石塚の店6
それでこっちへ来れば時々寄っていた。気さくな人だけど決断力に余裕がなかった。我武者羅に登ればいいものではないと父を見て知った。尤もそれを実践させてくれたのは越村さんだと持ち上げてくれた。天気が良くても数時間で悪化させる雲の動きを越村は的確に掴んで、槍ヶ岳山荘から北穂高に行くあの大キレットの難関で教わった。が山にはまだ素人とっぽい裕司が、スポーツ関係の店をするなんてあべこべだが、人生のどこでどう変わるか知れたものではない。
「霧山を見ても解るように、場合に因っては迂闊に動かない方が得策だろう」
と意を得たように石塚は語る。
「石塚ほど慎重な男はいないぞ。なんせ壁に向かって何年でも考え込む奴だからなあ、もっとも自然が相手ならどうなるか分からんが」
「そんな言い方はないだろう。あの登山家と我々はそもそも生きる世界が違っているんだ」
芦生の自然に触れて石塚はそう感じ、高い山ほど神々しいものが宿るとして始まった山岳信仰とは一線を画する世界だと強調した。
「それでも、そこでいつまでも立ち尽くすわけにはいかないだろう」
いったん天候が変われば芦生も穂高も双方に違いはない。あるとすれば昼間なら光を拡散させる霧と光を閉ざす密林だろう。
「自然現象に限りがあるが、時間は無限に流れている。落ち着けばいい」
石塚が言うと納得し難い。
「自然はお前の言うような耐えられる環境じゃない」
ダルマじゃあるまいし長居は無用だといいたい。
「ねえ、二人ともつまらないお話ばかりしていないで此の先のことを考えなさいよ」
「此の先って?」
「仕事も大事だけれど、どんな家庭を持ちたいのかって、両輪させてこそ、人生が花開くとは思えないの」
どうも女は現実的でいかん、と石塚を見ると彼も同調している。澤村さんは恋に生きていても、石塚にはそんな深いところまで考えないだろう。彼奴は別にして、男と女では生きる世界がどう違うのだろう。




