義父の思惑9
「どっちにしても、男は台所に口出ししないのが美徳でしょう」
美徳というより、大自然の前ではささやかなものだと霧山は捉えているのかも知れない。
「これからは料理が上手くなって、かつての山仲間を呼んでホームパーティーを催されると、これからの人生に彩りを添えられるでしょう」
「山仲間とはきっぱり縁を切るつもりであの店を処分したのですよ」
「なるほど、うちの息子があなたの店を引き継いでやってますがもう後悔はありませんか」
「この足ですから後悔どころか昔の山仲間から蔑まれたくないんです」
「では、もう未練を残さない為に私の息子に譲って下さったのでしたらそれで結構ですが」
「他に何かありますか? もうあの苦しみから解放されたんです。今さら何も言いません」
「食い道楽に徹して、ご自分でキッチンを使うのでしたら伺いますよ」
「お聞きでしょうが、その日のカロリーさえ摂れれば何も言うことはない生活習慣が身に付いて、今から思えば舞い上がった分だけ地に落ちたときは惨めなもんです」
「凍傷でお怪我をなさったんですね」
「澤村の意見に忠実であればそうはならなかった。と悔やんでも失ったものが大きすぎて取り戻せない。幸いこの近くに某洋酒会社があり、私のスポンサーとして長年応援いただいた縁で付き合いが続いてますが」
そこまで言いかけて少し眉間に眉を寄せた。
「今は在宅勤務で出来る別の仕事を廻してもらって、そう不自由はしてませんので余計な詮索は要りません」
「じゃああの店は霧山さんでなく、今まで別の人を雇って任していたんですか」
「そうです。余り売り上げはありませんから、手放すのにもそう心配しませんでした。まして相手が澤村の娘さんなら何も言うことはありません」
「そうですか」
思い上がった気持ちが、昔の彼の言葉で冷静になれた。本来ならあのまま遺体で山を下りるところを、足だけで済んだのは澤村のお陰だと言い切った。




