記念日2
彼らが受注した伝票を沙苗さんは次々と整理してゆく。別所さんが帰ってきたのは五分前で「遅くなってすまん」と渡してロッカールームに行ってしまった。沙苗さんは慌ててチェックしている。
「もう七時廻ってるがなあ。あとはうちらがやっとくさかいは早うホテルへ行き」
パートのおばさんに背中を押されて、二人はカジュアルな服装で揃って店を出た。
「他の三人は仕事を終えて、もうとっくに店を出たのに、別所さんだけが今頃帰って来るなんて。今日は珍しわね」
「今日、相手していたのは何か辛気くさいお客さんらしい」
別所さんについては、越村の方が詳しいのも気にならずに、沙苗さんは「あらそうなの」と丁度来たタクシーに乗り込んだ。あの人は熱心に相手の身になって使い勝手のいい、キッチンを纏めるって評判がいい。
「それで、お父さんは洋樹さんには、最初はあの人と組んで仕事を廻らせたのね」
お義父さんがそこまで考えてくれていたとは初めて知った。
「何で息子さんが二人もいるのに、そこまでしてくれるんだろう?」
「知らないの。裕司が丹波のかやぶきの里にひと月近くも旅館に籠もって、お父さんが往生してたのを、あれであなたの事をスッカリ気に入って仕舞ったのよ」
沙苗さんのお義父さんの店に、越村が彼女と結婚して入社した。同時に実家にも同居しているが此の話は初耳だった。
あれは四年前の夏休みに、槍ヶ岳の山荘にバイトに行った時だ。何を考えているのか解りにくい男だと学生から評判の石塚が、丹波の山里の旅館にひと月近く閉じ籠もった。
姉の沙苗さんに頼まれて、いや、嗾けられ、かやぶきの里に逗留している石塚を引き戻しに行った。あの一件は沙苗さんから聞かされても、本当に困ってるのはお義父さんだと言わなかった。父のかなり強い意向だったと今更聞かされても、それなら沈黙を続けたこの四年間の石塚親子ってなんだろうと思いあぐねた。




