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これはいよいよだ。
これはいよいよ、僕たちは死ぬかもしれないぞ…。
部屋全体に充満する蒼白い光の源は、連綿と受け継がれて来た、紅、玉宮姉妹の封印を破り現代に蘇った大神鹿目の幽体であった。
始まりは、姉妹の先祖が鹿目へ送った求愛だった。しかし二人からの愛情を同時に受け止める事は、当然人としての意に反する。そんな当たり前ともいえる鹿目の判断が、悲劇を巻き起こした。かつての村で名を馳せた霊能力姉妹の魔手に追い詰められた鹿目は、死せども決して消えない呪いを放ち、この世を去ったのである。そして今、紅、玉宮姉妹の力によって封じ込められてきた、天正堂開祖の霊力が目の前で爆発せんとしていた。
「こりゃあ、あれだな。新旧、天正堂拝み屋対決の様相を呈す、ってやつだ」
そう軽口を叩いた坂東さんの顔が、血管を浮かび上がらせて歪む。
三神さんの言った注意点には、誤りがあったのだ。鹿目が波動を打たないというのは間違いである。少しだけ離れて立っている僕と辺見先輩ですら、前屈みに踏ん張らなければ後方に弾き飛ばされる程の圧力を鹿目から感じる。
「厄介な」
と三神さんが呟いた。
相性の問題が大きい。体内で練り上げた霊力を体外へと打ち出せる辺見先輩や文乃さんのような人であれば、おそらく相殺する事が可能なのだろう。だが僕や坂東さんは不利だ。人にはない特殊な能力を備えているとは言え、その他は大して一般人と変わらない。見たり聞いたりすることは出来ても、攻撃や防御に応用できるような技術を身に付けているわけではないのだ。
真っすぐに身体を起こして立ち上がった大神鹿目は、秋月六花を見つめるように視線を向けて、ゆっくりと首を横に振った。
バチチチッ!バチッ!バチバチバチッ!
狭い室内に火花のような小さな稲妻が駆け巡る。
坂東さんが幽眼を開いて鹿目の圧力を押し返そうとしたのだ。そこに生じた霊力同士の摩擦が放電現象のように眩い閃光を撒き散らした。
「六花嬢!」
三神さんが叫ぶ。
鹿目の正面に立つ秋月さんの左頬が、赤黒く変色し始めていた。
「始まったか、いくよ!」
玉宮さんが叫んで右手を掲げたかたと思いきや、その手を自らの腹部に勢いよくめり込ませた。
グウエッ!
玉宮さんの口から銀色の大蛇が飛び出し、鹿目の頭上でグルグルととぐろを巻いた。
坂東さんの言った「一匹」とはこういう意味だったのか。玉宮さんが体内で飼っていた式神は、一匹ではなかったのだ! 銀色の大蛇は空中でとぐろを巻き、そのまま鹿目の真上に浮かんで留まり続けた。すかさず、
「ヨイヨーーーイ!」
玉宮さんが叫び、右手を上から下へ振り下ろした。
ズズズン!
玉宮さんの背後で思わずめいちゃんが両耳を塞いだのは、玉宮さんの声ではなく家全体を震わせる地鳴りのせいだった。
銀色の大蛇がその身を漆黒に変え、鹿目の身体に巻き付いた。鹿目の身体から放たれていた蒼白い光が弱まり、それにともない秋月さんの左頬が綺麗に修復されていく。
「す、すごい…」
辺見先輩がそう声を漏らすのも無理はない。
玉宮さんたった一人で、轟音と共に鹿目の動きと溢れ出る霊力を抑え込んでしまったのだ。
僕たちにその仕組や原理など理解出来るはずはない。玉宮さんはただ、これまでそうして来たことを、今また同じようにやっただけなのだ。だが一つだけ、納得出来たことがある。
家が、傾くわけだ。
パアアン!
三神さんが柏手を打ち、
「ウウウーーーン!」
両膝を曲げて腰を落とした。
ズズン!
更に鹿目の身体から放たれる光が弱まり、その身が太腿あたりまで床下へと沈み込んでいくのが見て取れた。三神さんが口走った、荷重式の多段階圧迫というものがこの事だとするなら、まさに霊力を応用した力業である。目には見えないというだけで、もはや物理的と言って差し支えない程の効力を発揮している。
「おこと姉さんの分だ、もう一丁!」
玉宮さんが高らかに叫び、再びお腹を叩いた。
グヴァァ!
玉宮さんの口から三匹目の蛇が飛び出した。二匹目の銀色の大蛇よりは小振りながら、綺麗な輝きを放つ白色の蛇である!
蛇は放物線を描いで鹿目に向かって飛び、細く伸びてぐるぐると周囲を回った。
「さあぁて、壱岐くんが来るまでひと踏ん張りと行こうか…」
三神さんがそう言って微笑んだ。
その時だった。
カタタタタタタ、コ、コカカカカカ。
高速で歯を嚙合わせるような音、そして骨の鳴るような音が聞こえ、次の瞬間、鹿目の全身から光の一切が消えた。
玉宮さんの放った二匹の蛇に巻かれ、今や黒色の大岩に戻ったかに見えた鹿目はしかし、ゆっくりとその身を浮上させていく。太もも辺りまで床下に沈んでいた体が少しずつつ畳から離れ、天井付近にまで静かに昇って行った。
鹿目の肩に電灯の傘が触れて持ち上がる。すると四角い木枠のついたその傘は、鹿目の肩に触れている部分から見る間にどす黒く変色していくのだった。
そんなに一瞬で、腐るものなのか?
ブワッ。
室内に風が吹き、ボトボト、ボトト、音を立てて二匹の蛇が落下した。
「ぐは、あっ」
玉宮さんが口から大量の血を吐き、膝から崩れ落ちて顔面から倒れ伏せた。
めいちゃんが悲鳴を上げてしゃがみ込み、辺見先輩は悲痛な声を漏らして手を伸ばした。
…僕は、生きている間に、こんな光景を目にすることになるとは思いもしなかった。




