手繰るよすが:01 協力依頼──世の中には『男装の麗人』枠というものがある
「やれ、やうやう至り着けり」
汽車と馬車を乗り継いで丸二日。目的の街に辿り着き、馬車を降りたシャラが疲れた顔で背伸びする。
ユラの乱れによる多少のアクシデントはあったものの、行程に大きな影響が出る程ではなく幸いだった。
「嗚呼かくあるべからず、んっんっ。切り替えなきゃ、まずは女将さんたちと話するんだ」
チューニングしすぎた思考の言葉を、なんとかリセットする。
「さしも容易く……」
シュロはこめかみに指を当てて、自己暗示のようにぶつぶつ何かを言っている。思考の切替に手間取っているようだ。
「ふふ、お二人が時代劇の騎士様とお姫様みたいでしたねえ」
そんなガチな伝統劇の鑑賞を嗜んでいるのか? ナヴェットは相変わらず守備範囲が広い。
幸いなことに、ミズナギを住み込みで雇っている女主人は、ナヴェットとシュロのことを覚えていた。
「あの娘の故郷が分かったのかい?」
期待が込められた問いを、申し訳なさそうにシャラは否定する。
「残念ながら、そこまでは」
「そうかい」
女主人は落胆の表情を浮かべつつ、同時に探るようにシャラを見つめる。「それじゃあいったい何の用なんだ」と訝しまれているようだ。
「実は私どもは、クロツバキ様が新しく設立なさった慈善団体の職員でして、奨学生の支援をしているのです」
シャラが早速新しい「立場」をフル活用して説明する。
「クロツバキ……様ってあの、首座の」
「はい、姪御様ですね」
なんとか旅立ちに間に合うよう作成された身分証を、シャラとシュロがそろって呈示する。
「こちらがその奨学生であるナヴェット嬢なのですが、『調揺・活揺における古典語のさらなる発展の可能性』について研究しておられまして」
「え、あんたらじゃなくてこの嬢ちゃんが? よく分からないそんな研究を?」
女主人は、クロツバキの名が出たときよりさらに驚いた表情をしている。
また胡散臭い設定が付け足されたな、と思いながらナヴェットは知的に見えるように努力して笑みを作った。
「はい、ですのでミズナギさんの『生きた古典語』というのは非常に示唆に富む情報の宝庫である、ということで調査の協力をお願いしたくお伺いしたのです」
「はあ、示唆に富む、ねえ」
「というのがメインの目的ではありますが……」
女主人が「研究対象」という位置づけを快く思っていなさそうなのを察して、シャラはさらに付け足した。
「ナヴェット嬢は古典語が話せますので。ミズナギさんもたまには、ただの『おしゃべり』ができれば気晴らしになるのではないかな、と」
爽やかで人懐っこい、あの養父譲りの笑みをここで披露するシャラ。
その言葉と表情で、女主人の態度は明らかに柔らかくなった。
「僅かばかりではありますが、謝礼や補填金をお渡しする用意もあります」
シャラに目配せされて、シュロが口を開く。
「ふぅん。まあ他でもない、ミズナギの名を教えてくれたあんたらだしね」
女主人は宿屋の裏手を指さした。
「あの子は今は厩舎にいるよ。今着いた馬の世話が終わったら、次の便の到着まで多少は時間が空くだろう、近頃は客が少なくて困る。せっかくだ、あの子の好物の一つも聞いておいておくれ」
「以前にシャラが『年上の女性からのウケがめちゃくちゃいい』と豪語していましたが」
シャラが厩舎長に断りを入れに行ったのを外で待つ間、ナヴェットがシュロに話しかける。
「男性らしい恰好をしていなくても有効だったんですね」
「私には理解できないことですが」
シュロがいつも以上に沈痛な面持ちでため息を吐く。
「世の中には『男装の麗人』枠というものがあるのだ、と言っておりました」
「逆ですよねそれ」
強いていうならシュロがその枠なのではないのか。
「一周回っているのか何なのか。私には世間がよく分かりません」
「そうですねえ。私も、世間知らずですしねえ」
二人はしばし流れる雲を眺めた。
世の中の不可思議を二人が噛みしめている間に、厩舎長と話をつけたシャラが帰ってきた。
「ミズナギはもうすぐ馬と戻ってくるそうです。作業用の上着も借りられましたので、作業を手分けして早めに終わらせましょう。……二人ともどうかしました?」
「いえ少々、世の中の捻じれ構造について思索を深めておりました」
シャラは怪訝な顔をしたが、些細なことから高尚な何かを見い出すのはナヴェットのいつものことと思ったのか、それ以上は聞かなった。
「帰ってきましたね」
ちょうどシャラとシュロが上着を替え終わる頃、クールダウンを終えた馬たちを連れ、他の厩務員と共にミズナギが戻ってきた。以前に比べると、表情にこわばりがなくなったように見える。
「ミズナギ! 久しきかな!」
ナヴェットが笑顔で駆け寄ると、ミズナギは驚愕の表情で固まった。




