手繰るよすが:03 蝗豆──また豆なの!?
《ちょ、ちょっと考えさせてね》
ミズナギに一言断ってから、三人は頭を寄せ合い話し合う。
「甘くて苦い豆? そんなのあった?」
「そもそも甘い豆ってあるのか?」
「この地方にはない植物でしょうか……」
甘いものと言えば、果物や蜜の類、あとは一部の穀類ではないのか。
「あ。聞いたことがあります。キャロブって分類上は豆のはず」
それは、いつもナヴェット用の「甘いお茶」にする茶色いシロップの、原料になる木の実だ。
「そうなんですか?」
「相変わらずナヴェット様は博識ですね」
確かにキャロブの見た目は、豆の入ったサヤに似ている。食べるのがサヤの部分なので、豆と呼ぶ発想がなかった。
「キャロブなら馬のおやつにすることも多いです。ここにも貯蔵があるのではないでしょうか」
「あー。て言うかちょうど今、持ってます。次のナヴェット様のおやつにしようと」
厩舎に目をやるシュロの傍らで、シャラが鞄からキャロブを取り出した。
「なんてタイミングが良い!」
「でもこれ、苦くはありませんよね。暗い茶色ではありますけど」
言われてナヴェットもためらった。が、とりあえず本人に見せてみることにする。
《えーと、甘い豆ってこれのことかな》
差し出された乾燥キャロブを、ミズナギは珍しいものを見る目で見る。
《これ、みんなが時々、馬にあげているやつ?》
反応からして、空振りの予感がした。
《うん、キャロブって呼んでる。馬もこれを好きだけど、人間も食べるよ》
ミズナギはそれを手に取り、しげしげと眺める。
《これ甘いんだ……》
不思議そうにしつつも、ミズナギはそのサヤを指でこじ開けるように割った。
《色のイメージは似てるかも》
「ちょちょちょちょ駄目ダメダメ!」
中の種を指でつまみ、今にも口に入れそうになったミズナギをシャラが慌てて止める。
《種はすごく硬い! 食べられない!》
《え? 甘い豆だって……》
《豆科だけど、食べる部分は周りだよ》
戸惑うミズナギに、ナヴェットが果肉部分をガリっと食べて見せた。
それを見てミズナギが驚愕の表情を浮かべる。確かに知らない者からすると、枯れ枝を食べているように見えるかもしれない。
《た、たぶん私は、知らない食べ物だと思う……》
《違ったかあ》
残念がりながらも、ナヴェットはキャロブをムチャムチャと食べ続ける。
《この近辺で容易に入手できる甘味だ。知っておくと重宝するだろう》
ついでなのでシャラも自分でかじった。食後の甘味にちょうど良い。シュロも無言で噛みしめている。
「あー。お茶でも淹れますかね。甘いもの食べたら苦いもの飲みたくなります」
厨房でお湯をもらおうかとシャラが視線を逸らしていたその隙に。
ポリッ
《あ……本当だ、甘い……》
キャロブを小さくかじったミズナギが、目を丸くして呟いた。
《たぶん私は、これを初めて食べる。でも、すごく風味が似ている。苦味がないこと以外は》
丸い目のまま、悪くないと言った顔でモグモグと噛みしめるミズナギ。見守る三人の口角が自然と上がる。
「お湯、もらってくる」
やはりせっかくの甘味にはお茶を添えるべきだ。シュロは立ち上がって厨房へ向かった。
「とりあえず、近隣の出身で無いことはさらに確信が深まったけどねえ」
ミズナギとの会話をナヴェットに任せ、シュロとともに茶の用意をしながらシャラは悩む。
食文化の差が単なる地域性の問題なのか、ナヴェットたちの仮説どおり時代の違いなのか、まだ決定的な要素はつかめていない。
「言語の辞典だけじゃなくて、ヒードゥル文化史の文献とかあれば良かったのに」
そんな文献が現存してる可能性は低いと知りつつも、ぼやいてしまう。
「甘くて苦い豆、ってアレは手がかりなんかね、出身地の」
「どうかなあ、いろいろ調味加工されてるとしたら、豆にこだわって考えても無意味かもね」
別の「豆」からトロトロと垂れるドリップの音を聞きながら、シュロの問いに答える。
「とりあえずキャロブのこと、香りとか似てるとは言ってたけど」
「香りねえ……」
鼻孔にイメージを再現しながら考えていたシュロが、ふと何かを思い出した顔をする。
「なあ……実家でたま~に、キャロブに風味のよく似た高級菓子が出されなかったか? 来客のときとかに」
「キャロブに似た高級菓子?」
言われてシャラも記憶をたどる。そして顔を強ばらせた。
「え。もしかして、カカオ豆から作るって言う……アレ?」
そんな高価なもの、もちろん家を出てから一度も口にしていない。
「確かに豆と言えば豆だし、甘くて苦かったけど……そもそもあの『甘い』って、豆どうこうじゃなくて精製された砂糖をドバドバ入れてるからでしょ?」
精製糖もそれなりの高級品だというのに、それを「頭が疲れたから休める」と言うノリで食べるなどあり得るのだろうか。
「ええぇぇミズナギ大富豪だったってこと? そんなことある?」
「もしくは南方大陸の奥地の出身とか?」
「でもさっき、寒い土地にいた気がするって」
別の器で茶葉を蒸らしつつ、二人は顔を見合わせる。
「まあ、万が一そうだったとしても簡単に手に入るものじゃないし、女将さんには『キャロブが気に入ったみたい』とだけ伝えておこうか」
悩むことを切り上げたシャラの提案に、シュロも深くうなずいて同意した。
《うん、とても安らぐ。甘い食べ物と、苦い飲み物》
《同意を得られて嬉しい》
三人三様の飲み物をミズナギに味見してもったところ、彼女が一番気に入ったのはシャラの深煎り豆ドリップだった。同志を得たシャラが満足そうに微笑む。
《甘苦い豆のこと、知らなくてごめんね。分かればミズナギの故郷を探す手がかりになるかと思ったんだけど》
《そんな風に考えてくれていたの?》
少し申し訳なさそうなナヴェットに、ミズナギが驚いた顔をする。
《ありがとう。でもたぶん、あれは異国の文化だった気がする》
《遠方からの交易品と言うことか?》
南方出身説より大富豪説の方が優勢と言うことか、とシャラは推し量る。
《……そうだね。たぶん、そうだと思う。イメージとしては、この辺りの土地が本場って気がしたんだけど、勘違いだったのかな》
ミズナギは、己に残る感覚を探しながら答えている様子だ。
《そうなんだ? ミズナギにとって、甘いものって異国のものばかりだったの?》
《そんなことはないはずだよ》
ナヴェットに問われて、ミズナギはまた何かを掴むような仕草をしながらイメージを探っている。
《色々なお菓子に使われていた……やっぱり名前は思い出せない……伝統的な甘いペーストがあって……》
ペースト状と言うと、果実ジャムやナッツバターだろうか。
《甘く煮込んでからすりつぶした……確か、赤い豆》
《また豆なの!?》
三人は悲壮な声を上げた。




