから、瘴気が出ているかもしれない東の国アナクラシアへ行く。
まだなんとなく実感が沸かないのだけど。
「もう港にサラディーニの王兄殿下の船は着いてるのよね?」
「うん、もう昨日の夕方には着いたって。ご家族も一緒らしい」
「ご家族って、奥様が確か……オルネリアの愛の丘っていう小説のモデルになった、精霊の民だっていう妖精みたいな奥様?」
「そうそう、その奥様とお子さんたちもいるらしいよ?」
人間離れした妖精のように可憐な奥様を思い浮かべる。
うん、やっぱり今日は、隅っこにいよう。
おっさん悪女な私が安易に関わったらダメなやつだ。
「お土産……もっとオシャレなのにすれば良かったな……」
「何持ってきたの?」
「エラナリア名物の高級鶏ハム」
「エリィらしいじゃん。大丈夫でしょ、贈り物の鉄板だし。俺好きだよ、しっとり柔らかジューシな鶏ハム」
「……妖精のような奥様がいらっしゃるなら可愛い砂糖菓子とかにすればよかったなぁ」
「贈り物なんて気持ちなんだから何だっていいんだって」
そうこうしているうちに港に着いてしまった。
不思議な形の船の近くに、褐色の肌の男の人が立っている。
そして足元には同じ色の髪の毛の小さな女の子。
しゃがみこんで何かを見ているようだ。
「いた、リューカス」
「きっっ緊張する……!!」
「大丈夫だって」
魔導具の乗り物から降りてスタスタ歩いていくルヴァイの後ろを、鶏ハムを抱きしめながら進む。
こういう初対面って、実は苦手だ。
話し始めちゃえばその後はいいんだけど、最初ってやけに緊張する。
近くに行くとリューカス殿下はにこやかに笑った。
『ルヴァイ様、おはようございます。あれ、乗ってくれてるんですね』
『うん、すごくいいよあの乗り物。魔力消費激しすぎて改造しちゃったけど』
思ったより仲良さそうに話している二人を見てホッとする。
街をまるごと消せるというリューカス殿下だが、たしかに優しそうな雰囲気だ。
ていうか、ルヴァイ海外行った事ないくせに外国語ペラペラってどういうこと。
能力の高さにジェラシーを感じていると、リューカス殿下が優しげな表情をこちらに向けた。
『もしかして、こちらがお話されてた奥様ですか?』
『そう、まだ今世では恋人だけど』
『なんだか素敵ですね、奥様をまた恋人にできるなんて』
にっこりこちらを見られてビシッと背筋が伸びる。
『エ、エルリーナです。よろしくおねがいします』
『よろしくエルリーナ。ルヴァイ様の最愛に会えて嬉しいよ』
話してる内容が死ぬほど照れくさいのだが、そんな様子を感じさせない爽やかさだ。
さすが砂と太陽と情熱の国の王兄殿下だ。
この大人しそうな王兄殿下にとっては、こんな話題は大した内容では無いんだろう。
無事自己紹介を乗り越えてホッとしたところで、なんだかすごく視線を感じてその視線の先を見下ろした。
女の子がじっと、私が手に持つ鶏ハムを見ている。
そしてその目にはっとした。
金の交じる目。
精霊の民の目だ。
ルヴァイの真紅の目もかなり特徴的だったけど、この金の交じる目はそれに負けず劣らず神秘的だ。
「それ、なに?」
「えっ……あ、お土産の鶏ハムだよ。すごい、この国の言葉喋れるの?」
「すこし、おぼえた!まま、おしえた」
嬉しそうにニコっと笑う顔が人懐っこくて可愛い。
そして母親に教えてもらったと……この国の言葉はかなり難しいはずなんだけど。
妖精のように可愛くて外国語も堪能な精霊の民とかハイスペックだな。
ドキドキしながら一応言語を変えて、鶏ハムを差し出す。
『お土産のエラナリア名物の鶏ハムだよ。ごめんね、お菓子じゃなくて。しっとり柔らかジューシーだから、子供でも美味しく食べれると思うんだけど、良かったらもらってくれる?』
『とり、ハム?とり??』
『うん、鶏だよ』
『しっとり、やわらか、ジューシー?』
『うん。しっとり、やわらか、ジューシー』
そう言って鶏ハムを受け取った女の子は、ぱぁぁぁと顔を輝かせて船の方を振り返った。
『ママぁ!!!とりハムもらったよ!!!たべたい!!!』
『鶏ハム!??エラナリア名物の!!?』
『しっとり、やわらか、ジューシーだって!』
『しっとり柔らかジューシー!!』
声の方を見ると、茶色いふわふわの髪の毛の女の人が、女の子そっくりなぱぁぁぁ!という笑顔でこちらを振り返ったところだった。
バチッと目が合うと、今度はうわぁーー!みたいな表情で真っ赤になり、何かで顔を隠した。
……おむつだ。
目の前には下半身すっぽんぽんの可愛い赤ちゃんが手足をばたばたさせている。
何だこの人。
思ってたのと違うけど。
可愛い。
そして面白い。
思わず王兄殿下を見ると、俯いて口を抑えてプルプル震えていた。
『すみません、妻は鶏が大好きで……』
『えっあ、そうでしたか!気に入って頂けたなら良かったです!』
まさかの鶏ハム大好評。
良かった。
そして仲良さそうなご家族だな。
思ったよりアットホームな雰囲気に、なんだかのほほんとした気持ちになる。
『楽しそうですね。お久しぶりですリューカス殿下』
ミーちゃんの声がして振り返ると、普段は馬のシッポにしている髪の毛をサラッサラにした美女バージョンのミーちゃんが、上品な感じで立っていた。
そして隣には髪の毛がビシィ!とキマっているサミュエル。
「誰かと思った」
「黙れエリィ」
上品なにこやかな顔のままで黒い言葉をこっそり放つミーちゃんが怖い。
「別にいつもどおりで良かっただろ。もう一般市民だし」
「一般市民であろうと国代表だ。手抜きはしない」
ビシィとしたサミュエルがビシィと答える。
なんだろう。
硬そうな髪の毛だ。
『お久しぶりです、ミリアル様、サミュエル殿。一昨年依頼ですね』
『えぇ。色々とご協力ありがとうございました。お陰様で無事国も安定しました』
元は東の国との友好関係のほうが強かったのだけど、数年前から東の国と同盟関係にある砂の国サラディーニとも交流が多い。
特に魔導具の貿易は多いと聞くけど、他にも色々あったのかな。
『早く行こうよー!おじいちゃまに会いたい!』
『そうだね、じゃあ、行こうか。皆さん準備はいいですか?』
出発を急かす娘さんににユサユサ揺らされながらリューカス殿下が手を動かすと、船へ渡る橋みたいなのが、ウィーンと勝手に出てきた。
すごい、これも魔導具だろうか。
感動しながら船に渡る。
「あれ、ルヴァイ?来ないの?」
「………行く」
そう言うと、ルヴァイはゆっくりと橋に足をかけた。
それを見てはっとした。
国に縛られていたルヴァイが、900年ぶりに、国土を離れる。
カタン、とそのまま橋の上に両足が乗って。
少し立ち止まったルヴァイは、そのままカタカタと音を鳴らしながら船の中にやってきた。
そして、さっきまでいた陸地を振り返る。
船の床から伝わる波の揺れが、ここが間違いなく陸地ではないと教えてくれる。
私はルヴァイの手を取って、船の中へ連れ込んだ。
「行こう、アナクラシア。海外旅行だよルヴァイ」
「……そうだな」
ルヴァイは私を見てなんだか眩しそうに笑うと、その手を優しく握り返した。
『みっっみなさん!しっかり!しっかりとシートベルトを締めてくださいね!!』
なんだか緊張した面持ちの奥様がしっかりと座ってシートベルトをして、赤ちゃんをギュッと抱きしめている。
王兄殿下は可愛い娘さんと、船に備え付けられた魔導具をポチポチといじっているようだ。
『パパ、どう?』
『うん、いいね。障害物はなさそう』
『やった!さいこうそくど??』
『うーん、どうかな?』
リューカス殿下はこちらの様子を伺うように振り返った。
『少し揺れる……というか、跳ねますが、最高速度をだせば3時間ぐらいで着きます。ゆっくり運転でもどちらでも大丈夫ですが、どうしますか?』
最高速度?
跳ねる?
なんだかすごく速そうだけど。
「私はちょっと跳ねる最高速度気になるな」
ワクワクした気持でルヴァイを見上げると、ルヴァイもニヤリと笑った。
「俺もだ。サラディーニの移動魔道具の最高速度を体験できるなら是非お願いしたい」
「救急搬送に使えるかどうか検証させてもらおう」
サミュエルもいつもの調子で同意した。
「そ……うね。私もサラディーニの国力の要と言われる魔道具の技術力が見たい、かな?」
ミーちゃんはコクコクと頷きながらしっかりとシートベルトをつけた。
よし、満場一致、でいいかな?
私は満面の笑みでリューカス殿下にお伝えした。
『最高速度でおねがいします!!』
『ふふ、分かりました』
『まっっ待ってリュー!!ほんとに!?』
嬉しそうなリューカス殿下とは対象的に、奥様がアワアワし始めた。
リューカス殿下は奥様ににこりと笑うと、魔道具を起動させた。
フォーンという音と共に、船がふわりと揺れる。
『本当に最高速度!?』
『本当に最高速度だよ』
『やったー!!さいこうそくど!!』
『だう〜』
赤ちゃんも嬉しそうに手をブンブンしている。
でも、奥さまは真っ青だ。
『リュー……待って……』
『分かってるでしょ?』
リューカス殿下はとっても優しい顔で奥様にニコリと笑った。
『待たない』
瞬間、パァーンという水しぶきの音と共に船が物凄い勢いで進み始めた。
キラキラ光る水面がすごい速さで後ろへ後ろへと流れていく。
『ギャーーー』
『ママ!おきゃくさまいるんだから!もうちょっとしずかに!』
『むりぃぃぃ』
『だう〜』
仲よさげなその様子がなんだか微笑ましい。
というか、本当に凄いスピードだ。
「これ、ルヴァイもできる?」
「うぅん……できてもすぐ魔力切れで止まる気がする。改造したい」
「緊急搬送用としてもここまで早いと身体にダメージが出そうだ」
サミュエルがメガネをクイッと上げながら考察する。
「でもスピードに乗った今なら案外平気じゃない?」
「確かに……加速度が問題かもしれんな」
「止まるときも速度調整が必要だね。医療搬送用にするなら、そのへんの制限なら改造できると思うよ」
ルヴァイが楽しそうに改造計画を考え始めた。
魔道具好きなんだな。
ビュンビュン進む船は、キラキラ光る水面と白い雲が浮かぶ真っ青な空の間を飛ぶように進む。
すごく気持ちいい。
小さい悩みなんてあっという間に消えて無くなりそうだ。
高い波が来たのか、船がジャンプする。
「ヒィッ」
不意に聞き慣れない叫び声が聞こえた。
この声は、もしや。
「………おい、ミリアル」
「な、なによ!?」
「……………いつまでしがみついてる」
「はっ!??」
ミーちゃんがサミュエルにしがみついてる!?
あのミーちゃんが!?
そんなことってある!?
二人の席は私とルヴァイの背後で見えない。
気になりすぎてソワソワする。
「まさか怖いのか?」
「ぜっっ全然!?ちょっと、ちょっとびっくりしただけよ!」
「ほう」
外洋に出て波が強くなってきたのか、ザブンザブンと波の上を船が飛び跳ねはじめた。
「ひっ!ちょ、ちょっと!」
「殿下も跳ねると言っただろう」
『すみません、やっぱり速度落とします?』
リューカス殿下が申し訳無さそうな顔で振り返った。
奥様が前を向いたまま、すごい勢いでコクコク頷いている。
どうする?とルヴァイを見ると、ルヴァイはなんだか悪い顔をしていた。
『いや、色々都合がいいからこのまま最高速度でおねがいしたい』
『……なるほど。分かりました』
キョトンとした顔をしたリューカス殿下は、少しあたりを見回すと、また凄く優しそうな顔でニコリと笑った。
『じゃあ、お言葉に甘えて本気でいきますね』
『やだぁぁー!!』
『ママうるさい』
『あぶ〜』
『ここから波高くなるので舌噛まないで下さいね』
そう言ってすぐ、船がポーンと跳ねる。
「ひぃぃぃ!」
「ミーちゃん、こういうの苦手だったんだ……」
「ぞ、ゾワッとするだろう!!こんな乗り物うちの国に無いし!」
またポーンと跳ねる。
「ひぁぁ!」
「……おいミリアル」
「うるさい!腕ぐらい貸せ!」
そんなに?と思ってなんとか振り返ろうと思ったら、ルヴァイにガシッと頭を掴まれた。
振り返るなと?
「サミュエル、仮にも元女王陛下のご要望だ。支えて差し上げろ」
「いや、だがな……」
「役得だ。気にするな」
「ひぃぃぃ!」
最後のルヴァイの一言がミーちゃんの叫び声にかき消されて若干聞こえなかったけど。
役得?
役得………
そっと自分の、あるようでないような、ささやかな胸に手を伸ばした。
さっぱり波にも揺れないそれを支えて遠い目になる。
「……俺はエリィぐらいのが好みだけどな」
ルヴァイがニヤッとしながら私を見てきた。
頭に来たのでペシッと叩く。
大騒ぎの船の中。
それでも船は爆走する。
瘴気が出ているかもしれないアナクラシアまで、あと少し。
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「あらまぁサミュエルうふふ」「ルヴァイ様朝苦手なのねむふふ」とニヤついて下さった方も、
「ルディア安定の鶏好きw!」と思ってくれた別作お読み頂いた神読者様も、
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