記念日3
「どうして、今までの黙ってるのかなあ?」
「あなたには言わない。言えないのよ。お父さん、そう謂う人なのよ」
へ〜え、一代であの店を築いた起業家には似合わない。仕事の話ではお義父さんとは、何処までもこちらから止めなければ、夜明けまで話す人が、次男坊の彼奴には貝のようになる。
「何か解りにくい説明だ」
それこそ父は弟と変わらないと言われても、越村にすれば彼奴なら義父以上にお見通しなのに。
「一緒に得意先回りしているお店の古株の別所さんから何も聞いてないの?」
「あの人、仕事以外では余り喋らないんだ」
子供頃には別所さんに可愛がられた沙苗さんには意外だった。他の社員についてはどうだろうと聞く前に、タクシーは四条河原町前のホテルに着いた。
夜の七時半に義父の計らいで、この日の結婚記念日にホテルのレストランでフルコースを予約していた。これには感謝以上に深い疑念も伴ったがタクシー内での沙苗さんのひと言で、義父はまだ丹波の引き篭もりが尾を引いているのかと思い知らされた。石塚はそうとは知らずに今も親の援助を受けている。
用意された席は窓側の見晴らしのいい場所だ。レストランの一角に少し間を空けた丸テーブルには予約席の札が掲げられていた。二人が席に着くなり札は直ぐに片付けられ、先ずは色彩豊かなオードブルが次に運ばれた。始めにグラスに注がれたワインでこの日を祝った。一口飲むと次に並べられたスープに手を付け出し、越村は前菜を咀嚼する。
「今日の此の設定は、お義父さんの罪滅ぼしなのか」
ウフフと笑みを浮かべて「そうでもないわよ」と彼女も料理に手を付け出した。
式が決まって双方の実家の段取りに追われ、ゆっくりできず一緒になれば、今度は石塚家に入り、家庭と仕事であっという間に過ぎた。結婚して一年目にしてやっと沙苗さんと、こうして何の気兼ねなく食事が楽しめた。




