石塚の店8
実家は開業資金は出したが、店補を取り継いだ経緯を知らず、学生時代からの付き合いがある越村が義父に代わって聞き出しに来た。矢張り石塚は上辺だけで、込み入った内容まで聴いても関心がないのか、真面な答えが返ってこない。しびれを切らして、響子さんに聞いてみた。
石塚を奥の穴蔵に残し、広い店舗の片隅の接客兼商談用の応接セットに座った。
実家が知りたがっているのは前のオーナーが後々問題を起こされては困るからだ。この店の実体について、深く忌憚なく息子から訊けるのは今のところ越村しかいない。がその息子が当てにならなくて響子さんを頼るしかない。
応接三点セットは、クッション材にコイル巻きの細かいバネがいいのか、実に座り心地が良かった。これなら商談も弾みそうだ。聞けば前オーナーがイタリアから取り寄せた物らしい。
「室内の設備にも中々凝ってる」
「それは、何もない寒風が吹き荒れる山頂直下のにわか作りの雪洞で、暖を取る山男の特権かしら」
勿論三千メートル以上の山に、そんなテントを張れる場所は限られている。まして五千メートルの冬山は大変だ。
「そんな人がどうして判断を誤ったんだ」
判断ミスでなく、無謀な計画そのものにあった。失敗を重ねる人間ほど、勇気と臆病は紙一重の際まで近付いてくる。それだけにもっと緻密な計画を立てないといけないのに、霧山の頭の中にはほとんどなかったと聞かされた。
「そういう人なのよ」
響子の場合、父がヒマラヤ登頂を断念させられて、支援隊に入れられ霧山と似たところがあった。でも霧山の場合は、そんなものにお構いなく登山を続けた。お陰でスポンサーが付き、益々危険な冬山の単独登頂を目指した。
「それで霧山さんは足だけでなく、登山家としての人生も失ったのか」
「そうね、義足で山は登れないし、その未練を断つ為にこのお店も手放したのでしょう」
「そんな人がどうして店の話を響子さんのところに持って来たんだろう」




