微睡む太古:02 琥珀──単なる押し売りなの!?
「で、お二人が『固まりづらい』と仰っていたのに注目して、何か混ざっているかもしれないと思って試してみたんですよね」
「その結果が、その小瓶ですか?」
宿舎での夕飯時。昼間と同じ光景が繰り広がられている。
半日の成果を熱っぽく語るナヴェットと、それに耳を傾けながらも端末に向かい続けるシャラ。
「そうなんです、思ったより簡単に分離ができまして」
「でもその液体、何なんです?」
「そっちはもう明日でもいいだろ」
シャラは己の作業をしながらも器用にしっかりナヴェットの話を聞いていたが、シュロが強引にその手元の端末を取り上げて閉じた。
「あちょっと!」
「ちゃんと保存されてる。今日はもう酒でも飲んでおけ」
端末を取り戻そうとする手をかわしながら、シュロは麦酒のジャグをシャラに向かって差し出した。
「えウソ、まさかシュロのおごり?」
シャラは驚いて自分のマグでその中身を受ける。
「いや別にそういうわけではない」
「単なる押し売りなの!?」
シャラの非難の声を意に介さず、シュロは自分のマグを押し付けるようにシャラのマグと打ち合わせてから、「お疲れ様」と宣言して勝手に飲み始めた。つられてシャラも、麦酒を口へ運ぶ。
その二人のやりとりを見ていたナヴェットがクスクスと楽しそうに笑う。
「シャラも私のことをとやかく言える性分じゃないじゃありませんか」
「えぇ~さすがにナヴェット様程じゃありませんよ」
飲み始めたらスイッチが切り替わったのか、一気にマグの半分を飲み干したシャラが息を吐く。
「二人とも似たようなものです、世話が焼ける」
「シュロに言われるのは心外すぎる」
眉根を引き上げて言うシャラに、ナヴェットの笑い声が大きくなる。
「まあシュロの言う通りですね、続きは明日にしましょう。その液体は意味がありそうですか?」
いくつか料理を注文してから、シャラは改めてナヴェットに向き直った。
「この液体ですね、ちょっと粘度があって、水に混ぜるとゼリー状にネバついて、甘い匂いがして……」
まさか舐めてないだろうな、とシャラは聞いていてハラハラする。視る限り、分かりやすく毒などではなさそうとは言え。
「要は、一般的な樹液、特に楡の特徴に近いのです」
「ニレ? ニレの木ってことですか?」
予想外の方向に話が飛んで、シャラはマグを手にしたまま間の抜けた声を出してしまう。
「あの巨樹の葉や種を見た時から思っていたのですよね。あの原始環樹は、かなりニレの木の特徴を継いでいます」
「環樹に木の種類とかあるんですか」
環樹は「環樹」という存在である、としか認識してこなかった。自然に存在する木の名前が出てきたのは、すごく唐突に感じられる。
「普通は無いのです。部分的に似た特徴や形状が見られることはありますが、特定の一種とここまで多く一致するような例は現代の祭壇にはまずありません」
「現代では、ですか」
怪訝な顔をしつつも、シュロは既に何度か空になった己のマグへ、また麦酒を注ぎ足す。
以前はナヴェットが同席している場では、もう少し控えめに呑んでいたはずなのだが。
「ただ、後期の祭壇ほど自然種と離れた形状になっていく傾向があります。なので逆説的に予想通り、非常に古い建造である可能性が高まりました」
「中央祭壇よりさらに古いかも、と仰っていましたね」
正直なところ、シャラにはピンと来ない。
とても古いものと、非常にとてもすごく古いものの差は、にわかには実感が湧かないところだ。
「しかしもちろん、本物の樹液では有り得ない特徴もありまして」
ナヴェットはどんどん興に乗っていく。
「もし普通の樹液を火で炙ったら?」
「焦げたり、カラメル状になりますかね」
届いた料理の皿を三人の前に並べながらシャラが答えると、ナヴェットは満足そうにうなずく。
「ですよね、ところがこれはいつまでたっても透明な流体のままで、沸騰も蒸発もしないのです」
「かなり高温まで試した」
単にランプの火で炙るのに飽きたらず、シュロが直接加熱を手伝ったようだ。
「で、逆に冷やすのも試してもらったんですけど」
「ナヴェット様、料理も冷めてしまいますよ」
シャラの合いの手に、ナヴェットは少し気まずそうな顔をしながら届いた料理に手を伸ばした。しかし数口も食べると、また続きを語り出す。
「シュロにだいぶ無理をさせてしまいましたが、水や樹液が凍る温度をかなり下回っても、一向に結晶化しないのです」
「そんな温度まで? シュロずいぶんと頑張ったね」
結晶化うんぬんよりシャラはそちらに驚いてしまった。軽く目を見開いて見つめると、シュロは麦酒を飲みながら少し疲れた目でうなずいた。
波長の操作だけで物体の温度を変える場合、上げるのと下げるのとでは、労力にそれこそ天と地ほどの差がある。
例えるなら、水の中に細かなビーズをぶちまけてかき混ぜるだけの労力と、逆に水流に踊るビーズを一つずつつまみ上げて元のケースに納める労力の差のようなものだ。
先ほどの「お疲れ様」の言葉は、シュロ自身を労っての意味もあったのかもしれない。
「自然には存在しない物質のようだというのは分かりましたが……」
パンをちぎって食べながら、シャラは改めてその小瓶を見つめる。
「つまり示唆されることは何なのでしょう?」
「そこなんですよね……」
問うとナヴェットは難しい顔をする。
「とにかく異常なほどに安定性が高いので、私はやはり『何かを長期間・不変のまま維持する』ためのものだと思ったのですが……でも己の仮説につい寄せて考えてしまっているのかもしれませんし……」
また手元が留守になっているナヴェットに、シャラは一口大にちぎったパンを握らせる。ナヴェットは上の空のままそれを口に運ぶ。
「樹液が琥珀になって虫を閉じこめる、ようなものでしょうか」
シュロも酒の合間に干し肉と薄焼きパンくらいはかじっているようだ。
「でもあの場に、それらしいものは残っていませんでしたよね」
「そうなんです。だからこそ『目的』を見失って巨樹が異常な挙動をしている、というのが今の仮説なのですが」
シャラが疑問を挟みながら今度は串焼きを握らせ、またナヴェットはそれを素直に口に運ぶ。
こんなことになる予感がして、手で食べやすい品を選んで注文しておいたのだが正解だった。
「何者かが持ち去ったのでしょうか」
「もしくは水流に流されたか、気体のように霧散するものだったか……」
「そうだったらしんどいですね……」
その可能性を想像して、シャラは辟易する。
「でなければ、自力で飛び去ったか」
ジャグを逆さにして最後の雫までマグに落とそうとしながら、シュロが何気ない様子で言葉を発した。
「あ……いや琥珀の虫から連想しただけで……適当ですいません」
ナヴェットとシャラに急に注目され、シュロは麦酒を呷ろうとした手を止めた。
「神話のさらに前の生き物が、もし急に独りでこの世で目を覚ましたら」
ナヴェットは俯きながら呟いた。
「生きていけるものなのでしょうか」




