記念日5
家の菩提寺は真宗の檀家でも一度もお寺に行ってない。父の頭の中で仏教とキリスト教が混在しても何も迷うことはない。むしろ双方の考えの良いところは学び取って、無神論者と思っても父には何も差し障りがない。鷹揚なのか、中庸過ぎるのか、至って現実を見据えて心の中で対応している。そんな父に息子裕司に対して罪など感じるはずがない。が、そのように導いたことに申し訳なく思っている。でも懺悔には値しない。十分に申し開きをする術を身につけ、会得して人生の教訓にしている。四年前の息子の行動は、人生に於ける新たな道を模索する道標を見付けたに過ぎない。道はひとつじゃない、もっと多様性を持って固定観念を持つべきでないのが父の持論だ。
「それにしても何で急に結婚記念日に託して、四年前の懺悔に此のフルコースにしたの」
予約するにも事前に頼まないとこの料理では無理な点は、沙苗さんも今朝聞かされて驚いていた。
「そんな兆候はなかったの?」
肉料理を片付けて魚料理に手を付け出した。
「そう言えば今度の結婚記念日は空けておけと言われた」
「そうか、それでお義父さんは他になんか言ってた?」
世間に対して十分に申し開きが出来るのであれば、既存の道から脱線しても自らの力で切り開けるのであれば父は大いに奨励する。この結婚記念日の計らいは単なる此の一年の労いと思えば此の食事は美味しく頂けるはずだ。と、言われた。
「でも、それではお義父さんの真の姿を隠して、誰にも見えてこない。何を思い何に向かって歩んでいるんだ」
「そんなものは言葉じゃないのよ。いいえ言葉は強制力を持つが、無言の後ろ姿ほど真実に進むべき道を伝えるものだと想う。だって、言葉でも限界がある。見て学べば、これほど浸透できるものはない。不言実行が父のモットー。まあ受け容れる本人の資質を見極める必要もあるけどね。弟には資質はあるが、判断力が乏しい。いいえ限界を感じる。それを澤村さんが打破してくれると期待しているのよ。父は」




