微睡む太古:03 編纂──まさに今、その虚構作りを絶賛進行中なもので
「ずっと座ってるなら、火ぃ見ててくれん?」
そう言うシュロが机の上に広げているのは、携帯用の蒸留器だった。
「いや暇してるわけじゃないんだけど…… これこないだ家から持ってきたやつだよね、悪くなった葡萄酒」
今日もシャラは書類仕事と首っ引きだったが、不摂生を心配したナヴェットにより研究室に同席させらされていた。
シャラが問うとシュロはもっともらしい顔で頷く。
「捨てるのももったいないから。蒸留しておけば消毒用にも使えるだろ」
「その割には、やたら清涼感溢れる森の匂いがするんですけど」
シャラの指摘に対し、シュロは目を合わせないまま去っていく。
——この匂い、杜松果と……他にも何か香辛料を吊るしているな
どう考えても、医療用ではなく嗜好品として再活用しようとしている。
交際費の計上が難しくなった状況に対応するべく、少しでも安価に楽しむために工夫しているようだが……努力の方向性として手放しで賞賛するのが難しいところだ。
呆れつつも、ポタポタと蒸留された雫が器に落ちる様は見ていて妙に気が休まるもので、見守ること自体は悪くないとシャラは思った。
しばらくするとナヴェットとシュロが戻ってきて、火とは離れた卓に大量の文献を積み上げた。シュロは再度資料探しのためか研究室から出て行き、ナヴェットだけが残って山の中で本を開き始める。
爽やかで少しスパイシーな香りに包まれながら、シャラとナヴェットはしばらくの間黙々と各自で作業を進めた。
背景音に、コポコポとした沸騰音とピタンピタンと雫が垂れる音。
程よい速度で沸騰するように、シャラは時々ランプの火加減を調整してやる。
「ナヴェット様は今日は何をなさっているのです?」
ナヴェットがふぅと息を吐きながら一冊の本を閉じたタイミングを見計らって、シャラが声をかけた。
「文字の解析の気分転換に、近隣の伝承にヒントがないかと探しているのですが……」
ナヴェットが振り返って困ったような顔で笑う。ナヴェットの心にも、「いくばくかの真実は残る」という言葉が強く刻まれていたのだろう。
「そう都合良くは見つかりませんね」
「そうですね、関係のある話があったとしても、虚構と暗喩と真実と……分かりづらく配合されているでしょうね」
それに対してシャラは、やたら真剣な顔で相づちを打つ。
「妙に実感のこもった言葉ですね」
「まさに今、その虚構作りを絶賛進行中なもので」
「そう言えばそうでした」
シャラが向かい合う端末にナヴェットは視線を向ける。
「調子はいかがですか?」
「各地の報告データを総合して原因を推測し、三段階に分類した地図を作成した。のあたりは、偽りなく成果として報告するのにうってつけなんですけどねえ。逆算して、評価基準に情報分析能力の項目があったことにして……」
宙を眺めながら、シャラはマグからドリップをすする。
「調揺まわりのことは悩ましくて。ナヴェット様は博識すぎますから、出自のでっちあげと見合う程度のエピソードに押さえないと」
人差し指でコツコツと机を叩く。
「知識についての評価項目は最小限にして、状況把握や応用力の比重を高めにした方が素質の問題で片づけやすそうですよね…… あ、そうです相談したかったんですが」
不意にシャラが何かを思い出したようにナヴェットを見つめた。
「樹の根本を探しているときにシュロが打ち込んだ探査波ですけど、あれナヴェット様が既存の翅を改良して……って扱いにしてもいいですか? 活揺関連の要素も欲しくて」
「えっ、あの規模はさすがに一回では……」
「無理がありますか」
シャラは考え込むように目をつむる。あの行いがどれだけ常識はずれか、本人たちの自覚が薄いのがナヴェットは心配になる。イヌワシの苦労が忍ばれるというものだ。
「でも多少の指向性向上……範囲を狭める代わりに特定方向への到達度を高める、位なら書き換えられると思います。あとは地図上の地形から推測して、可能性の高い方向を割り出して何度か試したことにすれば……」
「いいですねそれ! 実測データ出せと言われたら厳しいけれど、いったんその路線にしておこう」
昨日シュロが言っていた、そのうち生き生きし出すというのは今のあたりのことなのかもしれない。
「うんうん、さすが『後付け』に自信をお持ちだっただけありますね」
「あれ、そもそも巨樹を見つけた話にしていいのですか?」
「それがまさに思案しているポイントなんですけど」
はぁ、と息を吐きながらシャラは頬杖をついた。
「クロツバキ様が……と言うか表向きには長官が、なぜ調査チームの一時撤収を命じたのか、と言う話とつなげたいと思ってて」
「公式にはどうなっているんですか?」
「派遣された特命調揺官が周辺調査の結果、崩落および有毒ガス発生の懸念あり、と報告したことになっています」
「え、それって……」
ナヴェットの懸念を肯定するように、シャラが嘆き顔で笑う。
「怪しまれているでしょうねえ……なんでその調査データが共有されないのかとか、長官がなぜそいつらを重用するのかとか」
また二人の職場での立場が悪くなったのかと思うと、ナヴェットは悲しい気持ちになる。
「しかしそれなら、ナヴェット様の成果にするのに丁度良いと思ったのですよね。実は候補生が何かを発見し、それが採用の決め手になった、なら美しいじゃないですか筋が。実務経験がないから共有用のデータ保存と言う発想がなかった、と言えば何とか通るかな、とか」
「すごいですね、シャラなら新たな叙事詩の編纂者になれますね」
相変わらずの立て板に水で生み出される幻影物語に、ナヴェットは呆れ半分・尊敬半分で笑った。




