2-3 アナクラシアへ
「ハッハッハ、いやー悪かった悪かった」
「……………」
「ていうかここ私の部屋だからね」
呆れたミーちゃんの声をいたたまれない気持ちで聞く。
ちなみに私はミーちゃんの机の下だ。
もうここから出ない。
絶対にここから出ない。
「いやーでも良かったです無事にエリィと」
「レイコフその話は止めろ」
「えぇ?そうですか?照れてますもしかして」
「とにかくダメ」
パパとルヴァイが話しているのを耳をふさぎたくなる気持ちで机の下で聞く。
知り合いだろうなとは思ってたけど、父親とルヴァイは思ったより仲がいいみたいだ。
ルヴァイは、照れてるんだろうか?
「まぁ……その話は置いといて。アナクラシアに、瘴気……ですか……」
真面目な雰囲気に戻ったパパは、難しい顔で例のスケッチを見つめた。
ミーちゃんが難しい顔をしながら口を開く。
「確証は持てないが……ルヴァイとエリィが同じ見解なら、瘴気だとして動いておいたほうがリスクが少ないと思う。本当に瘴気だったとしたら、アナクラシアだけの問題じゃない。世界的な驚異となる話だ」
ミーちゃんがドッカリ椅子に座って足を組んで見解を述べている。
なんていうか……確かにこの間まで女王だったんだなという気がした。
「……であれば、共和国としても黙って見ているわけには行きませんね……議会長としてはアナクラシアへの協力を申し出たい。瘴気研究の知見があるのは、旧エラナリア王国の民を引き継いだ、このエラマルシア連邦共和国だけですから」
「分かってる。私とルヴァイでアナクラシアへ行こう」
ミーちゃんは鷹揚に頷くと、自ら向かうと宣言した。
「王家代々の瘴気研究の第一人者は私だ。今は別にこの国の重鎮でもなんでもないし、別にいいだろう」
ニヤリと笑ったミーちゃんに、ルヴァイも頷いた。
「900年前に魔族と瘴気を鎮めた爺さんも行くよ。その方が確実だ」
やっぱりそうなるか。
よしわかったと私も声を上げる。
「じゃあ私も」「エリィ」
パパが強い口調で私の言葉を遮った。
いつもの軽い調子じゃないパパに、ぐっと押し黙る。
「エリィはここに残りなさい」
「……どうして?」
「エリィが特別出来る事はないだろう?瘴気研究をしてきたわけでもなければ、魔族を見たこともない。ルヴァイ様に着いていきたい気持ちもわかるが、好き嫌いだけで命を危険に晒すような判断はすべきではない」
そしてルヴァイを見て問いかける。
「ルヴァイ様は、どう思いますか」
「…………そうだな。好き嫌いだけで、命は賭けさせられない」
ぽつりと呟いたルヴァイの声が、嫌に響いて聞こえる。
信じられない気持ちでルヴァイを見る。
そんな。
そんなことって。
「………ないわ」
ゆらりと立ち上がる。
置いていく気?
そんなの、許さない。
「本気で言ってるの、ルヴァイ」
じぃ、とルヴァイを見つめる。
ルヴァイはちらりと目線を上げて、私を見た。
ほんのり紅い綺麗な目が、真っ直ぐ私を見てる。
………そうか。
そうだね。
『好き嫌いだけ』ではない、一緒に行く理由を見つけられるのは、私しかいない。
私は妙に納得した気持ちになって、改めてパパに向き直った。
「ごめん、パパ。私は行くわ」
「エリィいい加減に」「いい加減に親離れして」
スゥとパパが目を細める。
子煩悩なパパだけど、憤怒の姿は大人も背筋が凍るほど恐ろしい。
海賊や山賊の頭を思い起こさせるほど獰猛で極悪な雰囲気だ。
だが。
私だって負けてない。
なんたってこのクソ親父の血を引く悪女な見た目の私なんだから。
一切怯まずその極悪人のような視線を真っ向から受けて、冷静に見返す。
「理由は3つ。一つ目、私には瘴気過多で赤黒く変色した死体の記憶がある。だから、今医学的な観点からそれを分析できるのは私だけよ。症例の経験値が一番多いのは私だわ」
「死体の……記憶?」
「そう、900年前の記憶」
「っエリィ、お前、前世の記憶があるのか!?」
パパが驚愕の顔になる。
そういえばパパに前世の記憶が蘇った事を言ってなかった。
まぁいいや。話を続ける。
「2つ目、実際に瘴気中毒者の治療にあたった経験がある。本当にアナクラシアで瘴気が発生しているのなら、対応できる医師がミーちゃんしかいないのは危険すぎるわ。」
「……確かに、それはそうだね」
ミーちゃんがウンウン頷いた。
よし、1名陥落。
私は勝利を確信しながらギラリとした目をパパに向けた。
「3つ目、私がかつて何体の魔族を葬ったと思ってるの。確かに魔族の長に矢を射って倒したのはルヴァイだけど、魔族の長の核の位置を分析して割り出したのは私よ。それにルヴァイと一緒に何体も雑魚をぶったおしてるわ。あの時、私達は一緒に戦ったのよ。一緒の方が成功確率は高いし無駄死するリスクも下がるわ。……私だけ置いていくなんて、絶対に許さない」
そうしてルヴァイを真っ直ぐに見る。
ルヴァイも、真っ直ぐに私を見ていた。
その綺麗な顔を見て、ニヤリと笑う。
「まさか置いていくわけないわよね?」
ルヴァイは、少し沈黙したあと、ほんのり笑って口を開いた。
「『瘴気は、体を蝕む。行ったら、帰ってこれないかもしれない。それでも、いい?』」
その詞に、遠く昔の古い風景が、目の前に浮かんだ。
私もニコリと笑って言葉を紡ぐ。
「『私に貴方がいない地獄の世界で生きろって言うの?』……今回も、一緒に行きましょ」
「………そうだね」
なんだか懐かしそうに目を細めたルヴァイは、パパに向き直った。
「ごめん、レイコフ。エリィと一緒に行かせて」
「………しかし」
「レイコフの、大事な一人娘だ。その気持ちはわかる。でも、俺たちにも積み重ねてきた歴史がある。……必ず生きて連れて帰る」
「………………」
パパは暫く考え込んだ後、なんだか深いため息を吐いて、やれやれと寂しそうな顔で笑った。
「……エリィも、ママも、ほんとにすぐどっかいっちゃうから。変なとこ似ちゃって。パパは寂しい」
「……ごめん、パパ」
「………ちゃんと帰ってくるんだぞ」
最愛の妻は無医村を渡り歩く医師で、最近は時々絵葉書を送ってくるばかりで全く帰ってこない。
パパが寂しいのもわかる。
だけど。
そんなママを選んだのはパパだから、その寂しい気持ちは自分でなんとか消化してもらおう。
パパの合意も得られてよし、と思ったところで、また違う声が上がった。
「俺も行く」
「サミュエル……本当に?」
ミーちゃんがビックリしてサミュエルを振り返る。
常にストイックに己の研究を進めてきたサミュエルが、その研究を中断して一緒にアナクラシアへ行くって言うだなんて。
確かにビックリだ。
「……なんだ、不満か」
「いや、すごく助かるけど……研究とか、本当にいいの?」
「この世が瘴気だらけになったら研究どころじゃないだろう。大体誰かが瘴気中毒になった時に誰が医療魔術で処置するんだ。外科的処置は俺がいないと現実問題厳しいだろう」
サミュエルは小さくため息を吐きながら銀縁メガネを外して眉間をモミモミすると、そのまま青みがかったグレーの硬質な瞳を、しっかりとミーちゃんに向けた。
「……それに、お前らが犬死にするのを安全なところで眺めてるなんて性に合わん」
「そ、う……ありがとう」
ミーちゃんが押されてる。
珍しいものを見た気がする。
ミーちゃんはゴホンと咳払をすると、じゃあ、と立ち上がった。
「レイコフ、この四人でアナクラシアへ行ってくる。問題ない?」
「……分かりました。必ず無事に帰ってきてくださいね、女王陛下」
「もうその呼び方は止めて」
ミーちゃんは頭をポリポリしながら、苦笑いした。
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