1-11 老化予測
朝。私の寮の部屋。
ミーちゃんに突然叩き起こされた。
「おはよう!さて、今日は私に付き合ってもらうよ!」
「は!?」
混乱の中、朝ごはんも食べれないままズルズルと連れて行かれる。
「待って待って、どこ行くの!?」
「あたしんち!」
「ミーちゃんち?」
「うん。近いし。手っ取り早くエリィを可愛くするならウチが一番楽だから」
「可愛く???」
そうして引きずられるがままに敷地を出ると、ピカピカに磨かれた、見るからに高級そうな馬車が待っていた。
もちろん御者さんがいて恭しく頭を下げている。
「何この馬車!?」
「ウチの馬車だよ〜」
「は!?」
「さぁさぁ乗りな。ルヴァイもいるよ」
言われるがままに乗り込むと、本当にルヴァイがいた。
ちょっと眠そうだ。
「どうせルヴァイは面倒くさがって馬車とかあんまり乗らないからつまんないんでしょ」
「…………うるさい」
何を言っているのか全く分からない。
そのまま座席に座る。
……ふわっふわだ。
「ルヴァイはね、馬車は遅いって、いつも魔道具の乗り物に乗ってるのよ。最近砂の国の砂漠用に発明された乗り物らしいんだけどさ。普通の人は魔力量が足りなくて乗れないから、あんまりこの辺だと走ってないかな?今日は私がいるから、そっちはまた今度乗ってね〜!」
「??!!?」
「さあ行こうー!」
ミーちゃんはさも当然な様子で、楽しそうにしている。
「………二人とも、もしかして、元貴族だったの?」
「あれ?言ってなかったっけ」
ミーちゃんは眼鏡の奥で綺麗な碧眼の目をパチパチさせた。
「ウチら元王族だよ?」
「…………………………………………………は?」
ルヴァイを見ると、何だか拗ねたようにプイっと窓の外を見てしまった。
え?どういうこと?
「おうぞく?」
「そう、王族。」
「おうぞくって、あの、王に族?」
「そう、その王族」
「王様とかお姫様とか、お酒に弱いナリザス王とか、そういう王族?」
「そうそう、その王族」
「ミーちゃんが?」
「そう、ミーちゃんが」
「ルヴァイも?」
「そうよ!なんたってルヴァイは王族も王族、なんと900ーー」
「止めろミリアル」
ピシャリというルヴァイの声に、むう、と口を尖らせたミリアルは不満そうだ。
「むしろ何でまだ言ってないの」
「………そのうち言う」
「……………エリィがいくら歴史が苦手だからって、そろそろ誤魔化せないと思うけど」
「…………後でちゃんと言う」
「まぁ、いいけどさ」
やれやれとため息をついたミーちゃんは、呆然とする私の顔を見て、ほんのり寂しそうに笑った。
「エリィ、何となく、距離を感じちゃうかもしれないけどさ。よかったら……今まで通り仲良くしてくれる?」
はっとした。
そうか、ミーちゃんは。
ずっと普通がいい、普通って素晴らしいって言っていた。
細かいことは分からないけど。
でも。
これだけはわかる。
ミーちゃんは、本当に、今まで通りの『関係』がいいんだ。
「………じゃあ、お言葉に甘えて、ずうずうしく今まで通り普通にしていい?」
いたずらっぽく笑うと、ミーちゃんは少し目を見開いたあと、凄く嬉しそうに笑った。
「うん、普通にして!気楽にねー!」
嬉しくなって笑い合う。
ふとルヴァイの方を見ると、めちゃくちゃ優しい顔でこっちを見ていた。
不意打ちはやめてほしい。
うっかり顔が熱くなってミーちゃんに助けを求めたら、ミーちゃんのほうはめちゃくちゃニヤニヤしていた。
やめてくれ。
どうしょうもなくなって顔を覆ったら馬車が止まった。
助かった。
「はい着いた!おりますよー!」
ぴょんとミーちゃんが降りていく。
「……お前はまだそんな子供みたいな降り方してんのか」
「面倒なんだもん。いいじゃん、もう王族じゃないんだから。一般ピーポーでしょ。」
「見苦しい」
「うわ、これだからジジイは」
パキン!と何かが割れる音がした。
「やっば、エリィ、先に準備してくるね!」
「え、うん……わ、分かった………」
ミーちゃんが走り去る。
ルヴァイが怒ったんだろうか。
先に降りたルヴァイの背中から、はぁ、とため息が聞こえる。
振り返ったルヴァイは、なんだかちょっと寂しそうな顔をしていた。
「はい、降りれる?手掴んで」
そしてルヴァイは流れるように、普通に美しく手を差し出した。
何というスマート。
何この身のこなし。
まじか。
本当にこの人元王族か。
呆然とその手を取る。
「……何。エリィまで俺のことジジイっていうの」
「え、いや、なんか……リアル王子様みたいで……あ、いや、王子様だったの?」
「……………」
目をパチパチさせたルヴァイは、何だか嬉しそうにはにかむと、手を取り馬車を降りた私の手の甲にふわりと口付けた。
「そうだよ。まぁ、ずっと前だけどね」
そのあまりにも自然にやってのける様子に呆然とする。
頭がついていかない。
ルヴァイはそんな私を見て吹き出した。
「エリィすごいアホ面だぞ」
「……っあ、当たり前でしょう!」
やっと思考が戻ってきた。
危なかった。
ルヴァイは可笑しそうに笑うと、少しだけ真剣な顔で私を見た。
「また釣り合わないとか、私なんてとか言うの、ナシだからな」
はっと息を呑む。
確かに、このままだと、間違いなくそう思っていた。
でも、さっきのミーちゃんは、どうだった?
ルヴァイはほんのり笑うと、私の手を引いた。
「とりあえず、まずは見た目なんてどうとでもなることを学んでもらおうか」
よく見たら、めちゃくちゃ立派なお屋敷だ。
その中に手を引かれて入る。
「え?ここ、どこ??」
「だから、ミリアルの家」
「え!?」
ドーンという効果音とともに現れそうな立派な大きなツボになんか高そうな花とか木の枝とかが上品な感じで刺さっている。
そして執事って感じの上品なお爺さんが頭を下げた。
いらっしゃいませ、ご準備できています……とかなんとか言って連れて行かれたその場所には、立派な重厚感のあるお部屋に洋服やら靴やらが並んでいて、お手伝いさんらしき人も数人控えていた。
「ルヴァイ様!お久しぶりですわね!こちらのお嬢さんどうなさいます?」
「とりあえずお顔マッサージしますね!!」
そう言ってあれよあれよという間に寝かされ、ホットタオルを顔に載せられ、なんか顔どころか手足までマッサージされ、あぁ気持ちいい……
と思っているうちに着替えさせられた。
ちゃちゃっと顔も頭もメイクされて鏡の前に立たされる。
誰これ。
「うん、いいじゃん」
ひょっこり鏡の中に現れたルヴァイが私の隣に立って肩を抱く。
コン、と頭を横にして私の頭とくっつけると、ニヤリと笑った。
「ね、釣り合うでしょ?」
「…………そう、かも」
「見た目なんて手間と金かければどうにでもなるんだよ。ちゃんとした貴族ならそんなの百も承知だ。釣り合う釣り合わないなんて低俗な話題出すやつは逆に敬遠されるだろうね」
なるほど、確かにそうだ。
青みがかったグレーの柔らかなノースリーブのシャツは滑らかで、私の細くて長い腕がスラリとしてきれいに見える。
ややタイトなスカートには大きめにスリットが入っているけど、全体的に上質な雰囲気で媚びた感じは一切無い。
華奢な金のリングに、小さなルビーの入ったネックレス。
いつも適当に束ねていたワカメのようなウネウネの黒髪は、豊かにサイドに流されて艶々だった。
「こうして手間ヒマとカネをかければ見た目はどうとでもなるけどさ。大体あっという間にみんな中年になってすぐ年寄りになるのに、見栄えばっかにこだわり過ぎなんだよ。とりあえず清潔だったらそれで十分だろ。見栄えばっかで中身空っぽじゃ意味ないから」
「そ、そうだね……」
何だろう。想像以上に達観している。
でも、そうなのかもしれない。
美しさっていうのは、単純な見栄えだけじゃない。
歳をとるごとにその人の人生が映し出されるものだ……だから美しく生きなさい。
しばらく会っていないどこかの国にいるお母さんが、そう話していたのをふと思い出した。
「おぉー!すごいじゃんエリィ!これぞ魔王を手玉に取る悪女って感じだね!」
突然謎の美人が部屋に飛び込んできた。
プラチナブロンドのつやつやの髪を靡かせた、碧眼の大きな目の女の子。
めちゃくちゃかわいい。
そして胸がデカい。
「え、待って、エリィ。私だよ?」
「……………は?」
「ミーちゃんだよ?親友の顔忘れないでよ」
「…………は!!?」
大きな黒縁メガネをゴソゴソ取り出してかけたこの美人が突然ミーちゃんに変身した。
嘘でしょう。
まさか、こんな可愛い子が!!
こんな巨乳がミーちゃんだなんて!!!
「エリィどこ見てんの。声に出てるよ、巨乳って」
「はっっごめん、私には無いものだったものでつい」
「肩凝るだけだよこんなの」
ミーちゃんがたわわに実る2つのスイカを面倒くさそうにユサユサ触る。
「止めろミリアル。下品だ」
「これだからジ……いえ、ごめんなさい」
ほんのり空気がピリッとしたのは気のせいだろうか。
「まぁ、とにかくコレでいいな。ミリアルは選択授業あるんだろ?」
「ふふ、そうよ。楽しみだわ」
「じゃあ行こうか」
そしてまた3人で馬車に乗る。
ミーちゃんがほぅ、と感嘆のため息を吐いた。
「いいなぁ、私もエリィみたいにスレンダー美人になりたかったのに」
「私はミーちゃんみたいな巨乳の可愛い子になりたかったわ」
「………無い物ねだりだね」
「そうね………」
そんな私達を見て、ルヴァイは何だか優しそうな顔をしていた。
「俺は普段の二人のほうがいいけどな」
「ルヴァイ!いい奴!!」
「今頃気づいた?」
何だか馬車の中が温かく感じた。
お互いを認めてる、心地よい空間。
随分ピカピカに磨かれた自分の身なりを見る。
多分、二人で考えて、私に自信をつけてくれようとしたんだろう。
釣り合う釣り合わないなとか、どうでも良いって雰囲気だけど。
それでも、私が気にしていたから。
見せた弱さを、助けてくれて。
その分何だか、前より強くなれた気がした。
ミーちゃんを見る。
のほほんとしてマイペースな友人は、今日はなんだか妙に頼りがいがあるように見える。
巨乳美人の甘い見た目に交じるその威厳のような雰囲気に、そうか王族だったんだっけと思った。
王族の、ミリアル様……?
あれ?記憶を辿る。
名前を覚えるのは苦手だけど、流石に記憶にある名前がある。
エラナリア王国最後の王位継承者のお名前って……確か……
「さて、君らはここでいいかな?研究室は午後からでしょ?楽しんでおいで」
「え?」
ぽんっと馬車から降ろされる。
「えぇと?」
「私は『楽しく』授業を受けてくるから、君らはのんびりデートしてからおいで。じゃあねー!」
そう言うとミーちゃんは豪華な馬車で走り去ってしまった。
ルヴァイを見上げる。
「え?」
「嫌?デート」
「え!??」
嬉しそうに笑ったルヴァイが手を差し出した。
「とりあえず朝ごはん食べよう」
「え、あ……うん」
手を引かれて街を歩く。
ちょうど大学へ向かう生徒も多くて、時々私達に気付いて、あ!という顔をする人もいる。
「ル、ルヴァイ……」
「どうした?」
「恥ずかしい……」
「うーん、気持ちはわかるけどな」
ルヴァイが悪そうな顔でニヤリと笑った。
「二度と釣り合わないかもしれないとか無駄な悩みを抱えないように、色んな人に見せびらかして自覚させようかと思ったんだけど」
「は!?」
「本当は一人一人にアンケート調査してエリィの可愛さと綺麗さと姿勢の良さと性格の良さを点数化して見える化したかったんだけど」
「お、おやめください!!」
「もうバカなこと言わない?」
「言いません!!」
そんな調査されたら死ねる。
私は必死で二度とそんなことを思わないと誓った。
ルヴァイは面白そうにクックと笑って私の手を引いた。
「じゃあ、許してやろう。朝ごはんはここでどう?」
「わー!いいね!!」
広めのレンガ敷きの広場に面したカフェは、いくつものパラソルが立ちならび、爽やかな雰囲気だ。
ウキウキしながら席に座る。
ベビーリーフのとブラックペッパーのたまごサラダ。
ブルーベリージャムが練り込まれたしっとりとしたパン。
瑞々しいオレンジ。
ふわりと鼻をくすぐるコーヒーの香り。
「わ、美味しい!」
「うん、このパン美味しいね」
のんびりした朝の時間。
特に何をするわけでもないけど。
一人新聞を読むおじさん。
パクパクご飯を食べる、仕事前のような雰囲気のお姉さん。
少し離れた席に座る、にこやかな老夫婦。
何を話してるのか、楽しそうだ。
「なんかいいねぇ。あんな感じで幸せそうに年取りたいな」
「………そうだね」
ルヴァイが、目を細めて眩しそうに微笑む。
それからコーヒーを一口飲んで、ほんのり光る紅い目を私に向けた。
「……そのうち俺も年を取って老けてくし、いつか皺だらけになると思うけどさ」
「うん?」
「見るからに爺さんになっても、一緒にいてくれる?」
何言ってるんだろう。
微妙に不安げな様子に笑ってしまった。
「ふふ、その時は私も同じようにしわくちゃのおばあちゃんだよ。一緒におじいちゃんおばあちゃんになるなら、なんの問題もないでしょ?」
「……そっか」
「そうだよ」
ルヴァイはもう一度老夫婦の方を見て、なんだか遠い昔を振り返るように、目を細めて笑った。
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「朝ごはんデートしたいー!」と思ってくれた方も、
「え、ミリアルもしかして超偉い人だった!?」とびっくりしてくれた方も、
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