繋ぐ瓊枝:01 手ほどき──あまりに主観的で、愚かしいほどに恣意的だ
「シャラだって言っていたではありませんか。彼女のユラは、見慣れないものだと」
「いや言いましたけど……」
あまりの途方のなさに、シャラは片手で額を押さえた。
「いやいやいや……え、話が飛びすぎだって。発音が三音かぶっただけだよ? 区切りが合っているかも分からないのに」
「ニトロテック」
ナヴェットが静かに、しかし先ほどより流暢に発音した。
「テックは恐らく、古典語の『技術』の短縮系の音を写したものです。そしてニトロは」
ナヴェットは少し言い淀んだ。
「当時の技術で重要な役割を担った物質の、古い名です」
何なのだ、これは。小さな偶然に対して、適切な範囲を遙かに越えた重要性を見いだしているようにしか聞こえない。あまりに主観的で、愚かしいほどに恣意的だ。
なのに、なぜだろう。
その先に進み確かめるべきである、という予感が、確かにシャラの胸の内にも生まれていた。
「まあ、これ以上は研究室に閉じこもっていても埒が明かなさそうなのは確かですね」
予感を抱いてしまった己を少し忌々しく思いながら、シャラが物憂げに前髪を掻き上げた。
「シュロももう限界でしょうし。追加の事務仕事を押しつけられる前に、通信波が届かない場所に逃げますか」
***
「ヒードゥルの民の文字とはまた……」
クロツバキが遠くの星を見上げながら、当惑の声を漏らす。
さすがに無断で旅立つわけにはいかず報告の機会を求めたところ、三人は洞の祭壇の上部にある、国家式典用の祭殿に呼び出された。近々行われる祭儀の段取りをしていた、その直後のわずかな時間を割いてもらった形だ。
根源祭壇ほどではないとは言え、こちらも普通なら足を踏み入れる機会などない場所だ。シャラとシュロの脳内を「役得」と言う単語が踊る。
「まだ微かな糸口に過ぎませんが、まずはオリガと名乗った女性と対話を試みたく考えております」
ナヴェットも厳かな表情を保ってはいるが、周囲を観察したくてウズウズしているのが隠し切れていない。
昨日は下から見上げたその先にあった場所に、今立っているのだ。
普段であれば既に夕飯をとっている時間であるが、特別な場所を訪れる興奮で今のところ疲労と眠気は引っ込んでいる。
「遺跡を鎮めることに直接つながるかどうかは、現時点で未知数ではありますが」
ナヴェットが続けると、クロツバキが軽く俯いた。
「鎮め活用すべきか、沈黙せしむべきか、叔母上もまだ結論できておらぬ」
「あの巨樹が、神殿構築技術の最盛期より前の建造であるのは、ほぼ確実でしょう。現段階での推測とはなりますが、もし活用の道を選んだとしても中央祭壇ほどの潜在能力はなく、せいぜい中規模祭壇程度となる可能性もあるかと」
「然あらば御しやすいやもしれぬな」
ナヴェットの推論に、クロツバキはほんのりとした喜色を顔に浮かべる。
「確証得らるるよう願う」
言いながらクロツバキ、はその豊かな髪を留めていた簪を引き抜き、ナヴェットに手渡した。
「備えとして持つが良い」
「これは」
ナヴェットが目を丸くしてそれを見つめた。木の枝のようでありながら、祭壇の篝火を照り返す様は鉱物のようでもある。
「ここの環樹の枝ですか」
「かつてこの樹の根本にも、ヒードゥルの民が多く暮らしたと言う。相通づるものあるやもしれぬ」
ナヴェットは恭しくその枝を推し戴いた。
「して、世話役の調揺官ら」
不意にクロツバキに呼びかけられ、シャラとシュロは背筋を伸ばす。
「代々伝わる祭儀のうちには、ヒードゥルの習わしに端ありと言わるるものもある。手ほどきいたそう、修めていくが良い」
バルコニーの向こうに広がる星空を背景に、クロツバキが扇子をパララッと広げた。
「クロツバキ様お手ずからですか」
「得難き光栄にございます」
予想だにしなかった僥倖に慄きながら、二人は深々と頭を下げた。ナヴェットも期待で頬を赤くしている。
「原なる型のまま用いる機があるやは分からぬが……まあヌシらなら、さわりさえ知らば如何様にも応ずるであろうよ」
そう微笑むクロツバキの顔は、一瞬だけ「親友の愛し子の成長を見守る目」に変わっていた。




