記念日8
二人はできちゃった婚、付き合ったのは二十五歳で、相手は四つ下の佳乃さん。二十一歳で短大を出てお父さんの会社で気が合った。
父は証券会社の営業マンで、お母さんは事務員。最初は先輩に教えてもらいお父さんの営業区域の伝票整理を任された。当然出かけと帰りに顔を合わせる。朝は打ち合わせ、帰社すると受注した取り引き伝票の説明をする。慣れないお母さんに先輩は余り教えてもらえず、父がアドバイスするうちに、お互いの癖が判るとそれを補填すれば能率が上がり、ひと月もしないうちにデートを重ねた。相性が良かったのか好みのタイプだったのか今も沈黙している。決定的になったのはあなたと最初にデートした湖東三山の百済寺。あの庭園の水の流れを説明したお父さんに、お母さんが今の仕事を勧めた。
「あたしも父が行った時と同じようにあなたと散策してみて、父の考えに近付こうとしたの。あなたは此の一年父とともに仕事をして、思い当たるものを重ね合わせれば少しは解るでしょう。同じ物を見ても千差万別だが、辿り方によっては父の思いに通じる。要するに物事に対して発想の仕方は、此の一年で父から吸収したはずでしょう。それを今度はあなたなりに辿れば、父もあなたを見て頷くものが増えてくる。そうすればしめたもの」
「人生をどう生きるか。それには何を感じ何を受け取り何を見るかによって、人生が変わってくるもんでしょうね」
「そうね、それ以外にあたしも知らないものは別所さんに、あたしから父に知ってることを話して貰うように頼んであげる」
父は晩酌程度で、弟のように我を忘れて呑んだ例しがなく、余り羽目を外さず、あたしも掴みにくい。越村には、彼奴の心境は手に取るように解り、それで澤村さんを引き合わせた。でも義父とは、膝をつき合わせるほど心の距離はまだ進展していない。




