石塚の店5
大学を出れば沙苗さんの会社を手伝うと越村は決めていた。一方の石塚は、四回生の夏を過ぎても就職活動もしないし、家の仕事もやらない。どうするのか気を揉んでいた。まさか澤村さんと別なことを考えていたとは知らなかっただけに、沙苗さんと結婚したあとに、此の店の開店を急に知って驚いた。これもさっき澤村さんから事情を聴いて納得したが、肝心の石塚からは何の音沙汰もなかった。せめてそれぐらいはひと言あってもいいものを、お姉さんも知らなくて何て奴だと思いたくもなる。
「この店の前のオーナー、霧山恭介って言うんだけど、もう四十になる」
「うそ、一回りさば読んでる。五十二よ」
横で澤村さんが突っ掛かるように訂正させた。
「歳はいいけど、その前のオーナー霧山恭介が、どうかしたのか」
「ヒマラヤの五千メートルの冬山で凍傷して両脚をなくし、それが元でこの店を手放した。それが去年の冬だった」
「その歳で五千メートルの冬山に単独で登るのが無理なのよ」
勿論四千二百メートルの最終キャンプまでは現地で雇ったサポータが同伴していた。そこから霧山は日の出前にテントを出て登頂には成功したが、下山途中に足が凍傷して雇ったサポーターに交代交代に背負われて二千メートルのキャンプで、ヘリに乗せられて病院へ運ばれたと澤村さんが説明した。
「問題は登頂直前なんだ。既に足の指先の感覚がなくなっていたそうだ」
「そこで登頂を断念すれば、また資金を作って再挑戦できるのに、霧山さんは欲望に駆られたのよ」
「生きていただけでも奇跡だそうだ。予定時間が過ぎても最終キャンプ地に現れない霧山を案じて、救助に向かおうとしたが天候が悪化して、二次遭難を避けて天候の回復を待って二日後に彼を救助した。それでその後にこの店を手放したんだ」
ここまでの石塚の話は澤村さんのまた聞きだった。
「響子さんはその人をどれぐらい知ってたの?」
霧山との接点は石塚にはないはずだ。
「大学山岳部のリーダーだった人の紹介で、霧山さんのお店で登山道具を格安で分けてもらったの」




