営業に出る6
「今日の昼は俺が出してやろう。沙苗さんは節約術には疎いところがある。幾ら娘婿でも少ない小遣いから昼飯を抽出するのは大変だろう」
この申し出は足りない小遣いが浮いて有り難い。ついでに調子のいい別所さんに聞くのはこの時とばかりに、社長との接点を訊ねた。
「社長とは店の創業当時からの付き合いなんだ。会社を興すのに独りでは大変だと、当時は別のリフォーム会社に居たわしに声を掛けたんだ」
わしの居たリフォーム会社の社長は株式投資に熱心で、その時の証券会社の担当者が石塚さんだった。石塚さんは全くの畑違いのシステムキッチン作りに熱中して、わしに目を付けた。
「熱心に投資相談をする傍らで、わしの話をよく聞いていたのは、そんな魂胆があったとは知らなかった」
「沙苗さんの話だと、社長は湖東三山の百済寺で今の奥さん、佳乃さんのアドバイスで決めたそうですよ」
「エッ! そりゃあ初耳やなあ」
「エッ! 別所さんは創業当時からの付き合いなのに、本当ですか?」
どうも無我夢中だったのか、そんな逸話も訊く間がなかったほど、仕事に明け暮れて今日に至ったようだ。
「じゃあ、奥さんに事は余り知らなかったんですか」
「いや、それが、まだ最初の頃は、証券会社に居た伝で引き抜いた負い目なんやろう。その所為か、気が休まると気晴らしに奥さんの惚気話を良く聞かされた」
何でも奥さんのあの目が気に入った。知らない間に身に付いたのか、笑うと瞼が三日月のように上向いて、それが堪らなく愛しくなったそうだ。そう言えば沙苗さんも笑うとそんな目をしていた。微妙なズレはあっても、母と娘を相手にして、同じ気持ちを抱いた社長とは通じ合うものがあると解れば、気持ちがぐっと近付いた。




