霧山論2
「それじゃあ大学は中退ですか」
「そうだ、もうスッカリ山に取り憑かれてしまったんだあの男は、しかも未登頂のルートから挑み無茶苦茶だった。それでペアを組んだ相方はみんな尻すぼみして単独登頂になった。過去を顧みないそんな経緯を聞かされれば益々不安になる」
「それで大学時代はどうでした」
「あの頃はまだ技術に磨きが掛かってない所為か、それほどの無茶はしなかった、それで二年ほど一緒に登った」
「転機は何なのです?」
「北穂高のあの大キレットだ」
ある程度の技術があれば高校生でも無風状態の時は問題ないが、問題は天候だ。山の気象条件は変わりやすい。平地に吹く風は普通に通り過ぎても、高い山は風が雲を集める場所だけに、高い技術があればあるほど過信する、その典型が霧山だ。
ゴールデンウィークに残雪の残る山に向かった。その日は良く晴れて風も強くなかった。だが不吉な雲がこっちに向かって流れていた。それが気になって小屋へ引き返そうとした。その時、霧山も同じ雲を見て「風向きが違うこっちには来ない」そう言い切って大キレットに挑みだした。たいした自信だと思った。此のあとに過信だと気が付いたときは遅かった。大キレットの頂点でみるみるうちに天気が悪化して、猛吹雪に包まれ足元が見えなくなり止まろうとしたが、霧山は知り尽くした道だけに進んだ。雪庇に脚を踏み外して十メートル滑落した。そこが岩場でなく残雪で軽い怪我で幸いした。
「これを最期に彼とは登ってない」
「会ってもないんですか」
「同じ学生だから偶に顔を合わせるが、お互い山に誘うことはなかった」
「どうして」
「俺の勘が的中して彼奴はバツが悪いんだ。それ以後山の話はしなくなった」
澤村が滑落した霧山を繋いだザイルで引き上げたお陰で友情も繋げていた。それが今回効いたと謂う。それほど義理堅いところもある男だった。




