微睡む太古:04 蒸留──虚構を作る側の思考を聞いて考えたのですが
「あ、すいません私の仕事の話ばかり……」
「いえ、大変に参考になりました。伝説を残した側の心理を想像することですね」
「そんな大層な話をしたつもりではなかったのですが」
シャラが苦笑していると、シュロがまた何冊もの文献を抱えて戻ってきた。
「これで良かったでしょうか。環樹の叙事詩関連の別版や論考本、とのことでしたが」
「ありがとうございます、シュロも少し休憩にしましょう」
ナヴェットの声かけに頷くと、シュロはシャラの正面に座った。蒸留の様子を確認し、ぬるくなり始めた冷却用の水を交換している。
「消毒用にするならそろそろ止めた方がいいんじゃない? 続けると度数下がるよ」
シャラが意地悪に笑いかけると、シュロは口を曲げてその顔を睨め上げる。
「さすがにまだ早い」
そういうことにしておいてやろう、とシャラはまた笑う。
「後世に残る物語は、その蒸留酒みたいなものですねえ」
そんな二人の様子を眺めながら、ナヴェットがしみじみ言う。
「そのままではとても飲み込めない酸味やエグ味を取り去って、新しい香りで優しく包み隠して。そうして濃縮された上澄みは、長期間の保存に耐える……」
「いやさすがにシュロの道楽を美化しすぎなのでは」
「皆なんとか美味しく蒸留しようと工夫したのですね」
シャラはやや異を唱えたが、シュロはかき集めてきた古い伝承たちを眺めながら納得したように頷く。
美味しくとか堂々言っているあたり、「消毒用」という建前はもう諦めたのか。
「そう、つまり今からシュロには、古酒の飲み比べをしていただきたいのです」
ナヴェットは楽しそうに言ったが、シュロは目の前の資料の量を見てヒュッと息を吸った。
「そういうのはシャラの方が得意なのに……」
「シャラは今、新たな蒸留酒の香り付け中ですので」
ナヴェットの言葉に、シュロは何だそれはと眉をひそめる。
「好きじゃないだけで、シュロも別に不得意ってことないでしょ」
「そうです、シュロはやればできる子です」
二人に代わる代わる退路を塞がれ、退却は無理と悟ったシュロはため息をついて席を立つ。
「お茶を飲んだら、取りかかりますか」
たぶんお茶で「消毒」の効果を確かめるのだろう。
「先ほどシャラから虚構を作る側の思考を聞いて考えたのですが」
「ちょっとそれ人聞き悪くないですか?」
蒸留器の落とす雫を隣で見つめながら茶を飲むナヴェットに、シャラは軽く抗議する。シュロがこっちを胡散臭そうに見てくるではないか。
「隠したい物事があるなら、大半が真実である中へ少しの嘘を交ぜる方が効果的なのですよね」
シャラの抗議は聞き流されてしまった。
「叙事詩で言う『巫女』の側にとっても、あそこに違う巨樹が残っているなんて事実はきっと都合悪いはずなのです」
ナヴェットが窓の向こうの環樹を眺めながら話す。
「もし『巫女』側が違う巨樹の存在を認知していながら残したなら、それは絶対に身内に知られてはいけない事項。しかも私の見立てでは遺跡の巨樹の方が古いので、認知していなかった可能性は低い」
「先日までのように完全に気配を隠していたら、見落とす可能性もあるのでは?」
茶から青々とした匂いをさせながらシュロが問い、ナヴェットが頷く。
「はい、低いだけで、あり得はします。しかしいったん、見落としたのではなく見逃したのだと仮定して、」
ナヴェットが隣から見上げるようにシャラを見つめる。
「シャラならどうやって偽の物語に蒸留します?」
「ええぇ、雑に振りすぎですよぉ」
シャラの苦い顔は、飲み下したドリップが濃すぎたせいではない。
「まあまあ、思考実験のようなものです」
渋々といった顔で、シャラはまた人差し指で机をコツコツ叩き考え始める。
「『神殿』とか『御霊』とかの構成要件が分からないと、すり替え方も考えづらいんですけど……」
「構成要件ですか」
「だって何かの暗喩ですよね? 要は何を以て制圧対象拠点と認定していたのかによる、ってことですけど、まあそういうことを深く考えずに大ざっぱに答えるなら……」
シャラは指を折りながら可能性を挙げていく。
「それは最初から『神殿』ではない別のものである。もしくは既に『神殿』たる機能を失っていた、ことにする。あとはまあ普通に『倒した』ことにして隠す、ですかね。ありきたりですけど、すぐに考え付くのは」
「スラスラと三択くらいは出てくるのですね」
「ナヴェット様が訊いたんじゃないですか!」
問われたから答えただけなのに、なぜそんな眼差しを向けられねばならないのか、理不尽だ。
「つまり、そういうエピソードがないか留意して各種の伝承を読んでみましょう、と言うことです」
やや強引にまとめたナヴェットの言葉に、今度はシュロが考え込む顔になる。
「機能を失った何某かの話、はまだ想像がつくとして…… 『倒したことにして隠した』は普通のエピソードと区別がつかないのでは」
「それはもう諦めましょう」
「あと『神殿ではなかった』場合は、何だとして語られるんでしょう?」
「当時の人がそれを何と認識したか、と言う問題ですよね」
ナヴェットが拳を顎に当てて考え込む。
「ただの楡の木とか……? あと、突如山が生まれた系の話や温泉が湧いた系があれば要注意、と言う感じでしょうか」
「雲を掴むような話ですね」
シュロは早くも疲れた顔をした。




