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揺らぐ世界の渡り方 ~冒険?いえ出張です。「見えすぎる」異世界公務員兄妹は世界の真実に目をつむる~  作者: 春科シオン
第五章 案内人は虚構を御し道をつなぐ

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微睡む太古:06 酒漬菓子──いやそのフォロー特にいらないんで

「もういいや、完成! これで完成ってことにする!」

グーッと背を伸ばしながら、シャラがやけくそ気味に宣言する。


「終わったのか!?」

本の山の向こうから期待に満ちた目で見つめてくるシュロ。


「とりあえず一旦これで提出するわ。見直すと細かい所気になっちゃうけど、どうせ修正指示入るだろうし」

「お疲れさまでした。これで一息つけそうですか?」

ナヴェットは今日は、巨樹で撮った映像記録と辞書を見比べながら書き物をしている。いよいよ翻訳に取り組んでいるようだ。


「とりあえず、返信来るまでは手が空きそうです。そちらをお手伝いしますよ」

シャラはナヴェットに対して言ったつもりなのだが、シュロが澄んだ瞳でシャラに視線を送ってくる。


「うんうん、シュロも頑張ってるね。少し休みな?」

半ば呆れ笑いを浮かべながら、シュロの手元をのぞき込む。

「え、本当にしっかりまとめてるじゃない」

予想以上に生真面目に作られた覚え書きに、シャラは感心した。


物語の肝をよく掴んだあらすじに、どの本のどの頁の物語なのか、類似の物語や後世の考察があればその書名と掲載頁、関連性と差異のメモ。

暗喩や誇張だとしたら何を示唆しているかの自分なりの考察。

そんなものが、キチンと整理されて並んでいた。


「へえ。それじゃナヴェット様のおやつ、街に出て買ってきてくれない? ここのところ根を詰め気味だしさ、ちょっぴり奮発したやつが欲しいな」

シャラは普段の間食費よりも多めの硬貨を手渡しながら、やや離れた繁華街まで散歩して来いと仄めかした。

シュロが表情乏しいまま、はちきれんばかりの喜びを滲ませて無言でうなずく。


「本当にシュロは可愛いですねえ」

シュロがバスケットを手にいそいそと買い物に出かけてから、ナヴェットが堪らないと言った顔で吹き出す。


「そうなんですよー困っちゃうんですよー」

シャラも苦笑しながら、遠慮なく追従する。


「あ、シャラも可愛いですよ勿論」

「いやそのフォロー特にいらないんで」

ナヴェットの気遣いは時々方向性がおかしい。


「基本的な類型を踏襲した物語が多そうですね」

ナヴェットも己の作業をいったん止めて、シュロが残した覚え書きに目を通した。




放浪する英雄の物語。試練の旅の道中で、村人を脅かす石人形を知力・膂力(りょりょく)で鎮め、恩寵の宿る道具を得る。


妖精の嫁を娶る物語。優秀な若者が泉のほとりで出会った娘に一目惚れし結ばれるが、秘密が暴かれ別離の危機に陥る。


旅人が、山の中で不思議な屋敷に迷い込み、一晩を過ごす物語。次の日の朝には屋敷が消えていて、二度と見つけることができなかった。


温泉の起源を語る物語。些細な過ちで子を死に至らせた親が嘆き泣き続け、その熱い涙がやがて温泉となった。




などなど、あらすじは端的だ。


「しかし、それぞれに添えられたシュロの考察メモが秀逸ですねえ」

ナヴェットがまた顔を綻ばせる。




報酬が村人側からもたらされた。となると石人形の配備目的が不明。宝の守人ではないのか?


本当に知られたくない秘密なら約束をもっと曖昧化すべき。核心の輪郭を悟らせないことが肝要。


突破されたセキュリティーの修復・強化の暗喩か。無人のようだが検知システムはあった?


涙を「熱い」と見なす感性は一般的なのか? 悲しみと連想されるのは冷たさでは?




「さすがシャラの虚構をずっと隣で聞いてきただけありますね。『核心の輪郭を悟らせない』なんて言葉がサラッと」

「そんなんじゃないでしょう、シュロは直感に優れた子ですから」

本人がいないのを良いことに、二人は好き勝手に語る。




覚え書きを元にシャラが原典を読んでいる間に、シュロが買い物から帰ってきた。


「多少はお役に立ちましたでしょうか」

バスケットから取り出した焼き菓子をナヴェットの前に置きながら、シュロが控えめに問う。


「大変に助かりました、期待を大きく越えていました。シュロの考察も参考になります」

置かれた皿に目が釘付けのまま、ナヴェットが答える。それは手のひらサイズのタルトレットで、果実のジャムがたっぷり詰まっていた。見た目にもとても可愛らしい。


「出典も関連文献も丁寧にメモしてくれてたから、すごく捗るよ。やっぱり不得意なんてこと全然ないじゃない」

誉めるシャラの前にも、シュロは複雑な顔をしながら美しいタルトレットを置いてくれた。好きでやっていない作業が高評価であることに、微妙な気持ちになっているのだろう。


「まあ、それなら良かったです」

そう言いながらシュロが自分の前に置いた焼き菓子は、他の二つにくらべてやけにシンプルだった。


持たせた硬貨が足りなくて遠慮したのか? いやそんなはずは。


シャラが茶の用意をしながら横目で見ていると、シュロはどこからか小瓶を取り出し、ダバダバッと蒸留酒を焼き菓子に振りかけた。別添えにしてあったらしいジャムも載せている。

あれは馬車護衛の臨時収入で買っていた、果実ベースの高めの酒だろう。

確かに「ちょっぴり奮発」とは提案したが、そっちを奮発したか。まだ残っていたとは、意外に大切に呑んでいたようだ。

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