1-13 入院病棟
「……う、ぐ………」
「我慢しろ。俺の魔術で保護されてなければもっと痛い。感謝するんだな」
大学病院の病室。
サミュエルがルヴァイの胃の治療をしている。
残念ながら私にはそんな高度な医療魔術はできないからお願いするしかない。
一通り処置し終わってぐったりしているルヴァイの額の汗を拭く。
「エルリーナ数値はどうだ」
「魔力値は順調に回復。ほか数値も安定してるけど、魔族の血の影響なのか、発熱があるし体力の消耗が激しい。数日は動かないで、ちゃんと休まないとね」
「分かった、後は任せる。俺の処置はこれで完了だ。出血部位は全て圧迫して完全に止血、保護した。物凄く消化のいいものなら食べていい。万が一再出血したら教えろ。出血部位の保護魔術は5日ぐらいで消える」
見えない部位への処置があっという間に終わってしまった。
本当に手際が良くて感心する。
「やっぱり医療魔術はすごいね……」
「当然だ」
「なんか悔しいな……」
「………魔導具の使用が進んで処置できる者が増えれば医療の水準も上がる。それも大事な仕事だ」
「珍しい、うちらの研究応援してくれるんだ」
「……当たり前の事を言っているだけだ」
あの後、担架でルヴァイを敷地内の大学病院まで運んだ。
通常は手順を踏んで受診になるはずなのに、何故かそのまま個室病室に運ばれ、そのまま治療を任された。
症例が特殊すぎるかららしく、ミーちゃんの指示に従うようにと。
みんな医師免許あるからいいんだけど。
ミーちゃんの権力が怖い。
事後処理があるからと席を外していたミーちゃんが、疲れた様子でガチャリと扉を開けて病室に入ってきた。
「やれやれ……学長が真っ青になってたよ」
ルヴァイの横にドサリと座って眉間をぐりぐり揉んでいる。
「レミィは……どうなったの?」
「……あそこまで大事になると、庇い切れなかった。人ひとり死にそうになったし、一般人とはいえルヴァイは元王族だ。影響がでかすぎる」
ふぅ、とため息を吐いたミーちゃんは、いつもの軽い雰囲気ではなくて、なんだか妙に威厳のある雰囲気だった。
「おまけに迎えに来た父親も不味かった。何故か逆に慰謝料を取ろうとして学長に詰め寄って……結果、多額の借金や後ろ暗い詐欺まがいの事例まで発覚してしまった。二人とも、まずは牢屋に入って調査だろうな」
「牢屋………」
「普通に傷害罪、詐欺罪だ。余罪もあるかもしれない。大人であれば当然だ。エリィが気に病む事は無い。責任は取らなければならない」
静かに告げたミーちゃんは、少し黙ると、困ったような顔で笑った。
「……ごめんね、レイミリアが逆上することをもっと想定するべきだった。私にも責任がある」
「え!?そんなわけないでしょ!!?」
「でも………った!何すんのよサミュエル!」
「阿呆が。汚いことをした本人に咎が下っただけだ」
「だけどさ!」
「やり方が不味かったのなら、俺も同罪だ」
「……あんたは被害者でしょ」
「……………お互いエルリーナが陥れられてるのが我慢ならなかっただけだろう。友人なら当然だ」
まさかサミュエルに友人認定されているとは思わなくてビックリしてサミュエルを見ると、フィと目を逸らされてしまった。
「とにかく、処置は終わった。暫く安静にして消化のいいものを食べさせろ。薬の処方はエルリーナに任せる」
「わかった……ありがとう」
お礼を言ったら、やっとサミュエルが私をちらりと見てくれた。
その顔になんだか違和感があった。
よく見たらメガネが無い。
「メガネどうしたの?まさか、鉄の柱の落下で石とか飛んできて壊れちゃった……?」
「……別件で壊れた。伊達だったから大して問題ない」
「そうなんだ?」
私をじっと見たサミュエルは、視線をずらすと、じゃあ、と背中を向けてドアをガチャリと開いて、何かを思い出したように立ち止まった。
「論文だが」
「あ、論文ね!ごめん、全部読んだよ」
「わかった………次からは渡さないから、自分で探せ」
「え?うん、分かった……」
特に問題はないけれど。
なんかちょっと変だ。
どうしたんだろう。
そのままサミュエルは病室を出ていってしまった。
「………ったく、ほんと、バカだなサミュエル」
「えぇ?」
ミーちゃんがやれやれと立ち上がった。
「エリィ、ルヴァイの瘴気も完全に落ち着いたし、後は胃の治療だけだから。ここからはエリィに任せるね〜!サミュエルは、もうほっといたげて」
「うん?わかった……」
「じゃあ、また来るね。よろしく〜」
そう言うとミーちゃんも病室から出ていってしまった。
静かになった病室に、ルヴァイの少し苦しそうな呼吸だけが響く。
処置したばかりで辛いだろうけど、もう少しで落ち着くはずだ。
もう一度数値を確認して、記録をする。
もう少し状態が落ち着いたら服薬も開始しよう。
「……エリィ」
「ん?どうした?苦しい?」
薄く目を開けたルヴァイが、少し掠れた声で口を開いた。
「この国に……革命は、必要だった」
しん、とした空気が、病室を満たす。
「『魔王』の強い力を持つ王家の力は強かった。他国から攻められることも無ければクーデターが起こることもなく、ずっと王政を敷いてきた。だが、発展した文明に対応した地方自治をしていくのに、王家以外の力が弱すぎた。腐った者を排除し、民の幸福を実現するには、民主主義となり能力がある者での自治をしていくことが、この国には必要だった」
ルヴァイは少し悲しそうに細めた目で、私を見た。
「……レイミリアの家のような没落貴族は、生まれるべくして生まれたんだ。だから、エリィが気に病むところじゃない」
「………」
「……友達を奪って、ごめん」
「ルヴァイのせいじゃないでしょ」
ふふ、と笑ってベッドの横にしゃがみ込み、目線を合わせてルヴァイの前髪を整える。
まだ熱が高いようで、額が熱い。
「エリィ」
「はいはい」
「……俺には甘えていい」
ルヴァイの熱い手が優しく頬を撫でる。
「エリィの弱いとこちゃんと見せて」
「……………」
思わずぐっと力を入れていた身体の力が抜けて、動揺する。
「入院してる人に甘えるとか……」
「俺は心は元気だから大丈夫」
「…………」
優しいその表情にうっかり解されてしまって、結局ポロリと涙が溢れてしまう。
「…………レミィが」
「………うん」
「……レミィが、あんな風に思ってたなんて、思わなくて……ショックだった」
「そうだね」
頬に触れる優しい手に、自分の手を重ねる。
「でも……ルヴァイが捨て身で私を助けた事のほうがショックだった。私がその原因を作ってしまったことも」
はっと目を見開いたルヴァイの顔が、涙でぼやけていく。
「今度は、絶対に……一緒に、おじいちゃんおばあちゃんに、なろうよ」
「思い……出したの?」
「少しだけ……ぼんやりとだけど」
窓から見える高い山々、真紅の目のルヴァイ、一緒に暮らしていた山の館。
夕闇の中、指に浮かんだ紅の模様。
ルヴァイとじゃれ合った光景や、何故かルヴァイがいない、穏やかな日常も。
それから、随分古い建物と、ルヴァイとのケンカや悪戯に、紅く染まった大地と魔族。
私を看取る、ルヴァイの寂しそうな顔。
断片的に、ぼんやりとだけど。
いつもあなたを探していた、そんな気がする。
「もう使ったらだめだよ、魔法」
「………うん」
少ししてぐっと抱き寄せられて、ぱたりと倒れこんだ。
横になるルヴァイの肩口に顔をうずめる。
涙がルヴァイの服に吸い込まれていく。
「魔法、使わせて、ごめんね」
「……俺も使ってごめん」
「助けてくれて、ありがとう」
「それ俺の台詞じゃない?」
なんだかおかしくなってきて、一緒に笑う。
「ルヴァイの魔力、私の身体に入ってて良かった」
「まさかこんな風に使うことになるなんて思わなかったな」
「私も」
「エリィの魔力も俺の身体の中にあるから、逆もいけるね」
「前世では逆はなかったよね!?」
「多分瘴気を封印してなかったから、あっという間に瘴気と反応して消えてたんだろうね」
「あぁ……なるほど……」
ルヴァイが納得する私を見て微笑みながら、少し動いて私の顔を覗き込んだ。
「あのさ」
「うん?」
「……俺、900歳とちょっとの爺さんだけど、嫌じゃない?」
「全くそんな風に見えないからなんの問題もないでしょ」
「ほんと……?」
不安げな様子が面白い。
まず、爺さんという単語が似合わない。
面白くなって笑ってしまった。
「これから一緒に、同じように歳取るんだし。それでいいじゃない」
「………うん」
ほんのり紅い目が、優しく細められる。
「エリィ」
「うん?」
「歳取って、寿命で死ぬまで……ずっと一緒にいてくれる?」
「ふふ、うん、いいよ」
「………意味わかってる?」
「ん?意味?」
「プロポーズだけど」
「……………………プロ!?」
焦って顔を上げる。
「早くない!?」
「前回死別してから100年ぐらい待ったし、エリィも前世の記憶あるんだし、全然早くない」
「いや今の人生だと恋人同士になってまだ2日?3日?ぐらいだよ!!」
「別にいいじゃん、今世でもお互い大人だし。なんの問題もない。元々夫婦だし」
「いや、今!今は違うでしょ!!」
「……もう呪いも解けたから、爺さんとは結婚したくない?」
違うそうじゃない。
おかしな方向に話が進んで頭を抱える。
ルヴァイはじとっとした暗い目で私を見つめているが、熱に浮かされておかしくなってるんじゃないだろうか。
確かに前世とか前前前前前前前世ぐらいでも夫婦だったみたいだけど。
だからっていきなり夫婦とか違うんじゃないかな。
だって、私だって。
恋人同士の期間ぐらい楽しみたい。
あぁ……そっか。
「あのね」
「…………」
そんな悲しそうな顔で見ないでほしい。
そして恥ずかしい。
でも。
ちょっと顔が熱くなってしまって、顔を見れずに俯く。
「……私、ルヴァイと……その、年相応に、恋人同士みたいに、過ごしてみたい」
そう、いきなり慣れ親しんだ夫婦になるんじゃなくて。
「待ち合わせして、ルヴァイ一緒に出かけたり……とかさ………け、結婚だって……できればその、もうちょっと、ロマンチックな感じでしたいなとか………」
乙女な要望に赤面するしかない。
もう恥ずかしすぎて涙目だ。
赤くなった頬に手をやる。
どうだろうか。
駄目だろうか。
「ふ、夫婦になるのが嫌じゃなくてさ!その、ルヴァイとの恋人期間も楽しみたいから!!」
恥ずかしすぎる。
恐る恐る顔を上げると、赤い顔をしたルヴァイとパチリと目があった。
……目よりも赤いかも、と思ったところで、ぐいっと顔を胸元に押し付けられた。
「ぶっ!ちょ、ちょっとルヴァイ!」
「うるさい。分かったから」
「何が!」
「……年相応」
ちょっと待ってくれるということだろうか。
とりあえず、ホッと胸を撫で下ろす。
「………エリィのせいで熱上がった気がする」
「ふふ、ごめんね。胃の調子はどう?」
「正直めちゃくちゃ痛い」
「だよね。そろそろお薬飲もうか」
笑いながら顔を上げたら、そのまま同じように笑っていたルヴァイに捕まって。
優しく唇が重なった。
そしてまたクスクス笑いながら、こうして一緒にいられることの幸せを噛みしめる。
そう、こうやって笑いながら、じゃれ合いながら。
同じように歳を重ねよう。
ほんのり紅い目の、魔王なあなたと一緒に。
読んで頂いてありがとうございます。
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「へぇ……恋人らしいことね?」と妄想を膨らませたあなたも、
「サミュエルたんー(;_;)!!」と涙したサミュエル派のあなたも、
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