石塚の店9
山岳部の先輩を通じてこの店を知って驚いたのは、霧山さんとは若い頃、ほんの数年だけお父さんと何回か穂高を縦走した事だった。
「それは大学時代なのか」
「ええ、その時に父は、結構無理な登山計画をする霧山さんの影響を受けたらしいの」
「それが長年の夢であるヒマラヤ登頂断念で、完全に公務員に戻ったのか」
「そういうこと」
それだけに石塚の優柔不断は気になる。この店で石塚の頭の切り替えをしないと義父の初期投資が無駄になる。
「それにしては石塚からはそんな気迫が伝わらないのに、良く我慢しているなあ」
「まあ、それは措いといて、あなたが知りたいのは霧山が何処まで誠意ある人か、でしょう」
「ああ、そうだ。今は彼奴に構ってる場合じゃない。それでどうなんだろう」
資金を出した義父の心配を、聞かされて越村は来たのだ。厳密に言うなら義父の心配が沙苗さんに乗り移った。
「とんでもない愛の欠片を拾わされたのね」
お気の毒にと言いかけた言葉を響子は呑み込んだ。
「いいわよ。何なりと聞いてちょうだい」
最初に穂高の山小屋で会った高校生の響子は、もうスッカリ大人びていた。変わらないのは越村と石塚だけなのか。
「霧山恭介って、虚栄心が強い男なのか?」
ウ〜ンと唸り口元に力を入れた。
「その言葉にいろんな意味があるわね」
「たとえば……」
「そうねー」
霧山に見栄はない。あるのは自然を征服したい。そう謂う虚栄心が全身に漲っているが、欲には繋がってない純粋培養の猪突猛進型だ。
「だけど夢の切れた人ほど現実が真面に見えて、それで生き方が変わるかも知れないわね」
「どんな風に?」
「お父さんの場合、捨てた夢をもう拾おうとはしなかったけど、霧山さんの場合はまだ一年も経ってないので、なんとも言えない」
遠退く夢を何処まで、どのようにして引き戻すのか解らないようだ。




