手繰るよすが:04 菓子──そんなん報告書に書けないよぉ
《ミズナギは豆が好きなのか?》
《え、違うよ、そういうわけじゃないよ》
恐る恐ると言う様子で尋ねるシュロを、ミズナギが心外だと言わんばかりに否定する。
《本当に? じゃあ他に好きなお菓子は?》
《もちろんある!》
疑わしそうにナヴェットが問うのに、ミズナギが必死で答える。
《えっと、もちもちした生地にかけるの、黒い蜜とか、黄色い粉状の……》
そこまで言ってから、ハッと何かに気づいた表情で言葉を詰まらせた。
《粉状の?》
少々意地悪な期待を込めてシャラが促すと、ミズナギはしばらく言葉に迷う様子を見せたあと、気まずそうに先を続けた。
《煎ってから砕いた……豆》
《やっぱり豆じゃない!!》
こらえきれず三人が爆笑した。
《違うの! 別に豆ばかりってわけじゃあ!》
《いやミズナギ、豆の話しかしてないじゃない!》
《飲み物も豆を選んでいた!》
《違うったら!!》
むきになって否定するミズナギが新鮮で、三人は笑いが止まらない。
《他にも色々あったはずだから!》
まさか過去最高の必死さで記憶を辿る目的が、「豆以外の食べ物を探す」になるだなんて、誰も予想できなかっただろう。
三人が笑いながら見守っていると、最初は不服そうだったミズナギの表情が次第に困惑に変わっていく。
《嘘……思い出そうとすると伝統食には大抵、豆の加工品が関わってる……》
《そこまでなのか!?》
《豆とはそんなに加工のバリエーションがあるものか?》
《どういうこと!? ねえ自覚はなかったってこと!?》
もはやナヴェットは呼吸困難だ。
《えぇぇ…… ウソぉ、私って豆の国から来たの?》
《豆の国!!》
《では豆の民なのかミズナギは》
《やめて、笑いすぎて死んじゃう!!》
初対面の時とはだいぶ方向性の違う「泣きそうな顔」に、三人の笑いはしばらく止まなかった。
「いやいやいやいや、ウチら豆の文化調査に来たわけじゃないから」
ナヴェットの昼寝に付き添いながら、シャラが端末を開いて頭を抱える。
結局その後、笑いすぎて体力を使い切ったナヴェットが倒れるように眠り、ミズナギは釈然としない顔のまま仕事に戻って行った。
「こんなに豆について真剣に考えたの、生まれて初めてだ。だんだん『豆』が何なのか分からなくなってくる」
シュロの視線は宙を泳ぎだしているが、手元では馬具の金属パーツをせっせと磨いている。ナヴェットに付き添いながらできる手伝い、ということで先ほど申し出たのだ。
「これ何てクロツバキ様に報告するわけぇ? ヒードゥルは『高度な技術力で栄えていた民』って話じゃなかったのかよ、豆の加工技術の高さしか分からなかったんですけど!」
「豆が技術力を上げるのか……技術力があるから豆を食うのか……」
「そんなん報告書に書けないよぉ」
シャラは己の膝に顔を埋めるようにうなだれた。
「そもそもシュロが言ったから来たんだからね!? 『琥珀の中にいたのはオリガ?』とか」
「すまん、自信なくなってきた」
「この状況からどうやって遺跡のこと切り出せばいいんだよ、もぉ。『何ソレ知らん』とか言われたら気まず過ぎる」
シャラに詰め寄られ、シュロはその視線から逃げるように厩舎の方に顔を向けた。
「でもほら、とりあえずミズナギから視える不安や怯えの色、だいぶ薄まったよな」
「それは、まあ良かったけど」
露骨に話題を逸らされたが、仕方ないので乗ってやる。
初めてミズナギに出会ったときには、シャラも思わず息を呑むほどの深い絶望と無力感が、彼女のユラから立ち上っていた。それが今日再会した際はだいぶ和らいでいたし、先ほどは一時とは言え完全に消えていた。
それ自体は、良い傾向だとは思う。しかしその変化を見るとなおさら、シュロの直感が外れていて欲しいと願ってしまう。
「彼女が『自分たちの伝統』と認識していた豆たちの話はいったん置いておいて……気になるのはやはり『甘苦い豆』の方だよね」
心に刺さるトゲを一旦無視して、シャラは先ほどの会話を振り返る。
「ミズナギはそれを『異国の文化』と認識していた。しかも、この辺りの文化だと言うイメージがあったらしい」
「カカオ菓子だとして、無いわけではないが……」
ハミの錆をヤスリで落としながら、シュロが眉根に皺を寄せる。
「それが正確かどうかよりも、問題はさ。少なくとも、彼女はこの地を『ある程度はイメージを持てるくらいには知っている地域』だと認識している、って点だよ」
それが結果的に合っているなら、それに越したことはない。しかし。
「こっちはそんな豆ばかり食う国とか、カカオ菓子を駄菓子のように食える国とか知らんけど」
「そうなんだよね」
シュロの至極まともな返答に、シャラは困った顔で空を仰ぐ。
「豆の国の方はともかく、カカオなんて育つ気候条件も流通ルートもごく限定されてる。精製糖と合わせて菓子に仕上げる技術や設備だって、簡単に揃えられるものじゃない」
そう、富豪だとか生産地出身だとか、そう言う問題ではない。
「駄菓子感覚で食べる一個人がいる可能性はギリギリあるかもしれないけど…… 気負いもせずそれを日常的行為だと言える社会なんて、この世にあるとはやはり思えない」
万が一あったとして、存在をまったく知られていないなど非常に考えづらいだろう。
「カカオ菓子ではない、別の何かだった可能性もあるんじゃないか」
「うん……そうだったら良いよねえ……」
顔が映るほど磨き上げたられた真鍮。そこに写るシュロの目は物悲しそうで、シャラは仮定の形で返すのが精一杯だった。




