2-2 君にできること
二人が出ていった後。
保護魔術をかけてもらったルヴァイは、胃の痛みがなくなったようでホッとした顔をしていた。
「すごい、めちゃくちゃ楽になった。何でも食べれそう」
「………だめだよ」
そう言いながらもう一度ルヴァイの胃を魔術で分析する。
胃壁の損傷レベルは、もう貫通はしてはいないものの、深めに傷ついている。
確かに色価が通常の炎症とは違い、異様に鮮やかだ。
瘴気の癒着というのが起こっていると思うほうがいいだろう。
きちんと保護されているから、この様子ならきっと数日でかなり改善されるはずだ。
分析を終えて数値を記録する。
「………エリィ?」
「……ごめんね」
パタンと数値を記録したカルテを閉じる。
笑ってみたけど、苦笑いになってしまった。
「全部ルヴァイのせいにしちゃって、ごめんね。瘴気の影響、気づかなかったし……保護魔術も、できないし」
心配そうに私を見るルヴァイの視線を受け止めきれなくて、目を逸らす。
「もうちょっと、勉強するね」
自分の能力の無さに不甲斐なくなる。
知識だけあっても使えなければ意味がない。
そして、やるべきことが分かっていても、医療魔術ができなければ高度な治療はできない。
いつまで経っても自分の医師としてのレベルが上がらないことが悔しい。
大切な人なのに、私だけでは何もしてあげられなかった。
「……エリィ、この大学ってさ、色んな研究室あるよな」
突然ルヴァイが話を変えた。
キョトンとしつつも答える。
「そうだね……?」
「一人で全部の研究ってできないだろ?」
「まぁ……それは、そうだけど………」
「それから、大学の経理部もあるし、講師もいるし、エリィのような半分職業研究員もいるし、清掃員もいる。俺は前線の役割じゃなかったとしても、どの役割だってそれぞれ大事だと思ってる」
「……うん」
「何もかも一人でやるんじゃなくて、それぞれが得意なことをして、一人ずつでやるよりも大きな成果を出してるのが、こういう大学のような組織だ」
なんだか少し大きな話になってきて、少し頭を巡らせる。
「分担してやることで、個別でやるよりも、大きな成果が出る?」
「そう。だから、自分で何もかもできなかったとしても、色んな人の力を総合して大きな成果を出せるんだったら、もしかしたら何でも出来る奴より凄いかもしれない」
「………一人で、やるよりも……」
「それに、天才が一人いなくなってボロボロになるより、誰か一人欠けても残った者で何とかできる。俺はそういう組織のほうが好きだ」
そしてルヴァイはちょっと意地悪そうに笑った。
「最後の女王ミリアル陛下はまさにそんなんだったぞ?」
「っやっぱりミーちゃんって女王陛下だったの!??」
「良かった、さすがのエリィでも女王ミリアルは知ってたか」
「国で一番偉かった人ぐらい分かるわよ!!」
それがまさか友達だとは思わなかったけど。
そうか、女王ミリアル………
前王が早くに崩御し、3年ぐらい前から王位継承したミリアル陛下は、多くの臣下を味方につけると、さっさと国の政務を整理してポンと革命を起こしてしまった。
もちろんパパも革命家として頑張っていたけど、半分以上はこの王家とミリアル派の臣下の革命だったといっても過言ではない。
「………って、ミーちゃん普通に大学入学当初から大学にいたけど………」
「あぁ、最初は普通に身分隠して大学生してて、その後も王位継承したけど『我から青春を剥奪することは許さん』とか言ってうまいこと任せられること任せて大学行ってたね。半分も出席できてなかっただろうけど」
「だからあんまり大学にいないのか………」
色々謎が解けた。
そうか、ミーちゃん、頑張ってたんだな。
パパを迎えに行ったミーちゃんに思いを馳せる。
「………ミリアルは別に、国の財務部の仕事ができるわけでもないし、法律家でもないし、戦もできない女王だった」
ルヴァイはおもむろに私の手を取ると、優しく笑った。
「だけど、色んな人をうまく動かして、色んな成果を出してたよ。人に色々やらせて自分が果たすべき役割に集中したから、この国が大きく変わった今もうまく動いてる。素晴らしい働きをしたと思うよ」
「自分が果たすべき役割………」
医学が好きで、医療魔術が平凡以下の、私にできること。
目指していたのは何だったか。
私のような医者でも、処置できる医療行為を増やしたかったんじゃなかっただろうか。
「なんかちょっと、見えてきた気がする……」
「お、さすがエリィ」
「………私は医療魔術があまりできないから、医療魔導具を開発する。魔導具自体は作れないから、ルヴァイに作ってもらう。中に入れる魔術式が作れなかったらサミュエルに入れてもらって、出来上がった魔導具を国中にばら撒きたかったらミーちゃんの力を借りればいい……それでたくさんの人が救えるなら、それはそれで素晴らしいこと…だね?」
「うん、いいね。俺もそう思うよ。エリィは得意な医療魔導具の全体的な設計と検証をどんどんやったらいい」
そう言って同意を示したルヴァイは、何だか物凄く優しい顔をしていた。
「……なんか、ルヴァイって凄く達観してるよね」
「年の功とか言うなよ」
「っふふ、ルヴァイ、なんでそんな年寄り扱い嫌がるの?」
「…………これでも、エリィに釣り合うように必死なんだよ」
「えぇ!?」
まさかそんなこと気にしてたなんて。
嘘でしょうと思ったのに、ルヴァイが何だかむくれている。
本気か。
「あんなに釣り合うかとか金輪際気にするなって言ってたのに」
「……900歳差はどうやったって埋まらないだろ」
「見た目同い年ぐらいじゃん!」
「いつまでも気は若いと信じて生きてきたけど、最近ちょっと自信ないんだよな」
「ほ、ほんとに……?」
「胃が痛いとか泣き言言っちゃったし」
しゅんとした様子で俯いたルヴァイにちょっと慌てる。
まさか、あの自信満々なルヴァイが自信を失うとか!!
これは……これは何とかしなければ!!
「え、ええと、ルヴァイ……その、とっても若々しくてカッコいいと思うよ?」
「……でも中身はジジイだ」
「そんなことないから!」
「本気で言ってる?具体的に言えないだろ?」
具体性か、えぇと……
「ル、ルヴァイは、優しいし、一緒にいて楽しいし、美味しいお店連れてってくれるし、悩んでたら助けてくれるし……話すテンポも楽しいし、魔導具の話してても楽しいし、ちょっと意地悪だけどそれもまぁ、楽しいし……その……頭撫でたりとか、してくれるし………」
ルヴァイは俯いたままだ。
えっまだダメ……?
ど、どうしたら。
でも、話してて思ったけど。
歳関係あるか?
「………正直、歳関係なく好きだよ?」
そう言ってルヴァイの顔を覗き込んだら、全然しゅんとしてなかったし、少し悪戯っぽく、嬉しそうに笑っていた。
「っちょっと!?もしかして凹んだふりしてた!?」
「ふふ、ごめん、でも」
そう言うとぐっと私を抱き寄せて、気が抜けたように息を吐き出した。
「……やっと好きって言ってくれた」
「っえ?」
そう言うとルヴァイはゆっくり私の顔を覗き込んだ。
「もう一回言って?」
「えっ……え!?」
「好きだよエリィ」
熱を持ったほんのり紅い瞳が、とろりとした光を宿して私を見ている。
優しく頬を撫でられると、ふわふわしてきてしまう。
だめだ、私は、このルヴァイにとことん弱い。
ふわふわしたまま口を開く。
「わ……私も……」
「ダメ、ちゃんと教えて」
とろりとした視線が絡む。
吐息のかかる距離でルヴァイがじっと私を見ている。
「エリィ」
「……す……きです……」
「ん、もう一回」
「……すき、ルヴァイ」
「うん……俺も好き」
ふっと嬉しそうに笑ったルヴァイは、そのまま優しく私に口付けた。
啄むような可愛いキスに、何だかくすぐったくなってきて、クスクス笑い合う。
なんかいいな、幸せだなーー
「エリィーーー!!!一大事だとぉーーー!???」
バーーンとドアをぶち破るようにパパが部屋に入ってきた。
そして顎が外れそうなほど口をあんぐり開けて固まった。
沈黙ののち、一拍置いてスルスルとドアを閉める。
そして、優しくトントンとドアをノックする音が聞こえた。
「エリィ〜!入るよ〜!」
「っっ遅いわクソ親父ぃぃー!!!」
こうして二度目の父親登場も、煩い親子の叫び声により研究棟に知れ渡ることになったのだった。
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