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1-12 紅と記憶

本日連投してます!

「ふぅ、落ち着く」


着慣れた白衣を羽織って髪をいつものように結んだら、なんだかホッとした。

素敵な格好もいいけど、やっぱり私はこっちだな。

さっき買ったペンを胸ポケットに入れる。

シンプルで控えめなデザインだけど、実はルヴァイとお揃いだ。

なんだかちょっと嬉しい。


朝ごはんを食べた後、どこに行く?ってなったけど。

結局行った場所は本屋に文房具屋に骨董魔導具の店。

これ、おしゃれする必要あった?と笑ってしまった。

ルヴァイは、私が満足したならそれでいいって言ってたけど。

多分、等身大の私はずっとこのままなんだろう。

ルヴァイがそれでいいっていうなら、それでいいんだろうな。

なんだか妙にストンと納得して、心が落ち着いた。

不思議とレミィに言われた言葉ももう辛くない。


ルヴァイが前に言っていた、しなやかな強さというのが少しわかった気がする。

一人で強がっているだけじゃなくて。

誰かと一緒に強くなることも、できるみたいだ。


窓の外を見る。

ピカピカの晴れ。

気分も晴れやかだ。


「よし!今日も頑張ろう!」


いつも通り部屋を掃除して、嫌がらせボックスのゴミを分別して、今日捨てるゴミをひとまとめにする。

このゴミ捨てだけちょっと面倒なのだけど。

よいしょよいしょとゴミ捨て場へ運ぶ。


昼下がりの青い空が、敷地内に列をなして植えられた高い木の間から見える。

医療棟の目の前にある別の校舎は改築中だ。

工事中の校舎脇にあるゴミ捨て場にゴミを捨てる。

カンカンカン、と金属を叩く音がこだまする。



「………なんなのよ」


不意に苛つきを孕んだ声が聞こえて振り返った。

レミィが険しい顔で私を睨んでいる。


「レミィ……?」


「あんた、なんなのよ!」


「っえ!?」


火の玉が飛んできて、慌てて風の魔術で防ぐ。


「っちょっと、レミィ!こんなところで」


「煩いわね!庶民が調子に乗って、この恩知らず!顔でも腕でも火傷すればいいのよ!死ねばいい、この大女!」


恩知らず。大女。死ね。

何度も目にした言葉がレミィの口から紡ぎ出されてハッとする。


そんな、嘘だ。

レミィが、そんなこと。


ショックを受けた私を見て、レミィは口元を歪めて笑った。


「あら、気付かなかったの?そうよ、あんたの部屋に仕掛けた嫌がらせ、全部私がやらせたのよ。友達面してわかってるの?あんたの父親のせいで、私の能無しのクソ親父は職なしよ。貴族籍が無くなって父親が大した職にもつけず、金もなくバカにされてる私の気持ちがわかる?今まであんたみたいな子と仲良くしてあげたのに。ルヴァイまで自分のものにして、この強欲女」


声は耳に入るのに何を言われているのか分からない。

貴族籍が無くなって……?

職に、就けない?


「……貴族籍が無くても、領地経営の手腕があれば、各地域の行政部で重役につけるはずだけど……」


「バカね、重役についたのは昔からいた執事よ!パパは遊んでばっかりだったんだから、そんな役に就けるわけないじゃない!」


「……え?」


それは、領主の仕事をしていなかったと言うこと……?

信じられない気持ちで呆然としていると、レミィがまた火の玉を投げてきた。

何とか宙へ起動を逸らす。

キャア!という声が聞こえる。

まずい、こんな人が多いところで誰かに当たったりしたら……


「レミィ!だめ、やめて!誰かに当たったりしたら取り返しがつかないし、レミィも退学になるよ!」


「っさいわね!!あんたのせいでクラスの子にも敬遠されて、もう居場所なんてないのよ!!」


そう言うとレミィは複数の火の玉を呼び起こした。


「一応貴族の血だからね、これぐらいはできるのよ。魔術部でもよかったかしら?」


火の光にゆらゆらと照らされるその顔は、授業で顔を合わせるレイミリアの顔とは思えないほど、愉悦に歪んでいる。

レイミリアは、クスクス笑った。


「まぁいいや、もうこんな学校辞めてやるわ。最後に、醜く火傷したあんたの顔拝んでからね」


「……っ」


ゴウ、と火の玉が目の前に迫る。

まだ、これぐらいなら……!

不得意ながらも、必死で最大限の風の魔術を呼び起こし、火の玉の軌跡を誰もいない宙に向ける。

ジリ、と前髪が焼ける。

なんとか、全部避けきった……?


頭上で、聞き慣れない、ガランという金属音が聞こえて顔を上げる。


工事現場の、数本の太い柱が、頭上にガラガラと迫るのが見えた。


あぁ、これは、避けられないななんて、可笑しいぐらい他人事の考えが頭に浮かんで。

もうちょっと、ルヴァイと一緒にいたかったなって。

目の前に迫る大きな柱に、なんだかルヴァイの顔が見えたように思った。



パチン、という音。

続いて、ガンガンガラン、という鋭い轟音。


しっかりとした、ほっとするような、腕の感触。



恐る恐る目を開くと、びっくりするほど真っ赤な、血のように真っ赤な、真紅の目と目があった。



瞬間、脳裏にいくつもの光景が浮かび上がった。



ーそんなクズ男のために、なんで悪者役になるんだよ

ーまぁいいや……悪女ね。教えてやるよ。覚悟はいい?

ー次、俺の目見て

ー大丈夫、十分悪女に見えるよ。

ー……かけるよ、魔法



自分じゃない、でも自分の目で見た、ルヴァイとの記憶。



「大丈夫?」


「だい、じょうぶ……」


見ると、さっきまで立っていたゴミ捨て場の前には大きな鉄の柱が数本地面に落下したようで、地面が抉れて土煙が上がっていた。

建設用の釣り上げられた鉄の柱のようだった。

焼き切れた紐が宙に垂れ下がっている。

あのまま、あの場所にいたら死んでいただろう。


真紅の目を光らせたルヴァイが、優しく微笑んでいる。


「ルヴァイ……?」


「よかっ………」


そのままルヴァイは、ずるりと傾き、膝をついた。


「……っが、はっ……」


ルヴァイの口から、鮮血が溢れ出した。


そのまま地面にどさりと崩れ落ちる。



「ル…ヴァイ……?」


「っクソ、エリィ!喀血だ!気道確保!!」


はっと理性が戻ってきて、何度もこれまでやってきた通りに、応急処置のために手を動かす。

私に指示を飛ばしたミーちゃんが猛ダッシュで何かを取り出しながらこちらに走ってくる。


「解毒剤を注入する!エリィ、解析!急げ!」


「……っ全身解析!」


私が唯一得意な解析の魔術を始めたすぐ横で、ミーちゃんが素早く魔術式を展開してルヴァイに何かの薬を投与する。

見たことがない薬。

これは、何?


「わ、わたしの、せいじゃ……!」 


取り乱したレミィがこちらに近寄ってきたが、突然現れた強そうな人たちに阻まれる。

ミーちゃんが厳しい顔で治療しながらそちらには目を向けず鋭い声を飛ばした。


「護衛、レイミリアを確保。学長に知らせて対応して。―――エリィ、結果読み上げて!」


「……胃壁損傷3箇所、上部特に出血多量、ほか臓器は損傷無し!」


ミーちゃんに続いて駆けつけたサミュエルも魔術式を展開する。


「止血、粘膜形成、バリア……胃壁保護完了、エルリーナ輸血要否は」


「このまま出血止まれば輸血までは……」


「エリィ、魔力値は!?」


「魔力値!?」


さっきの転移のような移動はかなり魔力を消費するんだろうか。

魔術部のルヴァイの魔力は、私達よりずっと多いはず。

疑問に思いつつ魔力値を測って、その数字に目を見張った。


嘘だ。

そんな、まさか。


「エリィ、魔力値!早く!読み上げて!」


「魔力値……3……」


サミュエルが目を見開いて私を凝視する。


通常、魔力切れを起こしても、数値は20程度……酷くても15ぐらいだ。

魔力値が10を切ると、通常はそのまま回復できず、死亡する。

魔力を体内で作るのにも微量の魔力を使うからだ。

他にも生命維持で魔力を使うから、追加で魔力を作り出せず意識が戻らなければ、死を待つのみとなる。


「………だから、古代魔法はもう使うなと、あれほど………」


ミーちゃんがギリ、と手を握りしめる。

サミュエルが目を瞑り重く息を吐き出してから、ミーちゃんに問いかけた。


「………諦めるな。まだルヴァイは生きてる。ミリアル、この症状はなんだ?突然激しい魔力切れになる症例など初めて見た」


「………………瘴気だ」


「瘴気……?」


ルヴァイの紅い目を思い出す。

そう、私は、知っている。

あの瞳は……


「まさか、ルヴァイは……」


驚愕で目を見開いたサミュエルの言葉に、ミーちゃんは重苦しく口を開いた。


「……そうだ。ルヴァイ・エラナリア……ルヴァイはこの国の、旧エラナリア王国の、本物の『魔王』だ」


「なん、だと……待て、『魔王』は不死身だっただろう?それがどうして……」


「ルヴァイを不死身にした魔族の呪いはエラナリア王国と一体だった。王家が一般民となり、事実上エラナリア王国は滅んだという解釈となって、不死の呪いは解けた。だから、ルヴァイはもう普通の人間だ。……本来は、呪いが解けた時点でルヴァイは死ぬしか無かった。身体に蓄積した瘴気と身体に入り込んだ魔族の血は、呪いを受けた時点で、致死量だったんだ」


「致死量の……瘴気と、魔族の血………だと……」


サミュエルが呆然とした様子で呟く。

ミーちゃんが、手を握りしめたまま、苦しそうに話し続けるのを信じられない気持ちで聞く。


「………解呪される前に、瘴気の毒性を封じ込める解毒薬を魔術と組み合わせて投与し、体内の瘴気がずっと無毒になるように処置して、魔族の血の力も封印していた。恐らくルヴァイは、魔族の血の封印を自ら解いて無理やり体内の瘴気を開放し、古代魔法を使ったんだ………古代魔法さえ使わなければ、このまま瘴気に毒されることも、なかったのに……」


「瘴気の毒性は」


「体内の魔力を吸着して消費し、遥かに強い力を生む。その力は殆んど魔族の力だ。ヒトの身体では魔族の力は強すぎて耐えられない。……魔力の枯渇と胃壁の損傷はこれが原因だ」


「……再び瘴気を無毒化できないのか」


「さっきの処置で再び無毒化済みだ。魔族の血も予備の魔術式で再び封印されている……だが、既に殆どの魔力が瘴気と反応して、消えてしまった」


「……………魔力供給の適合者は……」


「………万一のためにと調べていたが、900年以上前に生まれた男と適合する魔力の持ち主など、いなかった」


「………………」


ルヴァイの顔は、生気が無く、青白い。

さっきまで優しく抱きしめてくれた腕には、もう一切力が入っていない。

信じられない思いで、その顔を見つめる。


ついさっきまで、一緒に街を歩いていたのに。

この後、また歴史の勉強を教えてくれるって言ってたのに。

また、魔導具に魔力を流す練習を、一緒にしようって……………



はっとした。


魔導具に、一緒に魔力を流した時。

その後、魔力を交わしながら手を握って名を呼んだ時。

ルヴァイの温かい魔力は私の身体に馴染んで……今もまだこの胸の中にある。


ルヴァイの手をバッと握る。


「私の体内のルヴァイの魔力を注入する。ミーちゃん、問題が起こらないか状態解析して」


「は!?体内に別人の魔力を貯めておけるわけが―――」


「特別なの!私は……」


薬指の紅い模様をルヴァイの指に絡めるように、ルヴァイの手を握る。

それを額に当て、祈るように心を鎮める。


「私は……ずっとルヴァイと呪いで繋がってきた……ルヴァイの妻の、転生者だから」


ミーちゃんがはっと息を呑むのが聞こえる。


そう、私はずっと、ルヴァイを追いかけてきた。

何度も何度も、あなたに会うために。


思い出せ。

魔力を流す、あの感覚だ。

大丈夫。

私は、復習は、得意だ。


ゆっくり、ゆっくり。

暖かく、流れるイメージで。


私の魔力と混ざり合うルヴァイの魔力を、ゆっくりゆっくり、ルヴァイの体内へ流し込んでいく。


ふわりと手が暖まり、それがルヴァイへ移っていく。


「……魔力値、2」


ミーちゃんが読み上げる魔力値が下がっている。

焦る気持ちを鎮める。


「……ルヴァイ」


優しく名を呼ぶ。

ルヴァイの身体へ流れた魔力が、ルヴァイを温める。


「……魔力値、4!」


混ざり合う魔力が名を呼ぶと熱を持つのが分かる。

うまく反応してルヴァイの身体に馴染むようにと、握る手に祈り、語りかける。



「一緒に歳取るんでしょ、ルヴァイ」



人に頼ることを教えてくれて。

誰かに甘えることを教えてくれて。

私にしなやかな強さを教えてくれて。


今なら分かる。

出会う前から、ずっと、見守ってくれていたんでしょう?


遠い遠い、おぼろげな記憶だけど。

あなたは私を見つけるために、この薬指に魔法をかけた。

そして、今まで生きてきた。

たった独りで。


今の私があなたに何をしてあげられるかは分からないけれど。

それでも、これからは私が、あなたに何かしてあげたかったのに。



お願い、帰ってきて。



紅い模様が入った指をルヴァイの指に絡めて手を握り、祈る。


何年も、何百年も、待ってきた。

私達はこれから、一緒に時を刻むんでしょう?


また一緒に授業を受けて、

一緒に研究して、

夜な夜な乾杯しようよ。


―――復習だ、エリィ。得意だろ?


放課後、一緒に過ごしたあの時を思い出す。


そう、大丈夫。

きっと一緒に。


同じように歳を取って、同じように皺を刻んで時を重ねて。


穏やかな老後を、一緒に過ごすんだ。


そうでしょう?



「ルヴァイ……早く起きなよ」



ぎゅっと手を握る。

やっと、やっと一緒に、時を刻めるんだ。

だから。

だから、起きて。


「早く起きないと、ルヴァイの秘蔵のロッケリーニ、飲んじゃうよ?」


「…………ダメ」


弱々しい掠れた声が聞こえて。

はっとしてルヴァイの顔を見ると、薄く開かれたほんのり紅い目が、私を見て柔らかく微笑んでいる。


「俺のこと、呼ぶのうまいね、エリィ」


ふわりと私の身体にあるルヴァイの魔力が熱を持つ。

私はなんだか懐かしい気持ちで、ルヴァイに微笑んだ。


「……二度もあなたの妻を経験したんだから、何でもわかるわよ」


びっくりしたルヴァイの顔が面白くて。


私はそのままルヴァイに、ギュッと抱きついた。


読んで頂いてありがとうございます。


いいねブックマークしてくださった方ありがとうございます!

とても嬉しいです!


なんと前世を思い出したエリィちゃんです。

「うおぉーよかったー!!」と思ってくれた方も、

「ついに……900年が報われるのか!?」と手に汗握ってくれた方も

ぜひブックマーク、

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