社長の話1
社長は浮気はしないどころか奥さん一筋。そこが娘の沙苗さんにも乗り移って君も仕事に打ち込める。と言われても仕事が人生じゃあない。
「越村君も今の仕事で頑張れば人生も好転する」
「しますかねぇ」
「するさぁ。気難しい人でも主婦になればなびく」
「そんな言い方はいやだなあ」
社長夫人も品格ある人だけに、避ける言葉だ
「今では約束を違わしたことはないが、昔の話となれば別だ」
「昔の話って」
「社長にすれば大昔だろうなあ。なんせ小学校六年生の初恋なんだから」
エッ! まさか希実ちゃんって云う子に出くわしたのか。
「今から五年前で、あれから四十年経っていた」
社長と同じ歳だから向こうも五十二。
さっきの続きがあったのか。
「どこで会ったんですか」
「月曜の朝、高島屋地下にある食料品売り場」
「ああ、あそこ朝は試食品が沢山並べて、一回りすると結構お腹も癒せて大学時代は日曜の朝にバイトがあるときはよく行きました」
社長は親戚の家に用事が出来て手ぶらではと思い、持参するお菓子を物色中に急に声を掛けられて、はて? と暫く思い出せなかった。
「あの時はずぼら休みするなんて酷い。お陰であたしが低学年の子を引っ張って登校したのよ」
四十年が一瞬で、怒りが笑いに変わる。
「エッ、ああー、あの時の希実ちゃんか」
「そう、希実子です」
「あなただけよ。希実ちゃんって呼んでいたのは」
「子が付いたっけ」
と惚けても四十年も経過したとは思えない。急に声まであの当時のまま出てしまった。と言ってたが、余程心に残っていたとは思えない。よく訊けば話すまで忘れていたそうだ。




